プレスリリース


2010年 2月 22日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科

インド洋の海面水温の観測データを用いて
エルニーニョ現象の発生予測が1年以上前から可能に
〜ダイポールモード現象のエルニーニョ現象への影響を初めて解明〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)及び国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)大学院理学系研究科は、フランス国立海洋開発研究所(IFREMER)等と共同で、各地に異常気象を引き起こし、国際社会・経済に大きな影響を与える太平洋のエルニーニョ現象(ラニーニャ現象)の発生がインド洋に発生する負(正)のダイポールモード(IOD)現象(注1)の影響を強く受けていること、更にエルニーニョ現象(ラニーニャ現象)をインド洋の海面水温の観測データを用いて1年以上前から極めて精度良く予測できることを初めて明らかにしました。

また、この結果にIOD現象の予測モデルと組み合わせると世界各地に異常気象災害を引き起こす気候変動現象を約20カ月前に予測することが可能になります。したがって事前に充分な対策を講じることが可能になり、減災につながることが期待されます。

この成果は、2月22日(日本時間)において、英国科学雑誌Nature Geoscience 誌(電子版)に掲載されます。

タイトル: Influence of the state of the Indian Ocean Dipole on following year’s El Niño
著者名: Takeshi Izumo, Jerome Vialard, Matthieu Lengaigne, Clement de Boyer Montegut, Swadhin K. Behera, Jing-Jia Luo, Sophie Cravatte, Sebastien Masson and Toshio Yamagata

2.背景

当機構アプリケーションラボの山形俊男ラボヘッド(当時の所属は地球環境フロンティア研究センター)(東京大学 大学院理学系研究科教授)のグループは、世界各地に異常気象を引き起こす気候変動現象であるインド洋ダイポール(IOD)現象を1999年に発見しました。その後、当機構が中心になって開発してきた大気・海洋結合大循環モデル(SINTEX-F)を地球シミュレータで駆使することにより、このIOD現象の発生を世界で初めて5、6カ月前に予測することに成功するなど、世界の気候変動研究をリードして来ました。しかし、インド洋のIOD現象と太平洋のエルニーニョ現象(ラニーニャ現象)の相互関係については明らかにされていませんでした。

3.研究手法と結果考察

太平洋のエルニーニョ現象は中央部太平洋から東太平洋に至る赤道域に暖水が蓄積し、海水温が高くなる現象であり、逆にラニーニャ現象は同海域において海水温が低く、暖水は西太平洋や赤道をまたぐ南北側に移動するような現象です。この知見を用いると赤道域に貯まった暖水量を測ることで、約8か月前にエルニーニョ現象やラニーニャ現象を予測することができます。しかし、この方法では“春季の予測障壁”(注2)を越えて予測することができませんでした。

今回、熱帯域の太平洋とインド洋の大気・海洋観測データに加え、大気・海洋結合大循環モデル(SINTEX-F)の500年間のシミュレーションで得られた結果を解析した結果、インド洋における負(正)のIOD現象が太平洋のエルニーニョ(ラニーニャ)現象に先行し、その発生に大きく関与している事を初めてつきとめました(図1)。更に、この海洋観測データに基づく予測式にダイポールモード指数(注3)を加えた新しい予測式で計算した結果、 “春季の予測障壁”を越えて、観測データだけでエルニーニョ現象やラニーニャ現象を1年以上前から予測できる事がわかりました(図2)。

エルニーニョ海域の海面水温偏差と1年以上前に行う予測値との相関が80%もある予測スコアーは、これまで全世界の機関で行われた統計的および力学的予測で得られたすべての予測結果(相関は60%程度)をはるかに凌ぐものです。また、この新しい予測式と大気・海洋結合大循環モデル(SINTEX-F)と合わせ用いることで、エルニーニョ現象を更に約20カ月前から予測可能となる事がわかりました。

4.今後の展望

この研究は、エルニーニョ予測には、意外にもIOD現象の舞台となるインド洋の大気海洋状態を知ることが重要である事を示すものです。

近年、正のIOD現象が頻繁に発生し、ケニア周辺での洪水、オーストラリアにおける干ばつなど多くの異常気象災害を引き起こしています。これは、地球温暖化に伴って熱帯海洋が温暖化しており、自然現象であるIOD現象やエルニーニョ現象などの気候変動現象がその発生頻度、発生時期、強度などに変調を起しているといえます。

このような気候変動現象の事前予測は地球温暖化への適応策において極めて重要な意味を持つものであり、昨年、世界気象機関で開催された第三回世界気候会議(WCC3)では正にこのような気候変動予測データとそれを社会に提供するシステムの重要性が指摘されました。

海洋研究開発機構と東京大学は世界の研究機関と協力して、今後も気候変動予測の基盤となるインド洋、太平洋における観測体制を強化し、更なるモデル開発、予測技術の向上、予測データの社会への提供を通じて、国際社会に貢献していきます。

注1 インド洋ダイポールモード(IOD)現象

インド洋熱帯域で発生する大気海洋結合系の代表的な気候変動モード。正のIOD現象が発生すると、インド洋東部(ジャワ島沖)の海面水温は通常よりも低下し、これに伴ってインドネシアやオーストラリア等で干ばつ傾向となる。一方、インド洋西部(アフリカ東方沖)では海面水温が上昇し、大気の対流活動が活発化するために通常よりも降水量が増加する。それとは逆に、インド洋東部の海面水温は通常よりも上昇し、インド洋西部では海面水温が低下する状況を負のIOD現象と呼ぶ。この場合はインドネシアやオーストラリア等では多雨傾向となる一方、東部アフリカ諸国では小雨傾向となる。

注2 春季の予測障壁

エルニーニョ現象の予測は、毎年新しい海洋混合層の形成が春に始まるため、春の季節を越えて事前に予測することが難しいことが定説になっている。

注3 ダイポールモード指数(Dipole Mode Index;DMI)

インド洋熱帯域において西部海域(50E-70E 、10S-10N)で平均した表面水温から東部海域(90E-110E 、10S-0N)で平均した表面水温を引いた値のこと。DMIが正の場合を正のダイポールモード、負の場合を負のダイポールモードと呼ぶ。DMIは国際的に使われており、1999年に山形グループがネイチャーに発表した論文に準拠するものである。

図1

図1:インド洋の負のダイポールモード現象が太平洋のエルニーニョ現象に先行することを示す模式図

1)海面付近の東風が強まり、西太平洋に暖水が集積するため、水温躍層が深いところまで下降する。2)海面付近の東風が弱まり、暖水が東側へ移動 3)西風が強化され、エルニーニョが発達。

図2

図2:
(上段左;a))ダイポールモード指数とENSO(※)指数の時系列のラグ相関(ダイポールモード指数を基準にして、これと時間差をとったENSO指数との相関係数を計算。縦軸は相関係数。横軸は時間で、ダイポールモード指数のピークの年をyear0としyear1はその翌年、year-1はその前年を表す)。翌年のENSOのピーク時に負の高い相関がみられる。これは負のダイポールモードが発生した翌年にエルニーニョ現象が起きていることが多いことを示している。

※ENSO(エルニーニョ/南方振動)
海洋のエルニーニョ現象と大気の東西振動である南方振動という二つの現象は一つの大気海洋結合現象であることがわかり、1980年代に一つにまとめてENSO現象と呼ばれるようになった。熱帯では海面水温の高いところが低気圧性に、逆に海面水温の低いところが高気圧性になるためにこのようなことが起きる。

(上段右;b))ENSOの再現実験における観測との相関。

(青線) 9月‐11月の赤道域の暖水量指数(WWV)のみを用いて予測。春季の予測障壁の影響で5、6月に急激に予測精度が落ちる。
(黒線) 暖水量指数(WWV)に加え、西太平洋の2−4月の西風指数を用いた予測。春季の予測障壁の影響はないが、1年を超えての予測はできない。
(赤線) 暖水量指数(WWV)に加え、9−11月のダイポールモード指数(DMI)を考慮した予測。春季の予測障壁の影響はなく、1年を超えての予測でも相関値は0.75を超える。
(下段) 暖水量指数(WWV)とダイポールモード指数(DMI)に基づく13カ月前からのENSO予測(赤線)。黒線は観測値。縦軸はエルニーニョ監視海域の海面水温の偏差を表す。

お問い合わせ先:

(本研究について)
 独立行政法人海洋研究開発機構 アプリケーションラボ ラボヘッド
 国立大学法人東京大学大学院理学系研究科長
山形 俊男 TEL: 03-5841-4297
(報道担当)
 独立行政法人海洋研究開発機構
経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL:046-867-9193
 国立大学法人東京大学大学院理学系研究科
広報・科学コミュニケーション 准教授 横山広美 TEL:03-5841-7585