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2009年8月17日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学

地球深部探査船「ちきゅう」による南海トラフ地震発生帯掘削計画において
南海トラフ巨大分岐断層の起源と全歴史を解明
〜海溝型巨大地震・津波発生断層の解明に重要な成果〜

[概要]

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)と国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)はブレーメン大学などと共同で、南海トラフにおいて統合国際深海掘削計画(IODP※1)・第1ステージ南海トラフ地震発生帯掘削計画(※2)を実施した結果、地震・津波発生の原因となる分岐断層(※3)の起源とその全歴史の解明に成功しました。

従来、南海トラフにおける海溝型巨大地震の繰り返しの歴史記録は約1300年に及び、考古学的さらには津波堆積物の地質学的記録により数千年は遡る事が分かっていました。また、これらの地震を引き起こした断層の特定が、地震反射法探査と地震・津波記録の逆解法(※4)によってなされていました。

統合国際深海掘削計画(IODP)・第1ステージ南海トラフ地震発生帯掘削計画第316次研究航海(2007.12〜2008.2実施、木村学・E.Screaton共同首席研究者)では、この分岐断層の起源、活動の歴史の解明を目的の1つとして研究を進めました。 その結果、活動の起源は195万年前の海溝近傍の断層にはじまること、155万年前から隆起を伴いながら活発に活動し、ほぼ現在の状態に至ったこと、124万年前以降は、分岐断層は海底に近いところでより分岐し、現在に至っていることが判明しました。今回の分岐断層の起源の解明は、東南海、南海地震・津波の歴史と今後の活動を探る上でも極めて重要な発見です。

この成果は8月17日(日本時間)において、英国科学雑誌Nature Geoscience(電子版)に掲載されます。

タイトル Origin and evolution of a splay-fault in the Nankai accretionary wedge
著者名 Michael Strasser, Gregory F. Moore, 木村 学 , 北村有迅, Achim J. Kopf , Siegfried Lallemant , 朴進午 , Elizabeth J. Screaton , Xin Su , Michael B. Underwood and Xixi Zhao

[背景]

南海トラフでは歴史的に繰り返し海溝型巨大地震が発生し、津波とともに甚大な被害を及ぼしてきました。 政府の地震調査研究推進本部によると、来る30年以内の発生確率は東南海地震で60〜70%、南海地震で50〜60%とされています。この地震を引き起こす断層は、プレート境界断層とともにそこから分岐した断層であるとの推定が、地震反射法による研究と、過去の地震・津波の記録による逆解法によってなされてきました。

統合国際深海掘削計画(IODP)・南海トラフ地震発生帯掘削計画は、この地震発生断層を「ちきゅう」によって直接掘削し、地震準備・発生過程を解明する他、孔内の連続観測を実施することにより、来るべき東南海、南海地震の発生に備えるというものです。その第1ステージでは、断層を含めて海底下の浅い部分を掘削し、活動の全貌と現在の状態を把握する事を目的として実施されました(図1)。第316次研究航海は、断層近傍から直接試料を回収することにより、分岐断層の起源と歴史を解明することをその目的の一つとしました。

[研究方法の概要]

地震反射法探査によって得られている地下の構造により、掘削目標地点と深度を選定しました。掘削によって回収された堆積物、堆積岩について、海底の崩壊によって形成されたもの、静的に沈殿した泥質堆積物、混濁流によって移動し堆積したもの、火山灰などを特定しました。また、堆積物の全体の鉱物組成について分析し、それらに含まれるナノプランクトンなどの化石により時代を特定しました。さらに堆積物が堆積する際に獲得する堆積残留磁気の測定と、地磁気の逆転史の比較により、時代をより正確に絞り込みました。これらの結果を、地震反射法によって得られている、地質の構造の形成と断層の活動の歴史に組み込み、活動の歴史の時間を決め、活動の度合いを定量化し、評価しました。

[結果の概要]

堆積物と堆積岩の年代決定の結果より、分岐断層の活動の開始は195万年前まで遡る事が判明しました。また鉱物組成分析、とくに炭酸塩である方解石含有率(※5)の結果、当初の深度は炭酸塩補償深度(※6)より深く、海溝の近傍であったと推定されます。また当初の変位速度は大きいものでしたが、一旦変位速度が落ち、155万年前ほどから再び活発化し、急速に隆起したことも判明しました。この過程でほぼ現在の状態に近づいたと推定できます。地震・津波発生断層として機能しはじめたのはこの時以降と推察されます。124万年前以降は、分岐断層は海底直下の浅い部分ではより分岐し、現在に至っていることが明らかとなりました(図2)。

[考察と今後の展望]

本成果は、これまでの南海トラフの断層と地震活動の歴史を大きく塗り替えるものであると同時に、この分岐断層が今後の東南海、南海地震においても活動することを強く示唆しています。断層そのものの詳細な研究は継続中であり、また、現在実施中の第2ステージ南海トラフ地震発生帯掘削計画では、この分岐断層に孔内観測装置設置のための準備が行われています。来年度以降実施予定の第3ステージでは、分岐断層の深部、地震発生領域まで掘削予定です。南海トラフにおいて、「ちきゅう」超深度掘削により海溝型巨大地震発生断層における準備・発生過程の解明に迫る計画は、前人未到の研究計画であり、その成果の社会的還元も大きく期待されるところです。

※1 統合国際深海掘削計画(IODP)

日本・米国が主導国となり、平成15年(2003年)10月から始動した多国間国際協力プロジェクト。現在、欧州、中国、韓国、豪州、インド、NZの24ヶ国が参加。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行う。

※2 南海トラフ地震発生帯掘削計画

南海トラフは、日本列島の東海沖から四国沖にかけて位置するプレート沈込み帯で、地球上で最も活発な巨大地震発生帯の一つ。南海トラフの一部にあたる紀伊半島沖熊野灘は、東南海地震等の巨大地震震源と想定される領域の深さが世界のプレート境界のなかでも非常に浅く、「ちきゅう」による掘削が可能な海底下6,000m程度であるという特徴を有している。

「南海トラフ地震発生帯掘削計画」では、プレート境界断層および津波発生要因と考えられている巨大分岐断層を掘削し、地質試料(コア・サンプル)の採取や掘削孔内計測を実施することにより、プレート境界断層内における非地震性すべり面から地震性すべり面への推移及び南海トラフにおける地震・津波発生過程を明らかにすることを目的としている。

本計画は、全体として4段階(ステージ)に分けて掘削する計画で、紀伊半島沖熊野灘において南海トラフに直交する複数地点を掘削する予定。第1ステージは平成19年9月21日から平成20年2月5日まで実施した。

※3 分岐断層

プレート境界から分岐する断層で、地震発生帯の一部を構成する。巨大地震発生時の破壊領域の一部となり、海面に到達した部分は津波を起こす原因になると考えられている。

※4 逆解法

陸上における地震と海岸部での津波の記録から、逆にそれらを説明しうる断層面の上でのすべりを推定し、破壊領域の範囲とすべり量を見積もる方法

※5 方解石

鉱物の1種でCaCO3の化学組成を持つ。石灰岩の主要構成鉱物である。

※6 炭酸塩補償深度

炭酸塩である炭酸カルシウムからなるプランクトンの殻は、死後マリンスノーとして海底を落下していくが、落下に際し、殻は表面から海水中に徐々に溶解して行く。完全に溶解によって消失してしまうまでの深度を炭酸塩補償深度という。その深度は、海面付近でのプランクトン生産量と海水の温度圧力、海水中のイオン濃度によって異なるが、日本近傍ではだいたい4000m以上である。


【図1】ステージ1掘削地点

C0004において分岐断層を貫いて掘削し、C0008において分岐断層が切る堆積物の年代が確認できた。


【図2】 結果を総合した、分岐断層の活動開始(195万年前)、隆起と活動の再活発化(155万年前)を示す概念図

*CCD:炭酸塩補償深度

お問い合わせ先:

(本研究について)
独立行政法人海洋研究開発機構
 地球内部ダイナミクス発展研究プログラム 南海掘削研究チーム
国立大学法人東京大学 大学院 理学系研究科
  教授 木村 学 TEL: 03-5841-4510
(報道担当)
独立行政法人海洋研究開発機構
 経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL: 046-867-9193
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科
 広報・科学コミュニケーション
  准教授 横山 広美 TEL: 03-5841-7585