プレスリリース


ジュニア向け解説

このプレスリリースには、ジュニア向け解説ページがあります。

2010年 3月 1日
独立行政法人海洋研究開発機構

大陸地殻成長過程において島弧−島弧衝突帯が重要な役割を果たしていることを解明
〜伊豆衝突帯・丹沢複合深成岩体の高精度年代測定に成功〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球内部ダイナミクス領域の谷健一郎技術研究副主任らは、大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所などと共同で、若い島孤地殻の形成年代を高精度に測定する手法を開発し、その代表例である伊豆衝突帯(注1)に位置する丹沢複合深成岩体(注2)の年代測定に成功しました。その結果、島弧同士の衝突が大陸地殻の成長に重要な役割を果たしていることを明らかにし、衝突の過程で新たにマグマ活動が起こって大陸地殻組成が進化していく過程を現世の衝突帯で初めて解明しました。

今回の研究成果で明らかになった現世の島弧−島弧衝突帯における大陸地殻の成長過程は、同様な島弧−島弧衝突が頻繁に起こっていたとされる地球創成期の大陸成長過程を解明する上で重要な鍵となると考えられます。

この成果は、3月1日号のアメリカ地質学会発行のGeology誌に掲載されます。

タイトル: Syncollisional rapid granitic magma formation in an arc-arc collision
zone: Evidence from the Tanzawa plutonic complex, Japan
著者名: 谷健一郎、D.J. Dunkley、木村純一、R.J. Wysoczanski、山田国見、巽好幸

2.背景

現在の地球表層は、主に花崗岩からなる大陸地殻と主に玄武岩からなる海洋地殻によって覆われていますが、誕生初期の地球表層は大部分が海洋地殻で覆われており、海洋地殻が地球深部に沈み込む場所(沈み込み帯)である島弧で徐々に大陸地殻が形成されて現在のような姿に成長してきたと考えられています。しかし島弧で形成された地殻が巨大な大陸までに発達するためには、島弧同士が衝突して合体する過程を繰り返す必要がありますが、地球創成期にはこのような衝突が頻繁に起こっていたと考えられているにもかかわらず、これまでその実態は解っていませんでした。

これまでの当機構の研究で、伊豆・小笠原弧に代表されるような、海洋地殻が別の海洋地殻の下に沈み込むことで形成された海洋性島弧では、現在も地下深部で大陸地殻が誕生していることが明らかになりつつあります。さらに伊豆・小笠原弧の北端は、フィリピン海プレートの北上と共に本州弧と衝突しており(伊豆衝突帯)、世界で唯一、現在進行形の島弧−島弧衝突が起こっている場所です。

つまり伊豆・小笠原弧および伊豆衝突帯は、地球創成期に起こった大陸地殻の形成過程と、島弧同士の衝突によって大陸が成長していく過程を同時に研究できる、貴重な研究フィールドであり、その中でも地表に露出している丹沢複合深成岩体は大陸地殻成長過程を解明する上で重要な鍵を握っています。

主に花崗岩からなる丹沢複合深成岩体は、これまで様々な研究が行われてきた結果、伊豆・小笠原弧の深部花崗岩質地質が衝突に伴って隆起・露出したものだとされてきましたが、丹沢のような若い地殻岩石の形成年代を測定するのは従来の分析手法では困難であったことから、いつ、どのように形成されていったかなど形成過程が解っていませんでした。

3.研究方法の概要

国立極地研究所の高感度高分解能イオンマイクロプローブ(SHRIMP-II)を用いて、丹沢複合深成岩体の花崗岩・ハンレイ岩に含まれるジルコンという鉱物を使ったウラン−鉛年代測定(注3図1)を行いました。ジルコン・ウラン−鉛年代測定法は他の年代測定法と比べて、花崗岩のような地殻岩石の形成年代をより正確・精密に年代決定できる利点があります。また変質や変成にも強い耐性を持ち、しばしば強い変質・変成を被っている海底岩石試料の年代決定に非常に有効な手法となりつつあります。この年代測定法はこれまで数億年前から数十億年前に形成された岩石の年代測定によく用いられてきたが、今回の研究では分析手法や試料調整法を改良することにより、より若い、数百万年前に形成された岩石の年代測定が可能となりました。

また丹沢複合深成岩体のマグマ生成環境を明らかにするために、レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析計(LA-ICP-MS)を用いて、丹沢複合深成岩体のジルコン結晶の微量元素組成分析を行いました。

4.結果と考察

今回実施した年代測定結果から、丹沢複合深成岩体の大部分は伊豆・小笠原弧が本州弧に衝突した後の500万年前から400万年前のマグマ活動によって形成されたことが明らかになりました(図2)。これは丹沢が従来考えられていたような伊豆・小笠原弧の深部地殻断面が衝突によって隆起・露出したものではなく、島弧同士の衝突によってマグマが発生して新たに花崗岩質地殻が形成され、大陸が成長していることを示しています。

さらに今回の結果から丹沢複合深成岩体の冷却速度を計算すると、マグマ形成後に最高で100万年の間に約660℃の温度低下という急速な冷却を経験していたことがわかりました。これは深成岩としては世界的にみても非常に早い冷却速度であり、衝突に伴って花崗岩質マグマが形成された後、マグマが急速に上昇・固結したことを物語っています。本岩体周辺の堆積岩は約700万年前に本州弧に衝突を開始した伊豆・小笠原弧のブロック(丹沢地塊)だとされていますので、衝突開始後わずか200〜300万年の間に花崗岩質マグマが発生して上昇・固結したことになります。この結果から、島弧−島弧衝突帯における地殻の成長速度が非常に早いことが判明しました。

またジルコンの微量元素組成分析から、丹沢複合深成岩体を形成したマグマの原料には伊豆・小笠原弧の地殻物質に加えて、大陸地殻からなる本州弧由来の堆積物の影響もあることが判明しました(図3)。このことは島弧−島弧衝突帯における新たなマグマ活動によって伊豆・小笠原弧で形成された島孤地殻が改変され、大陸地殻的な特徴をもった花崗岩質マグマが発生し、大陸地殻組成が進化していることを示しています(図4)。

5.今後の展望

今回の結果は、丹沢山地は地球創成期と似た島弧−島弧衝突によって現在大陸が成長している現場であることを示しています。丹沢複合深成岩体で明らかになった衝突時の急速な地殻成長や地殻の改変過程は、地球上の他の衝突帯における大陸成長過程を解明する上で今後重要な比較対象になると考えられます。

また、現在海洋研究開発機構の研究者を中心とした研究グループでは、地球深部探査船「ちきゅう」を用いた伊豆・小笠原島弧地殻の超深度掘削を提案しており、これが実現すれば既存の大陸地殻の影響がない、現在成長しつつある花崗岩質地殻を直接採取できます。このような出来たばかりの島弧地殻と丹沢複合深成岩体のような島弧−島弧衝突帯で成長した地殻を比較して研究することで、地球創世期における大陸地殻成長過程の全容を明らかにできると期待されます。

注1 伊豆衝突帯:

関東西部の赤石山地と関東山地に囲まれた一帯では伊豆・小笠原弧と本州弧が衝突して地形・地質が大きく変形し、島弧−島弧衝突帯を形成しており、この衝突帯を伊豆衝突帯と呼ぶ。伊豆・小笠原弧のような活発に活動している海洋性島弧が衝突して地表に露出している例は世界的にも大変珍しく、現在も伊豆・小笠原弧の北上に伴って衝突・隆起を続けている。衝突は今から約1500万年前に始まったとされ、伊豆・小笠原弧の地殻の一部(地塊)が次々と本州弧に付け加わっている。

注2 丹沢複合深成岩体:

伊豆衝突帯内の神奈川県丹沢山地南部に露出している花崗岩質岩体。伊豆・小笠原弧の地殻の一部が本州弧に衝突して付け加わった丹沢地塊内に位置している。これまで丹沢複合深成岩体は伊豆・小笠原弧の深部花崗岩質地殻が本州弧との衝突に伴って隆起し、露出したものだとされてきた。

注3 ジルコン・ウラン−鉛年代測定法:

ジルコンは放射性核種であるウランに富んだ鉱物で、ウランが時間の経過と共に放射壊変して生じる鉛の同位体比を精密に分析することで、そのジルコンを含んだ岩石の形成年代を測定する手法。高感度高分解能イオンマイクロプローブ(SHRIMP‐II)を用いることでジルコン結晶上の直径数十ミクロンの領域での年代を測定することができる(図1)。

図1
図1:年代測定に用いられた丹沢複合深成岩体のジルコン結晶図

高感度高分解能イオンマイクロプローブ(SHRIMP‐II)を用いることでジルコン結晶上の直径約30ミクロン円内の放射性年代が精密に測定できる。

図2
図2:丹沢複合深成岩体の位置と本研究で得られたジルコン・ウラン−鉛加重平均年代
(Kawate and Arima 1998の地質図に基づく)

岩体内の広範囲で試料採取し年代測定を行った結果、丹沢複合深成岩体の大部分は今から約500〜400万年前に形成されたことがわかった。これは丹沢地塊の衝突開始時期(約700万年前)よりも後であり、岩体を形成したマグマが衝突に伴って発生したことを示す。

図3
図3:丹沢複合深成岩体のジルコン微量元素組成

丹沢複合深成岩体をはじめとする伊豆衝突帯花崗岩のジルコン(■)は伊豆・小笠原弧花崗岩のジルコン(○)と比較して、トリウム/ニオブ比(※)に代表されるような大陸地殻成分が増大していることがわかった。これは伊豆衝突帯花崗岩のマグマが形成される過程で、大陸地殻である本州弧堆積物の影響を受けていることを示す。

※トリウム/ニオブ比

トリウムの方がニオブよりも大陸地殻に濃集しやすい性質があるため、本州弧のような古い分化した化学組成を持つ大陸地殻では、伊豆・小笠原弧などの未成熟な海洋性島弧と比べてトリウム/ニオブ比が高くなる。

図4
図4:伊豆衝突帯の南北断面図(モデル)

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球内部ダイナミクス領域 地球内部ダイナミクス基盤研究プログラム
地殻進化研究チーム 技術研究副主任 谷 健一郎
電話:046-867-9766
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 電話:046-867-9193