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プレスリリース

2019年 7月 3日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所

スーパーエルニーニョに対する強い台風の数の変動
―台風の季節予測に向けた大気の内部変動の予測の重要性―

1. 発表のポイント

スーパーエルニーニョ年(1997、2015年)において北西太平洋で強い台風が多く発生した理由を探るため、高解像度の大メンバーアンサンブル季節スケール数値シミュレーションを実施した。
スーパーエルニーニョが発生しても必ずしも強い台風が多く発生するとは限らず、同じ海面水温の分布であっても、モンスーントラフ等の大気の内部変動により、強い台風の発生数は変動する。
季節スケールで強い台風を予測するためには、大気の内部変動のメカニズムの理解・予測可能性を向上することが重要。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門環境変動予測研究センター雲解像モデル開発応用グループの山田 洋平 ポストドクトラル研究員、小玉 知央 研究員及び国立大学法人東京大学大気海洋研究所(所長 河村 知彦)の佐藤 正樹 教授らの共同研究チームは、全球の雲の生成・消滅を経験的な仮定を用いずに物理法則に従い直接計算できる全球雲システム解像大気モデル「NICAM(※1)」を用いて、特に振幅が大きいエルニーニョ(以下「スーパーエルニーニョ」という。)現象が発生し強い台風(※2)の発生数が多かった1997年と2015年の夏季を対象として大アンサンブル実験(※3)を実行しました。その結果、スーパーエルニーニョが発生しても北西太平洋で強い台風が多く発生するとは限らず、モンスーントラフ(※4)等の大気の内部変動(※5)も影響することがわかりました。

台風の活動度(※6)は、エルニーニョ現象(※7)をはじめとする海面水温変動の影響を受け年々変動(※8)します(図1)。近年、エルニーニョ現象の季節予測精度は向上しつつあり(2019年1月24日既報)、季節スケールでの台風の活動度の予測の実現が期待されています。一方、台風の活動度は海面水温のみならず大気の内部変動にも影響を受けていると考えられていますが、その影響評価は十分ではありません。

そこでNICAMを用いた前述の大アンサンブル実験を行った結果、同じ海面水温の分布を用いているにもかかわらず、強い台風の発生数はその年々変動に匹敵するほどアンサンブルメンバー間で変動しました(図2)。これは大気の内部変動の振幅が大きく、台風の季節予測が海面水温だけでは困難であることを示唆します。一方で、メンバー間のモンスーントラフの表現と強い台風の数の関係を比べることによって、モンスーントラフが強いことが強い台風の数の増加に寄与していることがわかりました(図3)。本研究で得られた知見は台風活動度の季節予測の実現に向け、大気の内部変動、特にモンスーントラフのさらなる理解が必要であることを示す重要な成果と言えます。

なお、本研究は、文部科学省によるポスト「京」(スーパーコンピュータ「富岳」(※9))で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発における重点課題4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」(課題番号:hp160230, hp170234, hp180182)の支援を受け実施されたものです。

本成果は、米国地球物理学連合発行の専門誌「Geophysical Research Letters」オンライン版に7月3日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:High-resolution Ensemble Simulations of Intense Tropical Cyclones and Their Internal Variability During the El Niños of 1997 and 2015
著者:山田洋平1、小玉知央1、佐藤正樹2,1、中野満寿男1、那須野智江1、杉正人3
1. 海洋研究開発機構、2. 東京大学大気海洋研究所、3. 気象庁気象研究所

3.背景

台風はしばしば大きな災害を引き起こす自然現象の一つです。発生数や強い台風の数といった台風の活動度には年々変動が存在します(図1)。その年の台風の活動度を前もって予測できれば(季節スケールでの台風予測)、事前に対策を講じることが可能となり災害の軽減につながることが期待されます。台風の活動度はエルニーニョなどの地球規模の空間スケールを持った海面水温分布などの影響を受けることが知られており、台風の活動度とエルニーニョの関係はこれまでも観測や数値シミュレーションを用いて多くの研究が行われてきました。近年、エルニーニョ現象については季節予測の精度が向上しつつあります。これによって季節スケールでの台風予測の実現が期待されています。一方で、大気中には季節内スケールの自発的に生じる内部変動が存在し、その影響を受け同じ海面水温分布の下でも、台風の活動度は変動する可能性があります。

1997年と2015年には、東部太平洋熱帯域の海面水温が極端な高温偏差を示すスーパーエルニーニョが発生し、北西太平洋では強い台風が例年よりも多く観測されました。強い台風は大きな被害を起こす可能性があり、それぞれの年の海面水温分布において、内部変動によって強い台風の数がどれほど変動するかを理解することは、台風活動の季節予測の実現に向けて重要です。

しかし、これまでの研究で用いられてきた多くの全球モデルは、強い台風の再現を得意としていません。その理由の一つとして、全球モデルの水平解像度が粗いことや、雲のシミュレーションにおける仮定が不完全であることが挙げられます。NICAMは高解像度シミュレーションに適用することが可能で、高解像度な水平格子間隔14kmのNICAMを用いて台風発生の2週間予測が実現可能であることを実証してきました。また、強い台風の数も現実的に表現可能で、地球温暖化が進行した将来、台風の強風域が広がる可能性を示唆しました。そこで水平格子間隔14kmの高解像度NICAMに1997年と2015年それぞれの年の海面水温分布を与えた各50メンバー(計100メンバー)の大アンサンブル実験を実施し、内部変動によってどの程度強い台風の数が変動するのかを調べました。

4.成果

1997年と2015年、それぞれの年の海面水温分布の条件において、いずれの年でも強い台風の数がアンサンブルメンバー間で大きく異なり、その変動の大きさは過去30年間のさまざまな海面水温を与えて実行した現在気候再現実験の年々変動の大きさと同程度でした。また現在気候再現実験における強い台風の発生数と比べると、1997年のアンサンブル実験では変動は大きいものの強い台風が有意に増加しました。しかし2015年のアンサンブル実験では有意な違いはありませんでした。つまり、1997年には観測値はアンサンブル実験の平均値に比較的近く、2015年には観測値はアンサンブル実験の平均値から大きく外れた状況にありました。この違いは、それぞれの数値実験の中で、台風がどこで発生し、どのような経路をたどったかと深く関係していました。

台風の発生や発生位置は、モンスーントラフの影響を受けることが知られています。強い台風が有意に増加した1997年の実験のアンサンブル平均では、モンスーントラフに伴う西風が強い傾向がシミュレートされていました。一方、変化の見られなかった2015年の実験のアンサンブル平均では、西風が弱い傾向が見られました。これは2015年のアンサンブル実験においては、モンスーントラフの強さがメンバー間で大きく変動していたためで、モンスーンの強さと強い台風の数の間には有意な相関があることがわかりました(図2)。このことはモンスーントラフの強さの再現が強い台風の予測に重要であること意味しています。

1997年や2015年のようなスーパーエルニーニョが発生する年には北西太平洋で強い台風が頻発すると考えられていましたが、本研究の成果により、必ずしも強い台風が頻発するわけではないことが示されました。また、海面水温だけでなく、大気の季節内スケールの内部変動により、台風の活動度が影響を受けるためであることがわかりました。

5.今後の展望

今年の夏の台風の活動度はどうなるのでしょうか、気象庁のエルニーニョ監視速報(No.320)では東太平洋熱帯域に極端な昇温は見られませんが、今後夏にかけてエルニーニョ現象が続く可能性が高いと予測されています。先行研究による知見から、エルニーニョ現象の影響による強い台風の発生数の増加が予想されます。しかし本研究の結果が示唆するように、季節スケールでの台風の予測のためには、海面水温の状況に加えて、大気の内部変動の傾向や幅の予測が必要になります。大気の内部変動をより正確に予測することにより、信頼性の高い台風の季節予測や将来予測の実現へとつながります。現時点では、大気の内部変動の季節スケール先の予測は難しく、不確実性の要因となっています。今後、高解像度で大きなメンバー数でのアンサンブル実験を実行することによって大気の内部変動のメカニズムの理解・予測可能性を向上することが期待されます。これを実現するにはより強力なスーパーコンピュータが必要となります。JAMSTECの「地球シミュレータ」や理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」といった世界トップレベルの性能を有する計算機システム、さらには現在完成が待ち望まれている次世代のスーパーコンピュータ「富岳」を用いて、より高解像度でより多くのメンバー数を擁したアンサンブル実験を行うことにより、大気の内部変動のメカニズムの理解を深め、信頼性の高い予測情報を発信できるようになることが期待されます。

【補足説明】

※1 NICAM:地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより高精度の計算を実現した高解像度の全球気象モデル。従来の全球気象モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは主に水平解像度870 m から 14 kmの範囲で運用されており、1km 程度の超高解像度を用いる場合は全球雲解像モデル、それ以上の解像度を用いる場合は全球雲システム解像モデルと呼ぶ。

※2 強い台風:台風の強さ(強度)は最大風速や最低中心気圧で定義しており、研究によって定義が異なる。本研究では最低中心気圧が945ヘクトパスカル以下に低下した台風を指す。なお、気象庁では最大風速にもとづいて台風の強さを階級分けしており、33m/s以上~44m/s未満を「強い台風」、44m/s以上~54m/s未満を「非常に強い台風」、54m/s以上を「猛烈な台風」と呼ぶ。
参照:気象庁ホームページ

※3 アンサンブル実験:初期条件をすこしずつ変えた多数の数値実験。ここではアンサンブルの数(メンバー)が多いアンサンブル実験を大アンサンブル実験と呼ぶ。 同様の手法は気象庁の週間天気予報などでも使われている。
参照:気象庁ホームページ

※4 モンスーントラフ:北西太平洋域の熱帯収束帯。赤道域の西風と亜熱帯域の東風のシアを伴う。季節と共に移動し、強弱の変動を伴う。

補足図:北西太平洋域のモンスーントラフの模式図。気圧の谷間(収束帯)に向かい西よりの風と東よりの風が吹き込む。白線は等圧線を示し、灰色の矢印は高度850hPa面の風の大きさと向きを表す。

※5 大気の内部変動:低気圧の活動が偏西風の流れを変えるなど、海洋や雪氷などの影響を受けない大気だけで自発的に生じる月スケールの変動。
参照:気象庁ホームページ

※6 台風の活動度:ここでは台風の発生数や強度、強く発達する台風の数、地理的に台風がどこで発生するか、どのような経路を通るかを指す。本研究では強い台風の数に注目している。

※7 エルニーニョ現象:太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象。
参照:気象庁ホームページ

※8 年々変動:図1に示されるように台風の発生数は毎年異なり、このような変動を年々変動と呼ぶ。

※9 富岳:スーパーコンピュータ「京」の後継機として、最大で「京」の100倍のアプリケーション実効性能の実現を目標とし、2021年頃の共用開始を目指して理化学研究所が主体となって開発を進めているスーパーコンピュータ。

※10 箱ひげ図:データのばらつきをわかりやすく表現するための統計図。箱の内部の横線は50パーセンタイルを示し、箱上端と下端は上位25パーセンタイルと75パーセンタイルを示している。箱の上端と下端から伸びるひげの上端と下端はそれぞれ最大値と最小値を示す。ただし箱ひげ図にはいくつかの種類があり、本研究ではひげの上端と下端は最大値と最小値を示しているが、上位5パーセンタイルや95パーセンタイルを示す場合もある。ここではアンサンブル実験の各メンバーのシミュレーションの中で発生した強い台風の発生数を数えて、数が多い順に並べて最大値、上位25パーセンタイル値、50パーセンタイル値、75パーセンタイル値、最小値を示す。

補足図:箱ひげ図の例。

図1

図1 台風の活動度(年間台風発生数)の年々変動。各台風の生涯で達した最低中心気圧で強度を分けて棒グラフを色づけしている。水色は994hPaを下まわらなかった台風、黄色は994–980hPa、橙色は980–965hPa、肌色は965–945hPa、茶色は945–920hPa、赤色は920hPa以下に達した台風を示す。気象庁のベストトラックデータを用いて作成した。

図2

図2 6月から10月の間の強い台風の数の年々変動とアンサンブルメンバー間の変動を示す箱ひげ図(※10)。1979年から2008年までの年々変動は気象庁のベストトラックデータ(BTD)とJoint Typhoon Warning Center (JTWC)のBTDを基に作成し、同じ期間のNICAMの長期実験の結果も示している。気象庁とJTWCのBTDの青と赤の●はそれぞれのBTDにおける1997年と2015年の強い台風の数を示す。

図3

図3 アンサンブルメンバー間の強い台風の数(6月から8月まで)とモンスーンの強さの関係を示す散布図。モンスーンの強さはモンスーンインデックスと呼ばれる西部北西太平洋域の北緯10°付近と北緯25°付近の東西風の差で定義される指標を用いている。ここでは実験で強い台風の発生数が特に多かった6月から8月に注目している。

スーパーエルニーニョに対する強い台風の数の変動
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門環境変動予測研究センター雲解像モデル開発応用グループ
ポストドクトラル研究員 山田 洋平
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
教授 佐藤 正樹
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部 広報課
国立大学法人東京大学大気海洋研究所 広報室 小川 容子
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