領域テーマB:安定化目標値設定に資する気候変動予測

テーマB
河宮代表
領域代表者 河宮 未知生 海洋研究開発機構
気候変動リスク情報創生プログラムチーム プロジェクト長

 人間活動起源のCO2排出を減らした時、地球環境にはどれほどの影響があるのか ― こうした問題を考えるときには、植物の光合成などの生物・化学的過程も考慮する必要があります。本テーマでは、生物・化学過程もとりいれた気候モデル「地球システムモデル」を用いて、地球規模の環境問題研究に取り組みます。

地球システムモデルの不確実性が社会経済にもたらすインパクト

 地球温暖化をどの程度抑制するかという目標を設定しても、人類が排出できる炭素量が自動的に決まるわけではありません。陸域の生態系や海洋がどの程度炭素を吸収してくれるかにより、排出可能な炭素量は変わってきます。こうした地球システムの応答の違いによる不確実性がどのように社会経済システムに影響を及ぼすかは、将来の温暖化抑制シナリオを策定する際に重要になります。この点を考えるため、本研究では気候モデルと経済モデルの連携に力を入れています。具体的な事例として、以下の研究を行いました。
 まずは研究の前提として、IPCC第五次評価報告書で使われている4つの代表的濃度経路*のうち、下から2番目の気温上昇度合いとなる中位安定化シナリオ(RCP4.5)を採用しました。その中で、年ごとの目標濃度を実現するための排出可能な炭素量に注目し、温室効果ガスの吸収を考慮できる気候モデルである「地球システムモデル」がもつ不確実性による社会経済への影響を、経済モデルの一種である「応用一般均衡モデル」を用いて解析し、以下の結果を得ました。
 (1)温暖化対策を講じない場合の世界総GDPを100とした場合、排出可能な炭素量が多い場合と少ない場合(この差は地球システムの応答の不確実性による)の2100年における世界総GDPは、それぞれ95.8および91.9となる。排出可能な炭素量が少ない場合は、多い場合よりもGDPの値が4.1%少なくなる(図1)。
 (2)目標とするCO2濃度が同じでも、地球システムの応答の違いにより、排出削減量が少なくてすむ場合とそうでない場合とでは、(炭素税額に相当する)炭素価格に3倍の違いが生じる(図2)など、排出削減シナリオに有意な影響を与える。
 (3) 一次エネルギーは、排出量が最も小さい場合と大きい場合とで2100年時点の総需要量にはそれほど大きな違いは見られないが、その構成が異なる。最も大きい場合では、化石燃料の利用が相対的に大きく、特に天然ガスの割合が最も大きくなる。一方、最も小さい場合では、化石燃料の利用が相対的に抑制され、代わりに再生可能エネルギーが増加し、特にバイオマスの割合が最も大きくなる。
 一方、排出量が最も小さい場合では、化石燃料の利用が相対的に抑制され、代わりに再生可能エネルギーが増加し、特にバイオマスの割合が最も大きくなる。

図1
図1:GDP(世界合計)。右は2080~2100年を拡大したもの
(Matsumoto et al., 2015, Computers & Operations Research)

 これらが示すこととしては、排出可能な炭素量の多寡は経済に少なからず影響を与えるが、世界全体で排出権取引を行うなどして単一の炭素価格が適用され、効率的に排出削減が実現される場合には、排出可能炭素量の違いが顕著な経済成長の差を生むものではない、というものです。

* 地球温暖化を引き起こす、大気中の温室効果ガスなどの濃度がどのように 変化するかを予測したシナリオ。RCP、濃度シナリオともいう。)
図2
図2:炭素価格
(Matsumoto et al., 2015, Computers & Operations Research)
地球から学び、ジオエンジニアリングの在り方について考える

 海水中に溶けて存在する鉄は、植物プランクトンの貴重な必須元素(栄養塩)であり、光合成に欠かせないものです。つまり海洋生態系がどれくらいCO2を吸収し、温暖化を抑制してくれているかを考えるとき、鉄は重要な要素となります。鉄はエアロゾル*によって大気から海洋に供給されますが、エアロゾル中の鉄がどのくらい生物にとって利用可能な形であるかを示す鉄溶解度は、0.01%から80%までと幅広い範囲で観測されています。海洋の鉄循環を含む数値モデルでは、土壌が起源のエアロゾル粒子中に一定の割合で水溶性の鉄が存在すると仮定されており、海洋生態系によるCO2の吸収量の算出を不確かなものにしています。

図4

 本研究で開発を行った「全球エアロゾル化学輸送モデル」は、エアロゾルがどこから供給され、どのように地球を循環しているのかをシミュレートしたものです。土壌起源のエアロゾルに加えて、森林火災や化石燃料の燃焼に由来する微粒子中の比較的不溶な鉄が無 機・有 機 の酸性物質と化学反応し、溶出する過程を動的に表現しています。このような計算ができる数値モデルは世界で一つだけです。そして実験の結果から、エアロゾル中で観測された高い鉄溶解度は、主に燃焼が起源となるエアロゾルと関連付けられることが明らかになり、燃焼起源エアロゾルが水溶性鉄の供給源として重要になることを示唆しました。
 海洋鉄散布は、海に水溶性の鉄をまいて植物プランクトンの光合成を促進させ大気からCO2を取り除く、地球工学(ジオエンジニアリング)の一手法として提案されています。本研究成果によって、故意ではありませんが、人間活動は既に水溶性の鉄を海に散布していたことが示唆されました。

* 気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子。

図3
図3:全球エアロゾル化学輸送モデル, IMPACT, による水溶性鉄の沈着実験結果
(Ito, 2015, Environmental Science & Technology Letters)
テーマB「安定化目標値設定に資する気候変動予測」が目指すもの

 地球温暖化を抑制し、環境の激変を避けるためには、CO2など温室効果気体の排出削減について、社会経済的な側面も考慮してしっかりしたシナリオを描いておくことが必要です。そのためには、CO2が地球環境の中でどのように循環しているかを把握することはもちろん、CO2を野放図に排出していったとき、氷床の崩壊のような何か取り返しのつかない急激な変化が起きないか、といった点にも注意を払わねばなりません。また急激な変化を避けるために、海洋への鉄散布を含む気候の人工制御が有効かどうかや、その副作用についても理解しておくべきでしょう。本テーマでは、こうした複合的な問題への取り組みから、温暖化抑制のための道筋づくりに貢献していきます。