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2012年 8月16日
独立行政法人海洋研究開発機構
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)海洋・極限環境生物圏領域の小林英城主任研究員らの研究チームは、マリアナ海溝チャレンジャー海淵の世界最深部(深度、10,900 m)に生息するヨコエビ(学名:Hirondellea gigas, 和名:カイコウオオソコエビ)の生態解明に取り組み、その食性究明において、タンパク質、脂質、多糖類などに対する分解活性を解析したところ、新規で有用性の高い消化酵素の検出及び精製に成功しました。
その結果、カイコウオオソコエビは、植物性多糖を分解するセルラーゼ、アミラーゼ、マンナナーゼ、キシラナーゼといった酵素を保持し、それら酵素の反応生産物であるグルコース、マルトース、セロビオースを大量に体内に含有しており、超深海において植物を分解、栄養としていることが明らかになりました。
また、各酵素の性質について調べたところ、これら酵素は高い反応性を有しており、特にセルラーゼについては、オガクズやコピー用紙等を分解して直接ブドウ糖(グルコース)に転換する、極めて生産効率の高い新規酵素であるとともに、酵素として優れた安定性を有していることを見いだしました。
本成果は、未だ明らかではない世界最深部に生息する超深海生物の生態を解明するとともに、トウモロコシなどの穀類ではなく、木材等の天然バイオマスや廃紙等から、その上常温でのグルコース生産の可能性を大きく前進させる有用な新規酵素を発見した世界初の画期的な成果です。 セルラーゼ以外の酵素についても、その特性解明を進めているところですが、それら酵素は安定性に乏しいため、解析等に時間を要していますが、今後、解析方法等について多角的に検討を進め、生活・社会に期待される成果に結び付けていきたいと考えています。
本成果は、平成24年度科研費 基盤研究(C) :カイコウオオソコエビが持つ新規セルラーゼの遺伝子解析とその工学的利用(課題番号:24580153)を用いた成果であり、8月16日付け(日本時間)のPublic Library of Science One (PLoS One) (電子版)に掲載される予定です。
なお、本研究により新規に同定されたセルラーゼについては、特許出願を行っています。
1. 独立行政法人海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域、2. 東筑紫短期大学食物栄養学科
2.背景
1998年、当機構の前身である海洋科学技術センターの11,000m級無人探査機「かいこう」によって、海洋の最深部(日本の南方約2,500 km離れたマリアナ海溝チャレンジャー海淵)での探索が行われました。一般に、深海海底は非常に水圧が高く、また貧栄養であるため、生物の生息は困難な環境であることが知られていますが、「かいこう」の探索では、世界最深部にはカイコウオオソコエビ(図1)が多数生息していることが確認されました。しかし、これら超深海生物が何を食べて超深海で生息できるのかわかっていませんでした。
そこで本研究では、2009年の調査潜航(Cruise ID: YK09-08)において、当機構が作成・保有するフリーフォール式のカメラ付き採泥システム(図2)を用いて、カイコウオオソコエビを採取するとともに、その食性を解明するため、消化酵素を解析しました。
3.成果
カイコウオオソコエビが、貧栄養環境下で生息するための生態解明に取り組み、その消化酵素に着目し、タンパク質、脂質、多糖類などに対する分解活性を解析したところ、セルラーゼ、アミラーゼ、マンナナーゼ、キシラナーゼなどの植物性多糖分解酵素の検出に成功しました(図3)。これら4つの酵素は、それぞれセルロース、でんぷん質、ヘミセルロース(植物細胞壁に含まれるセルロース以外の多糖類)であるマンナンとキシランを分解することが知られており、同時に採取した海底泥から、木片も見つかったことから、カイコウオオソコエビは、世界最深部の海底で流木や枯れ葉、タネなどの植物片を食べると予想されました。
そこで、消化酵素の酵素学的性質を検討するため、カイコウオオソコエビから抽出した消化酵素と、でんぷん、カルボキシメチルセルロース(以下、CMC)、グルコマンナン、キシランを反応させ、その反応生産物について調べた結果、以下の通り物質が検出されました。
・でんぷん:分子量がマルトテトラオース以下のオリゴ糖
・CMC:グルコースとセロビオースのみ(図4)
・グルコマンナン:低分子量の各オリゴ糖
・キシラン:キシラナーゼ活性が不安定だったため、同定に至らず
上記結果のうち、CMCからグルコースとセロビオースを生産するセルラーゼの報告例はなく、新規セルラーゼであると期待されました。
このセルラーゼについて、カイコウオオソコエビ10個体分を精製し、一般的な分子生物学的手法を用いて酵素学的な性質を検討した結果、カイコウオオソコエビのセルラーゼは一種類であり、分子量は約59,000、反応至適温度は25-35℃、反応至適pHは5.6である新規セルラーゼであり、CMCとの反応において、グルコースとセロビオースを2:1の割合で生産することが明らかになりました。
カイコウオオソコエビが本セルラーゼを用いて、木片を消化しているかを検証するため、本セルラーゼをオガクズと反応させたところ、グルコースの生産が認められ、さらに、カイコウオオソコエビは、植物由来の生産物であるグルコース、セロビオース、マルトースを多く保有しており、特に、グルコースは乾燥体重の約0.4%も含まれていることが分かりました。
以上の結果より、生物の少ない超深海環境では、カイコウオオソコエビは、他の生物の死骸が落ちてくる間、流木などの植物片を食べて命を繋いでいると推測されます。
セルラーゼ以外の酵素についても、その特性解明を進めているところですが、それら酵素は、不安定であり酵素学的な性質等の解明は今後の課題です。
なお、本研究により新規に同定されたセルラーゼについては、特許出願を行っています。
4.今後の展望
本成果は、カイコウオオソコエビが保持するセルラーゼが、木材や紙類を含めた多種多様なバイオマス全般に対して、高いグルコース生産性を有していることを明らかにしたものですが、木材等と反応させることによって、エタノールの原料であるグルコースを容易に取得できることから、再生エネルギーとして期待されているバイオエタノールの生産等に大きく寄与することが期待できます。
また、エネルギーを利用せず、枯れ木等から直接グルコース生産が可能であることから、生産したグルコースを食品に加工することで、世界の飢餓地域の栄養改善にも利用できると考えられます。さらに、本セルラーゼは天然由来のセルロースだけでなく、一般紙のような加工されたセルロースでも、室温でグルコースを生産できることから(図5)、本酵素の利用範囲が非常に広いことを示しました。今後、セルラーゼ遺伝子を取得し、大量生産を行うための研究を推進していく予定です。
また、カイコウオオソコエビからは、セルラーゼ以外の酵素も検出され、有意かつ多様な特性が期待されるところですが、それら酵素は不安定であるため、研究の進展速度がセルラーゼに比べ遅れていますが、今後、解析方法等について多角的に検討を進め、生活・社会に期待される成果に結び付けていきたいと考えています。
海底表層の堆積物を不攪乱状態で採取する採泥器として当機構が開発した採泥システム。通称「アシュラ」と呼ばれている。
各基質上にカイコウオオソコエビのタンパク質を滴下して、室温にて反応させた結果。基質には青や赤の色素が含まれており、酵素活性がある場合、基質が分解されて周囲が白くなり、高い酵素活性を有していることが分かる。
CMCにセルラーゼを加えて、35℃で反応させた結果。反応後、分解生産物について薄層クロマトグラフィーを用いて分子種を同定した。G:グルコース、C2:セロビオースをそれぞれ示す。
分解生産物を薄層クロマトグラフィー上の始点に滴下し、有機溶媒を浸透させると、各分解生産物は始点から移動を始める。その移動度は物質の化学構造によって異なり、同じ物質は同じ移動度を示すため、物質の同定が可能。
図では反応後1時間から、CMCがグルコースとセロビオースに分解していることが分かる。
矢印の先に酵素溶液を滴下して、室温、15時間反応させた結果。左:酵素反応前のコピー用紙、右:反応後、グルコース検出溶液(Glucose CIIキット(和光純薬))を滴下したコピー用紙。グルコースが存在する箇所が、赤く染まっている。