探査船「ちきゅう」が掘削採取した下北半島八戸沖の海底下46万年前の地層から発見された微生物が生きていた。微生物が見つかったものの、その生命活動を調べることは難しく、生きているかどうかを実証することもできなかった。高知コア研究所地下生命圏研究グループの諸野祐樹主任研究員らは、超高解像度二次イオン質量分析計(NanoSIMS)という分析装置を使って、海底下の微生物が栄養分を取り込んでいることを世界で初めて明らかにした。
(2012年3月 掲載)
取材協力 諸野祐樹 博士 高知コア研究所 地下生命圏 研究グループ 主任研究員 |
エネルギーを節約して生き延びる
深海の海底下の近くには多くの微生物がいることが明らかになっている。そこには、私たちがすむ地球の表面よりもはるかに多い、全地球の生物の3分の1が存在するといわれるが、それらがどんな生物なのか、何をしているのかはさっぱりわからない。微生物が見つかったものの生きているのかどうかさえもわからなかった。諸野主任研究員らは、下北半島八戸沖の海底下46万年前の地層から発見された微生物がグルコース(ブドウ糖)などの栄養分を取り込み、分裂することを明らかにした。このことは、海底下の微生物たちが生きていることを意味する。「ほとんど死んでいるのだろうと予測していたのですが、実際には76%もの微生物が栄養分を取り込んでいました」と諸野主任研究員は説明する。
各種栄養源を取り込んだ微生物の割合と細胞分裂の回数. 最大で微生物全体の76%(グルコースとアンモニアを添加の場合)もの微生物が栄養分を取り込んでいた。 |
炭素安定同位体(13C)で標識されたグルコースを取り込んだ細胞のNanoSIMS分析画像の例.取り込み量の大小を色の違いで示している。 |
微生物が栄養分を取り込む速度は大腸菌の10万分の1以下ととても遅く、代謝がゆっくりと進んでいることがわかった。「海底下の微生物は生きているか、いないかのぎりぎりの状態。冬眠よりも代謝活動が低い状態でしょう。千年か1万年に1回分裂するぐらい、ものすごくゆっくり分裂しながら生き延びているのだと思います」。海底下の地層にはほとんど栄養分はない。しかも、高圧で低温という生物が生きるためにはとても苛酷な環境だ。こんな環境でも微生物が生きていけるのはなるべくエネルギーを使わないように、代謝を抑えているためだという。
生命維持に必要な炭素と窒素の取り込みを比べると、大腸菌よりもたくさんの窒素を取り込むこともわかった。窒素は生体に必要だが、取り込みにはエネルギーが必要。エネルギーを節約しなければならない微生物にとっては、エネルギーを使ってまで窒素を取り込むのはむずかしい。「海底下では飢餓状態なので窒素の取り込みを抑えていますが、実験で栄養豊富な状態になったので取り込み量が増えたのでしょう」。微生物は、窒素の取り込みをコントロールしてエネルギーを節約し、生き延びているというわけだ。
NanoSIMS分析結果から炭素安定同位体(13C)で標識されたグルコースの取り込みを赤色、窒素安定同位体(15N)で標識されたアンモニアの取り込みを緑で示す画像を作成し、重ね合わせたもの。 |
左側の画像で白い点線で囲ったそれぞれの細胞での炭素、窒素の取り込みをグラフで表したもの。このグラフを見ると、分析したすべての細胞において、窒素の取り込み割合が多い(グラフの右下に存在)していることが分かる。これは、環境から取り出してきた微生物が試験管で栄養を与えられると窒素をたくさん取り込んでいることを意味し、ここから、環境中ではこれらの微生物は窒素に欠乏した状態にあるのではないかと推測した。しかし、実際は環境中にアンモニアとして窒素が大量に存在する。何故それが取り込めないのか?アンモニアを体に取り込むためにはエネルギーを必要とする。海底下の環境では微生物が使用エネルギーを節約した結果このような窒素欠乏状態が起こったのではないかと諸野主任研究員は推測している。 |
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