プレスリリース


プレスリリース

2008年07月29日
独立行政法人海洋研究開発機構

新しい高圧培養法による生命の最高生育温度記録更新と高圧メタン生成
〜122℃で増殖し、重い炭素に富んだメタンを生成する
超好熱メタン菌の培養に成功〜

[概要]

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)極限環境生物圏研究センター地殻内微生物研究プログラムの高井研プログラムディレクターは、新しく開発した高圧培養方法により、インド洋の深海熱水環境から分離された超好熱メタン菌が再現可能な試験として、122℃までの高温下でも増殖可能であることを発見しました。

これまで微生物の最高生育温度記録は再現可能な記録として113℃(再現できない記録としては121℃がある。)と報告されており、生命活動の限界が122℃まで引き上げられたことにより、地球における生命圏の拡がりだけでなく、地球外の宇宙環境における生命存在限界条件を理解するのに大きく貢献するものです。

さらに、琉球大学及び北海道大学と共同で、この超好熱メタン菌の生成するメタンが、従来の定説を覆す「重い炭素同位体に富んだメタン」であることを発見しました。本成果は温室効果ガスや未来のエネルギー資源と考えられるメタンに関して、微生物学的な生成メカニズムの重要性を示す画期的な発見です。

これら成果は7月28日の週に米国科学アカデミー紀要Proceedings of the National Academy of Sciences of the USAオンライン版に掲載されます。

[背景]

1960年代から続く微生物の最高生育温度記録更新の歴史は、地球の極限環境における生命活動の拡がりや生命存在限界に関する理解の歴史とも言えます(図1)。

追試可能な最高生育温度は1997年に報告された超好熱古細菌Pyrolobus fumariiの113℃であるとされていました(Blochl et al., 1997)。また、2003年に121℃まで生育可能な超好熱古細菌の分離に成功したことが報告 (Kashefi and Lovely 2003) されているものの、追試による確認ができていません。

こうした超好熱古細菌は、すべて深海熱水域に由来する化学合成独立栄養微生物(※1)であり、深海や地殻内の高圧条件を再現し培養することが必要であるにもかかわらず、これまで生育環境の物理(特に圧力)・化学(水素や二酸化炭素などのガス濃度)条件で培養された例はほとんどありませんでした。それゆえ、現場の深海熱水域での生育特性や生理は不明のままでした。

一方、地球化学の分野では自然環境中に存在するメタンの由来を推定する際、メタンの炭素に含まれる安定同位体の比(δ13C値)(※2)を用いて、微生物活動起源、有機物熱分解起源、マグマ起源のメタンを区別する方法がよく使われてきました(図2)。これまでの実験結果に基づき、微生物活動起源のメタンが低いδ13C値を有すると考えられていましたが、高圧条件下での実験例は皆無であり、深海や地殻内での微生物による「軽い炭素に富んだメタン」生成の実験的証拠はありませんでした。

[研究方法の概要]

インド洋中央海嶺のかいれいフィールドの熱水(水深2,450m、温度360℃)から分離された超好熱メタン菌Methanopyrus kandleri 116株(図3)について、新しく開発した深海熱水域や地殻内に生息する化学合成独立栄養微生物を現場環境の物理化学条件(温度、圧力、ガス組成や濃度)で培養する方法(図4図5)によって、高圧条件下での生育及び生存特性、生育に伴うメタン生成及び炭酸固定の際の炭素同位体分別効果を調べました。

[結果の概要]

Methanopyrus kandleri 116株は、従来の培養条件では85〜116℃で生育することが確認されており、今回、高圧条件下では、122℃まで生育可能であることが明らかになりました(図6)。また高温での生存能力も、常圧下では130℃、2時間まで生存できたのに対し、高圧下では130℃、3時間の加熱後も生存可能であることがわかりました(図6)。

同株は水素と二酸化炭素からメタンを生成しエネルギーを得ながら、二酸化炭素を固定することによって細胞の有機物を合成します。このメタン生成と炭酸固定の二つの代謝過程で、炭素安定同位体比の分別を引き起こします。つまり反応前の二酸化炭素の同位体比がメタンや有機炭素に変換される代謝過程でより軽い炭素を含むように同位体比が変化します。このメタン生成や炭素固定での分別効果について従来の培養条件下では-27〜-34‰であり、これまでの報告と似た結果を示しました(図7)。一方、高圧下では-12‰以下と極めて小さな値を示しました(図8)。この結果は、自然環境中でδ13C値が-10‰程度の重い炭素に富んだメタンが微生物によって作られ得ることを意味します(図8)。従来の地球化学の定説に従えば、本株が生成したメタンはすべてマグマ起源とされてきたものです(図2)。つまり、本研究の結果は従来の地球化学の定説を覆したことになります。

[考察と今後の展望]

新しく開発された高圧培養法によって超好熱メタン菌による最高生育温度更新が達成されたことにより、同様の方法を用いることで超好熱メタン菌以外の他の化学合成独立栄養微生物がさらに生命活動の限界温度を引き上げる可能性も示唆されました。また、温度以外の生育可能条件の限界も拡げられる可能性が考えられ、地球のみならず宇宙での生命存在条件の理解に大きく貢献することが期待できます。

また、これまで培養困難とされてきた深海や地殻内の未知の微生物の培養が可能になることにより微生物の生息する環境での機能や生態学的に役割の解明についても画期的な役割を果たすことは間違いありません。

さらに、本研究では、超好熱メタン菌によって地球化学の定説を覆す「重い炭素に富んだメタン」が生成されることが明らかにしただけでなく、微生物によるメタン生成に伴う炭素安定同位体比の分別が、その反応が進行する環境の熱力学的な条件によって決定されるということも世界で初めて明らかになりました。生物活動の指標としての安定同位体化学は、地球と生命の進化、生物による物質循環、地球外生命探査の研究分野における強力なツールとして広く用いられていますが、今後より詳細な実験結果に基づいた正しい解釈を行っていく必要があります。

※1:化学合成独立栄養微生物

無機物質の酸化還元反応によってエネルギーを獲得し、そのエネルギーを利用して二酸化炭素を有機炭素に変換することで生育する微生物。自然界では、エネルギー源としての還元物質(水素、硫化水素、メタンなど)の多くがガスとして供給され存在している。深海や地殻内の高圧条件では、常圧では考えられない濃度が水に溶け込んでいるため、その条件を再現することが必要であった。

※2:メタンの炭素に含まれる安定同位体の比(δ13C値)

炭素原子には、質量数12、13、14の炭素原子が存在し、13Cが安定同位体、14Cが放射性同位体である。自然界の炭素を含む物質には、12C、13Cがある割合で存在しており、その存在比を安定同位体比と呼ぶ。炭素の安定同位体比は標準試料(米国南カロライナ州白亜紀ピーディー層の箭石)の安定同位体比からのズレを千分率で表すδ13C値が使われる。(微)生物による代謝では、軽い炭素原子(12C)が優先的に使われることが多いと考えられており、そのため生成物が軽い炭素に富む(δ13C値がよりマイナス側へシフトする)場合が多い。これを生物作用による炭素同位体分別作用、またその分別の程度を分別効果と呼ぶ。最も端的な例は、植物の光合成による炭素固定であり、空気中の二酸化炭素(δ13C値 = 約-10‰)と比較して植物の体の有機炭素(δ13C値 = 約-30‰)は-20‰程度シフトする。この場合分別効果は約-20‰程度である。微生物による二酸化炭素からメタンの生成の際にも、生成されたメタンに二酸化炭素に比べ圧倒的に軽い炭素の割合がより多くなる現象(大きな同位体分別効果)が定説となっていた。炭素以外にも、水素、酸素、窒素、硫黄と言った生物活動と関わりの深い元素を含む物質の循環において、様々な同位体分別が起きる物理・化学・生物過程があり、その作用を明らかにするツールとして安定同位体分析が用いられる。

参考文献

Blochl E, Rachel R, Burggraf S, Hafenbradl D, Jannasch HW, Stetter KO (1997) Pyrolobus fumarii, gen. and sp. nov., represents a novel group of archaea, extending the upper temperature limit for life to 113 ℃. Extremophiles 1:14-21.

Kashefi K, Lovley DR (2003) Extending the upper temperature limit for life. Science 301:934.

図1:微生物の生育限界温度の更新

図2:炭素同位体比に基づく自然界に存在するメタンの起源の分類

図3:インド洋中央海嶺かいれいフィールドから分離された超好熱メタン菌Methanopyrus kandleri116株の電子顕微鏡写真。右下の線は2マイクロメートルを示す。


図4:新しく開発した高圧培養法(高井法)のツール

水圧は、手作りブチルゴムピストンが動くことでシリンジ内のガス+液体に伝えられる。高水圧容器は中が空洞であり、蒸留水を満たした中に、培養用ガラスシリンジを沈めて、水圧ポンプで目的の圧力まで上昇させる。圧力を加えた後、オーブンもしくは温度制御インキュベーターで温度コントロールし、培養を行う。


図5:新しく開発した高圧培養法(高井法)の手順

菌の培養準備は常圧下で、通常の注射器操作で行う。通常の微生物の培養実験の際には、希釈は特に必要がないが、深海や地殻内のサンプルを希釈して培養し、定量的なデータを得る場合に用いられる。安価で簡便な操作を可能にした点が高井法の長所であり、その長所のため実験可能なサンプルの数を増やすことができるようになった。

図6:超好熱メタン菌Methanopyrus kandleri 116株の生育温度と高温での生存能力

図7:異なる培養温度、圧力条件での炭素同位体分別効果

図8:高圧培養条件下でのメタン生成における炭素同位体分別のまとめ

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
極限環境生物圏研究センター
地殻内微生物研究プログラム プログラムディレクター
高井 研 電話:(046)867-9677
研究推進室長
高橋 賢一 電話:(046)867-9600
(報道について)
経営企画室 報道室長
村田 範之 電話:(046)867-9193