プレスリリース


プレスリリース

2008年07月22日
独立行政法人海洋研究開発機構

深海底下に広がるアーキアワールドを発見
〜世界各地の海底堆積物から大量のアーキア(古細菌)を検出〜

[概要]

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)高知コア研究所地下生命圏研究グループの稲垣史生グループリーダーと諸野祐樹研究員は、ドイツのブレーメン大学と共同で、世界各地の海底堆積物内にこれまでは数が少ないと考えられてきたアーキア(古細菌)(※1)が大量に生息していることを発見しました。地球深部探査船「ちきゅう」によって青森県八戸沖で掘削された試料や統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program)等で採取された世界各地の海底堆積物から極性脂質(※3図2)やDNAを抽出し、その構造と抽出量の分析によって明らかにされたものです。

地球表面の7割を占める海洋底下に、生命を構成する三つのドメイン(※2図1)の一つであるアーキアが優占的に生息していることを示した世界で初めての研究報告で、地球の生命進化や環境適応、海底下に広がる未知の生命圏の理解に大きく貢献するものです。この成果は7月20日付けの英国科学雑誌ネイチャー(オンライン版)に掲載されます。

[背景]

地球表面の約7割を占める海洋地殻の堆積物には、1立方センチメートルあたり100万細胞を超える大量の微生物が存在し、その多くは未だ分離・培養されたことのない海底下固有の微生物群であることが知られています(図3)。そのため、海底下に広がる環境は、陸域や海域などの表層生命圏とは異なる「第三の生命圏」と言われ、その実態解明に向けた研究が世界各地で行われています。これまでの研究では、海底堆積物には一部の表層堆積物を除き、バクテリア(ドメインの一つ)が優占的に存在していると考えられてきました。

本研究では、2006年に地球深部探査船「ちきゅう」によって採掘された青森県八戸沖約80km、水深1,180mの海底堆積物(深さ〜約365m)やIODP等で掘削された世界各地(16か所)の海底下試料から、微生物の極性脂質とDNAを抽出し、海底下深部の堆積物内にバクテリアやアーキアがどのくらい生息しているのかについて研究を行いました。

[研究方法の概要]

世界各地の海底下約365mまでの堆積物試料から、生きている微生物細胞の指標となる極性脂質を抽出し、これまでの研究により判明しているバクテリアとアーキアにそれぞれ特有の極性脂質の特徴をもとに定量を行いました。定量した値からバクテリアとアーキアの極性脂質の割合や、堆積物中に含まれる有機炭素量との相関について計算を行いました。

また、堆積物に含まれる細胞を液体窒素(-196℃)内で物理的に破砕し、断片化された環境ゲノムDNA(※4)を抽出するとともに、抽出したDNAを増幅し、バクテリアとアーキアに特異的な16S rRNA遺伝子(※5)について定量分析を行いました。

[結果の概要]

世界各地の海底堆積物から抽出した極性脂質とDNAの解析から、海底下生命圏には大量のアーキアが生息していることが明らかになりました。海底下1m以上の深さの堆積物から抽出したバクテリアとアーキアの極性脂質の量の比は、バクテリアが約13%でアーキアが約87%でした(図4b)。一方、抽出したDNAに含まれるアーキアの16S rRNA遺伝子の存在比は、分析手法やDNAの抽出法によってばらつきが生じるものの、平均で40%〜50%でした(図5)。これまでのDNAの分析では、アーキアの割合は全体の数パーセント以下でした。今回行った分析では、液体窒素下での物理的細胞破砕や全ゲノム増幅法を組み合わせた精製法を用いることによって壊れにくい細胞の検出効率が向上しました。この手法の改良によって、これまで少ないと考えられていたアーキアが優占的に存在していることがわかりました。

また、海底堆積物から抽出した極性脂質の量は、同じ堆積物に含まれる全有機炭素量と良い相関を示す(図6)ことから、海底堆積物内の微生物は埋没した有機物を栄養源とする従属栄養(生育に必要な炭素を得るために有機化合物を利用する生物)のタイプが多いことが推察されました。極性脂質の量を微生物細胞を構成する炭素の量に換算すると、外洋の堆積物には50Pg(ペタグラム:1015g)、大陸沿岸の堆積物には40Pgの微生物細胞由来の炭素が存在し、その総量(90Pg)は海底堆積物の全有機炭素量の約0.024%を占めることが明らかとなりました(表1)。さらに、海底堆積物の微生物炭素量は、陸上の土壌微生物が占める炭素量(26Pg)や海中の微生物が占める炭素量(2.2Pg)を遙かに凌ぐ量であることが明らかとなりました。

[考察と今後の展望]

地球上のあらゆる生命体を構成する三つのドメイン(図1)の中で、アーキアは温泉や塩田、深海や海底熱水噴出孔などの極限的な環境に多く生息する微生物です。アーキアの細胞膜脂質の構造は、バクテリアと比べると膜の流動性が低く、細胞内外への基質の拡散や浸透が起こりにくいことから、極限的な環境や低栄養の環境に適応して進化した系統であると考えられています。海底下にひろがる第三の生命圏は、私たちの生活する表層世界とは異なり、太陽光の届かない暗黒の閉鎖的空間で、増殖のために使える栄養源や酸化物質に乏しい低栄養の世界です。海底下生命圏に優占的かつ多くのアーキア細胞が存在することは、生命の進化や環境適応、低栄養環境での生存戦略などを考えるうえで重要な発見であると考えられます。今後は、地球深部探査船「ちきゅう」などによって掘削される海底下深部の堆積物試料を用いて、そこに棲むアーキアやバクテリアの生命活動や環境に対する役割などについて研究を進めていく予定です。

※1:アーキア(古細菌)

地球上のあらゆる生命体は、ユーカリア(真核生物)・バクテリア(真性細菌)・アーキア(古細菌)の三つのドメイン(※2)に分類されます(図1参照)。微生物の多くはバクテリアとアーキアに属していますが、バクテリアとアーキアでは細胞膜を構成する極性脂質の構造が異なるため区別することができます。

※2:ドメイン

リボソーム(タンパク質合成反応を担う細胞小器官)に含まれるRNAの遺伝子配列に基づき分類される、生物階層構造の最上位の分類単位です。地球上のあらゆる生命体は、ユーカリア(真核生物)・バクテリア(真性細菌)・アーキア(古細菌)の三つのドメインに分けられます。

※3:極性脂質

原核生物の細胞膜を構成する脂質成分で、グリセロール部に疎水性の炭化水素鎖と親水性の糖やリン酸基などの頭部が結合したものです。

※4:環境ゲノムDNA

堆積物などの天然試料に含まれる微生物などのゲノムDNAを直接抽出したもの。自然界に棲む多様な微生物の遺伝情報について、培養を介さずに分析するなどの目的に用いられます。

※5:16SrRNA遺伝子

遺伝子翻訳(遺伝子配列に基づくタンパク質の合成反応)の場であるリボソームに含まれるRNAの設計図(遺伝子)です。リボソーム、およびそこに含まれるRNAはすべての生物に存在しており、進化速度が比較的遅いため、その遺伝子配列は個々の細胞の遺伝学的な系統分類に広く用いられています。また、バクテリアやアーキアなど、特定の系統の生物量を推定する目的にも広く使われています。

図1. 地球上の生命体を構成する三つのドメイン(※2):ユーカリア(真核生物)・バクテリア(真性細菌)・アーキア(古細菌)。人間などの動物や植物はユーカリアに、大腸菌や納豆菌などの微生物はバクテリアに、超好熱菌や高度好塩菌などの極限環境微生物の多くはアーキアに分類される。本研究により、海底下の堆積物にはアーキアが大量に生息していることが明らかとなった。

図2. 原核細胞の細胞膜構造と極性脂質。バクテリアの極性脂質は、グリセロール部に炭化水素鎖がエステル結合しているのに対して、アーキアの極性脂質はエーテル結合である。グリセロール部にリン酸や糖などの頭部が結合したものを極性脂質と呼び、頭部は細胞の死後速やかに分解されることから、極性脂質は生きた微生物の指標として用いられる。

図3. 地球深部探査船「ちきゅう」により青森県八戸沖約80km、水深1,180mの海底下から掘削された堆積物中に検出された海底下微生物。

図4.世界各地の海底堆積物から抽出された極性脂質の量(a)とアーキア由来のエーテル型極性脂質の割合(b)。1mより深い堆積物中のアーキア由来極性脂質の割合は平均で87%であった。

図5.世界各地の海底堆積物から抽出したDNAに含まれるアーキア16S rRNA遺伝子の比率。物理的細胞破砕や測定法を変えることにより、高い割合のアーキア遺伝子が検出された。(a) 従来法と、改良DNA調製法によるアーキア由来 16S rRNA遺伝子の割合の違い。(b) 海底面からの深さとアーキア由来 16S rRNA遺伝子の比率の関係。

図6.海底堆積物中の極性脂質の濃度と全有機炭素量との関係。海底下の微生物量が有機炭素濃度に比例して多くなっていることが分かる。

表1.外洋堆積物・大陸沿岸堆積物・海底堆積物中の有機炭素量と極性脂質量から換算した微生物の炭素量。微生物由来の炭素量は、全有機炭素量の約0.024%を占めていることが明らかとなった。

  外洋堆積物 大陸沿岸堆積物 海底堆積物
全有機炭素量 (Pg) 2.0×105 1.7×105 3.7×105
全極性脂質量 (Pg) 3.9 3.2 7.1
微生物由来炭素量 (Pg) 50 40 90

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
高知コア研究所地下生命圏研究グループ
グループリーダー 稲垣 史生 電話:(088)878-2204
研究員 諸野 祐樹 電話:(088)878-2198
高知コア研究所管理課長 楢木 暢雄 電話:(088)878-2190
(報道について)
経営企画室 報道室長
村田 範之 電話046-867-9193