地球発見 まだまだ知らない「ちきゅう」がある。

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ともに苦難を乗り越えた仲間との深い絆

津波到達時の八戸港内の様子

津波到達時の八戸港岸壁の様子

船内の様子

 わずかな逡巡の後、私は離岸を決めました。離岸するにあたり、乗組員が船から港におり、港と船をつなぐ係留索(ロープ)を外そうとしました。しかしすでに津波は船上からも目視で確認でき、水平線と平行に立った白波がこちらへじわじわと向かっています。すぐに乗組員を船に戻し、係留索取り外しは断念しました。やがて津波が到達。そこで船の係留索をいっぱいにのばし、端っこの細くなった部分を切り離し、船は離岸しました。堤防を越えた波は陸上へと流れ、やがてたくさんの漂流物を抱えて再び港内に戻ってきました。押し波と引き波がぶつかりあい、港内は洗濯機やミキサーのように渦を巻いた状態です。船は港内の広い場所に移動して錨を下ろしたものの、その地点に留まることも、自在に操船することもできません。そこで、基本的には速度が上がれば速度を下げる方向に操作し、この難局を乗り切ることができました。船体は一部損傷しましたが、このときの状況を考慮すれば極めて軽微だと言えます。
 翌日昼には海上自衛隊のヘリが着船し、小学生らが下船できました。数日間から数週間は救援が来ないことも覚悟していましたので、予想以上に早く子どもたちを帰してあげられ安堵しました。
 今回のような危機的な事態に遭遇すると、誰もが不安にかられますが、そんなときこそ言葉で説明することが重要だと改めて感じました。陸へ逃げずに船内にとどまる方が安全な理由や緊急離岸が適切だと判断した根拠などを周囲にきちんと説明できることが重要なのです。そして地震の後、「ちきゅう」が八戸港を出航するまで、船外の多くの方々からも多くの協力をいただきました。現在でも、あの日に乗船していたメンバーや協力してくれた方々とは「よくやったね」「ありがとう」と言い合います。その絆は今後の航海を支える何よりの宝となると思います。