プレスリリース


プレスリリース

2008年01月18日
独立行政法人海洋研究開発機構

シベリアの凍土融解が急激に進行
〜地中の温度が観測史上最高を記録し
地表面で劇的な変化が発生〜

1. 概要

海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境観測研究センター水循環観測研究プログラムの研究グループは、シベリアの永久凍土帯の現地観測とデータ解析に基づき、ここ数年、この地域で地中の温度が観測史上最高を記録し、「活動層」(※1)が急激に厚くなるなど、永久凍土の融解が急激に進んでいることを確認しました。これは、長期的な気温上昇傾向に加え、降水量および積雪量の大幅な増加、積雪時期の変化など、ここ数年、水循環に変化が現れてきていることによるものと考えられます。

北極地域では全球平均の倍近いペースで気温の上昇が進んでおり、昨年は北極海の記録的な海氷減少が記録されるなど顕著な環境の変化が現れています。今回観測された地中温度の上昇・凍土融解は、このような北極地域の温暖化に伴う現象の一つと考えられます。

シベリアなどユーラシア大陸の寒冷圏は日本の気候に影響を及ぼしており、今回のような観測は、我が国の気候変動や地球温暖化の解明に大きな意味を持つものです。本研究はロシア科学アカデミー・シベリア支部(Russian Academy of Sciences, Siberian Division)北方圏生物問題研究所(Institute for Biological Problems of Cryolithzone)、および永久凍土研究所(Permafrost Institute)との共同研究として行われました。

2. 背景

現在、大気中の温室効果気体の濃度の上昇の影響に伴い地球温暖化が進行しており、各地域で気温が上昇するだけではなく、降水にも変化が現れてきています。2007年に発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次報告書によると、ここ25年で北極地域の気温は全球平均の2倍近く上昇したことが指摘されており、その結果シベリアを含む高緯度の陸域では地中の温度(地温)の上昇が起こり、「活動層」が厚くなり、凍土融解による地盤沈下が生じるなどの地表面状態の変化をもたらしています。また、IPCC第4次報告書にまとめられたモデルシミュレーション結果によると、北極地域では、今後100年で全球平均3℃(2〜4.5℃)の倍近い5℃(2.8〜7.8℃)の気温上昇が予測されており、また10〜30%の降水量増加が懸念されています。

当研究グループは、北ユーラシア寒冷圏の陸上での水循環の年々変動と地球の気候変動との関係を明らかにすることを目的に、1997年以来、現地研究機関、大学等と協力し、シベリア東部(北緯48度から北緯71度の間)で水循環研究に関連した降水・地温などの地上観測、地域調査を実施し、気象・水文・雪氷に関するデータを集積してきました。今回、これらの観測点のデータ、およびロシア連邦水文気象環境監視局(Russian Federal Service for Hydrometeorology and Environmental Monitoring: Roshydromet)の測候所の観測要素の長期データに基づき解析を行い、最近のシベリアでの状況の変化を明らかにしました。

3. 使用したデータおよび研究方法

研究対象地点:
東シベリア(ベルホヤンスク、ポコロフスク、ヤクーツク、トモット)
研究対象期間:
1970年〜2007年(Roshydromet)1998年〜2007年9月(地球環境観測研究センター)
研究方法  :
地下3.2m地温の解析(Roshydromet:ベルホヤンスク、ポコロフスク、トモット)、年平均気温・年降水量・年最大積雪深の解析(Roshydromet:ヤクーツク)、活動層厚・土壌水分量の解析(地球環境観測研究センター:ヤクーツク)

4. 結果と考察

(1) 観測史上最高地温を記録

2005年から2007年にかけて地温が劇的に上昇し、活動層が厚くなりました。地温は観測史上最高となり、活動層も地温に比例するように最大の厚さとなりました。

凍土融解の変化の指標になる要素として、東シベリアの3カ所(ベルホヤンスク、ポコロフスク、トモット(図1))における地下3.2mの温度の1970以来の年平均値の長期変化(図2)を示しました。2006年に最高地温になり、2007年はさらに高くなることが推測されます。ヤクーツクの当グループの観測点では、これまで1.0〜1.5mであった活動層が2004年以降急激に厚くなり、2006年には2mを超えたと考えられます(図3)。

(2) 湿潤化が凍土融解を加速 

地温は、一般的に、気温のほかに植生などの地表面被覆および水分条件の影響を強く受けることが知られています。今回の地温の上昇、凍土融解の急激な進行は、降水量増加の強い影響を受けていることが確認されました。

ヤクーツクにおける年平均気温は、1990年頃から上昇傾向にあります(図4)。この気温上昇が長期的な地温上昇をもたらしている第一の原因と考えられますが、近年の地温上昇は、夏季降雨量と冬期積雪量の増加による年降水量の増加によるところが多いと考えられます。厚い積雪は、夏季に暖まった地中の熱が冬季に放出されるのを抑制し、夏季の多降水は、土壌水分量を増加させ、地中への熱輸送を増加させる作用があります。2003年〜2006年の4年間にかけて降水量が急激に増加、2005年〜2007年の3年間は最大積雪深が大きく増加しました。

(3) 地表面状態への影響

地温上昇、活動層の厚さの急増による影響は、これから徐々に現れると予想されます。今まで融解していかなった凍土氷が解けて、川の流量を増やす、止水面となる凍土上端の位置が変わることにより土壌水分の鉛直分布が変わり植生に影響を与える、融解し脆弱となった地層が厚くなることにより斜面崩壊が進む、などのことが考えられます。

ヤクーツク付近ではこの一年の間にこれまでになかった顕著な現象が現れています。

1.
真冬の異常河川流出:ヤクーツク西部を流れるレナ川の支流、ケンケメ川で、2006年12月に多大な水が流れるという現象が発生しました(図5)。
2.
湖沼の拡大:ヤクーツク付近のアラス内(※2)などに分布する湖沼の面積が拡大しており、30×30kmの衛星写真内では、湖の面積が2007年には2000年に比べ約3.5倍になっています(図6)。アラスの地上写真では、2000年に気象観測のために建てた2mの柵(家畜が入らないよう柵で囲ってある)が2007年には水没間近になっています(図6)。
3.
林の変色:2つの写真では樹木(カラマツ)の葉が褐色になっている地域ありますが、葉が褐色となった樹木の下は、土壌が湿潤になりすぎて場所によっては地面まで冠水しているところであり、成長が抑制され、葉が早く枯れて森林の変色が顕著になっていると考えられます(図7)。

5.まとめ

今回のシベリアでの急激な凍土融解は、地球温暖化に伴う気温上昇だけでなく、水循環変化の影響を強く受けていると考えられます。また、降水量の増加と凍土融解に伴い、真冬の河川流出やアラス湖沼面積の増大、森林の枯れなどの様々な特異な現象が現れはじめています。今後も観測を継続し、シベリアで見られる変化の監視や要因の解明を続ける必要があります。

※1 活動層

シベリアには永久凍土が広範囲に分布する。永久凍土帯では毎年夏季の加熱によって地面の表層が融け、シベリアなどでは地表面から1〜3メートルほどの深さが融解する。その融解する層を「活動層」と呼び、融解深の深さを「活動層の厚さ」いう。通常、9月ごろ「活動層の厚さ」は年最大となり、その年の融解の大きさの指標となる。

※2 アラス

アラスとは、自然ないし人工的に森林が損失し、地下の氷が一部融解し凹地状になった牧草地。放牧がしばしば行われている。凹地状のため水が溜まり湖がしばしば形成される。

図1.各観測点の位置。
ヤクーツク観測地点は地球環境観測センターの観測地点であり、 それ以外は、ロシア水文気象局の測候所。

図2.シベリア3地点(ベルホヤンスク、ポコロフスク、トモット)での
3.2m 深の年平均地温の長期推移。数値は3ヶ所の平均値

図3.ヤクーツク観測地点の融解層の季節・年々変化。
濃紺は、融解層の下面。薄青色は冬期の凍結面(融解層の上端)の位置であり、
赤斜線部分が融解している層。

図4.ヤクーツクの1970年以降の(a)年平均気温・年降水量、
(b)年最大積雪深、 (c)土壌水分量(9月の平均)

図5.ヤクーツク西部のケンケメ川の異常流出(2006年12月23日)

図6.2000年と2007年のアラス地帯の湖沼分布の比較(上、2図)と
ラッカンサハン・アラスでの変化(下、2図)。
上:LANDSAT画像

図7.タイガ林の変色。
ヤクーツク観測地点のタワー上部から見た森林の状態(左図)。
航空機から見た森林の変色(右図)。
(2007年8月10日(左)および8月7日(右))

お問合せ先:

(本研究について)
地球環境観測研究センター
水循環観測研究プログラム プログラムディレクター 
大畑 哲夫 046-867-9250
研究推進室 室長 
續 辰之介 046-867-9398
(報道について)
経営企画室 報道室長 
大嶋 真司 046-867-9193