『Science』掲載論文

暗黒の深海における炭素固定への亜硝酸酸化菌の役割を解明
"Major role of nitrite-oxidizing bacteria in dark ocean carbon fixation" 日本語版

概要

暗黒の深海水塊における炭素固定は、海洋中の炭素循環や生態系の理解に不可欠です。しかし、暗黒での炭素固定をどの系統群が主に貢献しているのか、また、そのエネルギー源が何であるのか、依然として謎が残されています。本研究は、亜硝酸酸化菌群であるNitrospinae門が暗黒の深海での炭素固定に大きく貢献していることを明らかにしました。一細胞ゲノム解析とメタオミクス解析(メタゲノム・メタトランスクリプトーム、メタプロテオーム)による多角的な解析により、深海水塊における主要な亜硝酸酸化菌(亜硝酸を硝酸に酸化してエネルギーを獲得する)がNitrospinaeに属すること、また、Nitrospinaeが実際に亜硝酸酸化によりエネルギーを獲得していることを示しました。更に、14C標識した炭酸の取り込みを細胞レベルで検出することにより、Nitrospinaeが北大西洋西部中・深層における炭素固定の15-45%に貢献していることが示されました。従来考えられていたより、亜硝酸酸化菌の深海における炭素固定への貢献が遙かに大きいことが明らかになりました。

背景

従来の海洋における炭素循環は、海洋表層での光合成により合成された有機物が微生物に分解、再生産されつつ沈降するというものであり、暗黒での炭酸固定は、深海底熱水活動域等の限られた環境にのみ生じるものと考えられていました(図1)。しかし、近年、暗黒の深海水塊においても化学エネルギーによる炭酸固定によって有機物が生産されていることが明らかにされ、その全貌の解明が、海洋における炭素循環の解明に不可欠な命題となっていました。これまでに、アンモニアを亜硝酸に酸化するアンモニア酸化によりエネルギーを得るThaumarchaeota門アーキアが最も深海で優占する炭素固定能を有す系統であると認識されてきましたが、この系統群が実測される炭素固定を全て担うには十分ではないことも指摘されていました。また、バクテリアにおいても硫黄化合物を酸化してエネルギーを得る複数の系統群の存在もまた、明らかにされていましたが、これらの系統については、炭酸固定能と有機物分解能を併用することから、海洋における有機物合成への寄与を正確に評価することは極めて難しいこともまた、指摘されていました。一方、海洋環境における亜硝酸を硝酸に酸化してエネルギーを獲得する複数の系統の亜硝酸酸化菌の存在は知られており、特にNitrospinae門の重要性はいくつかの海域にて認識されていましたが、その物質循環への貢献は解明されていませんでした。

従来と現在の深海微生物生態系像
図1. 従来と現在の深海生物生態系像

成果

本研究では、世界各地の海洋から集めた試料を対象に、1細胞ゲノム解析の他、環境マルチオミクス解析を展開しました。まず、39の一細胞ゲノムライブラリーのスクリーニングより、亜硝酸酸化菌群が各ライブラリー中の1.6-8.5%を占めること、中でもNitrospinae門が多数を占めることを示しました。さらに、今回検出された亜硝酸酸化菌群のうち、Nitrospinae門、Nitrospira門、それぞれ30と4の1細胞ゲノムについて、シーケンス解析を実施しました。また、これらの系統群の深海水塊メタゲノム配列中に占める割合を評価しました。その結果、これら亜硝酸酸化菌群は、還元的TCA回路による炭酸固定能を有すこと、炭水化物の取り込み能を欠き、従属栄養で増殖する能力を持たないことが示されました。また、これらの亜硝酸酸化菌ゲノムは、貧栄養な深海環境に適応し、極めて薄い亜硝酸に適応した亜硝酸酸化経路を有す一方、硫黄酸化や水素酸化からエネルギーを得る経路は持たないことを示しました。更に、南北大西洋の深海試料を用いたメタプロテオーム解析は、亜硝酸酸化菌由来と同定可能なタンパク質の中で、亜硝酸酸化酵素(Nxr)が最も多量に発現していることを示しました。この結果は、亜硝酸酸化酵素遺伝子が多量に転写されていることを示す、北大西洋やその他の深海水塊を対象としたメタトランスクリプトーム解析の結果とも整合的です。一連の結果は、亜硝酸酸化菌群が亜硝酸を唯一のエネルギー源とする化学合成独立栄養生物として深海で生息することを示します。また、これら亜硝酸酸化菌群ゲノムは、尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解するウレアーゼや、シアン酸を二酸化炭素とアンモニアに分解するシアナーゼをコードする遺伝子を、尿素、シアン酸、分岐型アミノ酸等の取り込みに関わる遺伝子とセットとして保有することが明らかになりました。アンモニア酸化に関する遺伝子を持たないことから、これらの亜硝酸酸化菌群は、これらの有機窒素化合物を分解してアンモニアを生産し、アンモニア酸化アーキアへアンモニアを供給して、自身は亜硝酸を受け取るサイクルを有すものと推測されます(図2)。

Nitrospinae門亜硝酸酸化菌とアンモニア酸化アーキア間の窒素化合物のやりとり
図2. Nitropinae門亜硝酸酸化菌とアンモニア酸化アーキア間の窒素化合物のやりとり

一方、放射性同位元素である14Cで標識した炭酸の細胞への取り込み量を評価し、Nitrospinae門が北大西洋西部中深層における炭素固定の15-45%に貢献していること、細胞あたりの取り込み量は既報の同海域におけるアンモニア酸化アーキアの取り込み量より1桁多いこと、Nitrospinaの細胞はアンモニア酸化アーキアの50倍以上大きいことを示しました。つまり、深海水塊中の微生物群集の割合は、Nitrospinae門はアンモニア酸化アーキアを大きく下回りますが、全細胞のバイオマスとしては、海域により、ほぼ同じ程度に達すると評価できます。また、亜硝酸酸化はアンモニア酸化よりも、3.7倍以上効率が低いエネルギー代謝ですが、炭素固定経路におけるエネルギー(ATP)消費が亜硝酸酸化菌の還元的TCA回路の方が1/3以上少ないことを勘案すると、Nitrospinae門がアンモニア酸化アーキアと同等あるいはそれ以上の炭酸固定に貢献していると評価できます。なお、今回の測定結果を基に大まかに見積もると、Nitrospinae門は中・深層において~1 Pgの炭素を1年間に固定していることになります。この数値は、以前の深海水塊における炭素固定量の概算とほぼ同等の値になります。そして、この数値は、海洋表層から中深層へ沈降する有機物量より僅か1桁少ないだけです。この概算の妥当性を評価するには、今後、広範な海域での調査観測が必要ですが、本研究は、Nitrospinae門亜硝酸酸化菌の暗黒の深海での炭素固定への貢献がこれまで想定されていたよりも、遙かに大きいことを示しています。

今後の展望

従来、海洋の大部分を占める深海環境の殆どは、海洋表層で光合成により生産された有機物を分解する生態系と考えられていました。一方、現在の海洋環境変動に関するモデル研究等は、その古い深海生態系像に基づいています。亜硝酸酸化菌と、亜硝酸酸化菌へ亜硝酸を供給するアンモニア酸化アーキアが主役として機能する深海での炭酸固定(有機物生産)を理解することは、海洋環境変動とその物質循環への影響をより正確に理解するに不可欠です。今後も、深海環境における微生物活動とその物質循環への影響を理解する為、海外の研究者とも連携し、調査研究を推進します。

本研究はBigelow Laboratory of Ocean SciencesとUniversity of Viennaを中心に、University of British Columbia、Université Paris-Saclay、Joint Genome Instituteと国立研究開発法人海洋研究開発機構との共同研究として実施しました。

本成果は米科学誌『Science』に2017年11月24日付で掲載されました。詳しくはこちら

Bigelow Laboratory of Ocean Sciencesのプレスリリースはこちら

布浦拓郎(海洋生命理工学研究開発センター)