プレスリリース


2011年 6月 1日
独立行政法人海洋研究開発機構

今世紀後半、紫外線が増加する可能性
成層圏を含めた地球環境の長期変動予測シミュレーションによる成果

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏、以下「JAMSTEC」という。)のIPCC貢献地球環境予測プロジェクト長期気候変動予測研究グループの渡邉 真吾サブリーダーらは、同グループを中心に開発した地球システムモデルを用いてわが国で初めて成層圏を含めた地球環境の長期変動予測シミュレーションを行った結果、日本を含む北半球の中緯度では地表に到達する有害紫外線が今世紀の中盤から後半にかけて増加していく可能性が高いことを明らかにしました。

本成果は、成層圏オゾン層の変化だけでなく、従来の紫外線予測研究では考慮されなかった、対流圏のオゾンやエアロゾル・雲の長期的変化を同時にシミュレーションした結果です。これら対流圏の要素が将来の紫外線量の変化に大きく関与し、フロンガス等の排出規制から成層圏オゾン層が回復しても、必ずしも地表の紫外線量が全球的に減少するものではないことを世界で初めて明示しました。

本研究は、JAMSTECの所有する「地球シミュレータ」を用いて、文部科学省科学技術試験研究委託事業「21世紀気候変動予測革新プログラム・地球システム統合モデルによる長期気候変動予測実験」の成果の一つです。

この成果は、Journal of Geophysical Research - Atmospheres(アメリカ地球物理学連合発行)誌から6月1日付け学会員向け電子版に掲載される旨の連絡がありました。本成果は、6月27日から7月7日の期間、オーストラリアで開催されるIUGG(国際測地学・地球物理学連合)で発表される予定です。

タイトル: Future Projections of Surface UV-B in a Changing Climate

著者名: 渡邉 真吾1, 須藤 健悟1,2, 永島 達也3, 竹村 俊彦4, 川瀬 宏明3, 野沢 徹2,3

所属 : 1.独立行政法人海洋研究開発機構 2.名古屋大学 大学院環境学研究科 3.独立行政法人国立環境研究所 4.九州大学応用力学研究所

2.研究内容と成果

本研究では、気温・降水や海面水位の変化に代表される気候変動だけでなく、気候・生態系および人間活動が複雑に関与する炭素循環、大気環境や紫外線の変化など、複雑な地球システムの変動を科学的知見に基づいて予測し、IPCC(※1)等の国際的な取り組みに貢献することを目的として、従来の気候モデルを構成していた対流圏大気・海洋・海氷・陸面に加え、成層圏大気、海陸生態系、エアロゾル、大気化学を統合した「地球システムモデル」を構築しました。

本成果は、これを用いて紫外線の散乱・吸収に大きく関与するエアロゾルと、成層圏・対流圏のオゾンを中心とする大気化学の詳細かつ長期的変化を取り入れ、地表の紫外線量について全球的将来予測シミュレーションを行うことにより、低緯度および日本を含む北半球の中緯度で地表に到達する有害紫外線(※2)が今世紀の中盤から後半にかけて増加していく可能性が高く、日本付近では今世紀の終盤に全国的に平均10%程度増加することを世界で初めて明らかにしました(図1)。これは、東京を例にとれば紫外線量が、現在の鹿児島ぐらいに増加することに相当します(図2)。

この結果は、「フロンガス等の減少にともなって成層圏オゾン層が次第に回復する結果、地上に到達する有害紫外線は今世紀を通じて全球的に減少する」という従来の予測を覆すものです。今世紀後半の有害紫外線の増加には、成層圏オゾン層の変化のほかに、従来のシミュレーションでは考慮されなかった(1)工業地域・森林伐採地域の周辺とその風下で将来生じると予想される大気環境の改善=大気汚染物質である人為起源エアロゾル(※3)と対流圏オゾン(※4)の減少にともなう大気の清浄化、(2)地球温暖化とエアロゾルの減少がもたらす雲の減少、といった複数のメカニズムが関与し、現在に比べて地表に向かう紫外線が対流圏大気中を通過しやすくなることも世界で初めて明らかにしました。

3. 経緯

南極オゾンホールの発見以来、フロンガス等による成層圏オゾン層の破壊と、それに伴って増加する有害紫外線による、人類の健康や動植物への影響が懸念されてきました。これらを踏まえ、1987年にフロンガス等の生産や使用を規制するモントリオール議定書が採択され、国際的な枠組みのもとでの規制が成功した結果、大気中のフロンガス等の濃度は20世紀末をピークとして以後年々減少しつつあります。このことから「フロンガス等の減少にともなって成層圏オゾン層が次第に回復する結果、地上に到達する有害紫外線は今世紀を通じて全球的に減少する」と予測されてきました。

しかしながら、従来の予測では、対流圏のオゾンやエアロゾル・雲の長期的変化は考慮されておらず、それらが紫外線に及ぼす影響は無視された不完全な予測であることが指摘されていました(図3)。

4.今後の展望

地球システムモデルを開発し、用いることによって、世界で初めて成層圏・対流圏の諸要素の長期的変化を考慮した地表有害紫外線の将来変化予測が定量的に示されました。本予測研究の成果が健康・医療、農水産、住居・都市・労働環境等、さまざまな分野の研究を促進させ、紫外線対応方策の進展を促すことが期待されます。

今後、各国・各機関における本研究分野の研究が進展し、当該分野の将来予測が促進されることによって、現在よりも信頼性の高い予測情報を提供可能になることも期待されます。

<語句説明>

※1 IPCC:気候変動に関する政府間パネル。各国が温暖化対策を進める上での科学的な根拠となる評価報告書をまとめている。

※2 有害紫外線:太陽光のうち、紫色よりも波長の短いものを紫外線と呼ぶ。通常地上に到達する紫外線は波長280-400ナノメートルであるが、このうちとくに波長280-315ナノメートルの紫外線(UV-B)は生物のDNAを直接的に破壊する性質を持つため、有害紫外線と呼ばれる。皮膚がんや白内障の発症を促すことで知られる。

※3 人為起源エアロゾル:日本周辺の場合、主として石炭や原油等の燃焼によって排出される亜硫酸ガスやススが大気中で変質して微粒子として漂うもの。大気汚染物質のひとつで、最近では中国からの越境大気汚染が問題化している。紫外線を散乱・吸収することにより、地表への到達量を減らす効果がある。

※4 対流圏オゾン:成層圏のオゾン層とは異なり、対流圏内で炭化水素や窒素酸化物を介した反応から生成される。大気汚染物質のひとつで光化学オキシダントの主成分として知られる。紫外線を吸収することにより、地表への到達量を減らす効果がある。

図1

図1:地表に到達する有害紫外線量の将来変化予測

今世紀の末頃(2090〜2099年の平均)の今世紀の初め(2000〜2009年の平均)に対する有害紫外線量増減の割合を示す。南半球中・高緯度は主にオゾン層回復のため、北欧を除く北極域は雪氷の減少と雲・エアロゾルの増加のため、それぞれ紫外線が減少する。これに対し、5%以上の紫外線増加が予測された地域は、現在の工業地域や森林伐採地域の周辺とその風下に分布している。

図2

図2:日本付近の年平均有害紫外線分布シミュレーション結果(UV-B日積算値:kJ/m2

各色の帯の北上から分かるように全国的に紫外線量の増加が予測された。たとえば黄色の帯に注目すると、今世紀の末頃には、北部九州から四国や近畿地方の南部を経て東海・関東地方の太平洋沿岸にわたる広い地域において、今世紀の初めの鹿児島と同程度の紫外線量を受けることが分かる。

図3

図3:従来の有害紫外線(UV-B)予測の構成要素を今回の予測の構成要素と比較図

本研究では従来考慮されていなかった対流圏のオゾン、エアロゾル、雲等の吸収・散乱因子の長期的変化を考慮している。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
IPCC貢献地球環境予測プロジェクト長期気候変動予測研究グループ
サブリーダー 渡邉 真吾 電話 (045)778-5527
(報道担当)
経営企画室  奥津 光 電話 (046)867-9198