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プレスリリース

2019年 7月23日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

スケーリーフットが絶滅危惧種に認定
―IUCNレッドリスト登録に基づく深海生物多様性保全への第一歩―

1. 発表のポイント

深海熱水活動域固有種スケーリーフットが絶滅危惧種として国際自然保護連合レッドリストに登録
レッドリスト登録の判断材料となる科学的知見の提示に海洋研究開発機構を含む日本の船舶・探査機・研究者が貢献
世界初の海底資源開発を考慮したレッドリスト掲載であり、深海生物に対する人為的環境影響評価の重要性をレッドリスト登録により明示

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)では、調査船舶や有人潜水船、無人探査機の運用を通じて国内外の研究機関と協同し、インド洋海域における海底熱水活動調査を1990年代から主導してきました。また、超先鋭研究開発部門超先鋭研究プログラムのCHEN Chong研究員は、インド洋海域の熱水活動域でのみ生息が知られている腹足類「スケーリーフット(図1)」について生理学・進化学・生態学など多面的な研究で成果をあげてきました。こうした一連の学術的知見が参照され、7月18日に改訂された国際自然保護連合(以下「IUCN」という。)が発刊するレッドリストにおいて、スケーリーフットが絶滅危惧種(Endangered)として登録されました。

本登録は、生息域の小ささ・少なさ、特異な生息環境、個体群間の交流の乏しさに加え、現在の海洋資源探査状況及び将来的な海底資源開発による生息環境擾乱の懸念から、絶滅危惧種(Endangered・EN [B2ab(iii)類])と評価されたものです(図23参照)。本登録は、未知領域が広大な深海の生物種であっても一定以上の情報を収集すればレッドリスト評価が下される最初の事例であり、今後の深海生物に対するレッドリスト掲載評価における水準を示した点でも意義があります。

これは世界初の海底資源開発を考慮に入れたIUCNレッドリストへの登録です。スケーリーフットの登録に至った経緯やIUCNレッドリスト登録が今後の深海生物多様性保全に貢献する意味を紹介する記事が、「Nature Ecology & Evolution」に7月23日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Red Listing can protect deep-sea biodiversity
著者:Julia D. SIGWART1、Chong CHEN2*、Elin A. THOMAS1、A. Louise ALLCOCK3、Monika BÖHM4、Mary SEDDON5
1. Queen’s University Belfast, Marine Laboratory 2. X-STAR, JAMSTEC 3. National University of Ireland, Galway 4. Zoological Society of London 5. IUCN SSC Mollusc Specialist Group

3.レッドリスト登録に至った経緯

IUCNは1948年に創設された国際的な自然保護団体です。1966年からレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物のリスト、IUCN Red List of threatened species)を作成しています。IUCNレッドリストは、生物多様性の危機を注意喚起するとともに、国際的な保全活動指針のための科学調査に基づく客観的情報の収集を目的としています。情報が不十分な場合は情報不足(DD)と評価されますが、十分なデータが収集されるとランク評価がなされます(図2)。IUCNレッドリストは一定の頻度で改訂されており、その間に収集された情報に基づき、新たな種の掲載や既報種のランク更新が行われます。たとえばニホンウナギは、漁獲数の減少や生息環境の悪化を踏まえ、現在は絶滅危惧種(Endangered・環境省のレッドリストでも絶滅危惧IB類)として掲載されています。IUCNレッドリスト評価では、生息個体数や生息分布範囲等の生物学的な情報に加え、人間活動による生息環境への影響も考慮され、これらはすべての生物に対して同じ評価基準が用いられます。IUCNレッドリスト評価は、有限である保全努力をどの種に対して費やすか優先順位を決定するための「ものさし」となります。

海底熱水活動域の生物群集は、1977年にガラパゴス沖の深海底において発見され、暗黒の深海環境ではありえないほどの個体数と生物多様性が認められています。以来40年間にわたって行われた海底調査によって、熱水活動域はこれまでに地球上で約700地点が発見されています(図3)。個別の熱水活動域の面積は100m四方程度ですが、熱水域間は数十キロから数百キロメートル離れています。熱水活動域に生息する動物種は約700種が確認されており、このうち70%程度が熱水活動域でしか生息が確認されていない「熱水固有種」です。熱水固有種の成体は地理的に隔たった群集間を往来する能力がないため、卵や幼生の段階で浮遊して移動していると考えられており、群集間の交流頻度は極めて低いと推定されています。

1993年、東京大学海洋研究所(当時)の観測船「白鳳丸」がインド洋で初めてとなる本格的な熱水活動探査を行いました。その結果をもとに実施した深海調査研究船「かいれい」及び無人探査機「かいこう」の調査によって、インド洋海域で初となる熱水活動域が発見されたのは、2000年のことです(2000年12月14日既報)。「Kaireiフィールド(図4)」と命名したこの熱水活動域では、360度におよぶ高温のブラックスモーカー熱水が噴出しており、「かいれい」調査の7ヶ月後に米国の観測船「Knorr」が実施した調査によって全身が硫化鉄に覆われた「スケーリーフット」が初めて発見されました。

2009年には深海潜水調査船支援母船「よこすか」及び有人潜水調査船「しんかい6500」の調査によって、「Kaireiフィールド」から北北西に約800 km離れた海域で相次いで発見した熱水域をそれぞれ「Dodoフィールド」及び「Solitaireフィールド」と命名し()、「Solitaireフィールド」では硫化鉄に覆われていないスケーリーフットが生息していることを確認しました(2010年12月13日既報)。

2011年には英国の調査チームが「Kaireiフィールド」から西南西に約2300 km離れた「Longqiフィールド」でスケーリーフットの生息を確認しています。これら調査を経て、オックスフォード大学の大学院生であったCHEN Chong(当時・現海洋研究開発機構研究員)は、「Longqiフィールド」をタイプ産地としたスケーリーフットの分類学的記載を報告するとともに、集団遺伝解析により海嶺間の個体群では相互に交流が乏しいこと等を相次いで解明してきました。

海底熱水活動域は熱水固有種の生息域であると同時に、熱水性の金属硫化物鉱床が形成されるため、将来的な海底資源の開発対象として関心が持たれています。国連海洋法条約の発効とともに発足した国際海底機構(以下「ISA」という。)は、公海域の深海底鉱物資源を管理しており、熱水性の金属硫化物鉱床もこれに含まれます。ISAは各国からの鉱区の申請を受けて審査し、一定期間の排他的な探査活動の権利を付与しています。スケーリーフットの生息が確認されている3つの熱水域のうち「Longqiフィールド」については2011年に中国の鉱区申請が承認され、「Kaireiフィールド」についても2015年にドイツの鉱区申請が承認されており、将来的な開発に向けた調査が進められています。なお、「Solitaireフィールド」はモーリシャスの排他的経済水域内に位置しているためISAの管轄外です。

そして2018年、スケーリーフット等のインド洋の熱水域に固有な動物についてIUCNレッドリスト評価をおこなう専門家ワークショップが開催されました。その結果、生息域の小ささ・少なさ、特異な生息環境、個体群間の交流の乏しさ、及び現在の海洋資源探査・将来的な海底資源開発による生息環境擾乱の懸念から、絶滅危惧種(Endangered・EN [B2ab(iii)類])と評価されました。熱水固有種であるスケーリーフットが掲載されたことは『未知な領域が広大に残されている深海に生息している生物であっても一定以上の情報を収集すれば(情報不足(DD)や未評価(NE)ではない)レッドリスト評価が下される』というマイルストーンとなりました。実際、スケーリーフットに続いて14種の熱水固有種についてもIUCNレッドリスト掲載に向けた評価が進められており、すべての種が絶滅危惧種あるいは危急種に認定されると予測されています。

4.今後の展望

生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)において、生物多様性の損失を止めるための目標、通称「愛知ターゲット」が設定されました。この中で、既知の絶滅危惧種に対して、その絶滅を回避するべく状況を改善することが求められています。スケーリーフットを含めた熱水固有種の多くが絶滅危惧種と評価される大きな要因は、既知の生息域が少ないこと、生息範囲を拡大する要因が未知であること、及び人間活動による生息域擾乱への懸念です。愛知ターゲットで求められる絶滅を回避するための状況改善としてできることは、未踏海域の調査によって生息域あるいは生息可能域を探査・発見し、深海生物の繁殖や移動に関する生物学的理解を深めると同時に、既知の生息域を擾乱しない人間活動のあり方を確立することです。JAMSTECでは今後も、国民から負託された深海調査能力を発揮し、国際コミュニティを先導して深海生物のIUCNレッドリスト評価に資する科学的事実を収集するとともに、海底資源開発候補地における環境影響評価研究を推進することで、この地球・この海の生物多様性保全に貢献します。

5.付記

1977年、ガラパゴス島沖の深海底において熱水の湧出が発見された時、それ以上に目を引いたのは、視界を覆う豊かな生物群集でした。以来40年、この「深海のオアシス」は地球上の約600地点で確認されていますが、そこに生息する生物群集の全容はいまだ謎に包まれています。熱水生物群集とともに熱水活動に付随する金属鉱床の採掘が検討されています。IUCNレッドリストは、生物多様性の危機に対する注意を喚起するとともに、国際的な保全活動指針のための客観的情報を収集することを目的としています。IUCNレッドリスト掲載への評価基準は、深海生物の実態を明らかにする上で理想的な指針となります。

熱水生物群集が海底の擾乱に対して一定の復元力を有することが、東太平洋海膨での観測から示唆されています。ここでは、溶岩流出によって底生生態系の大部分が一時的に消失したものの、時間の経過とともに次第に生物群集が復元されました。しかし、この限られた観測事例をもって、すべての熱水生態系においてすべての生物種が同様の復元力を発揮すると期待するのは、あまりに安直です。熱水生物群集の分散実態はいまだ不明なので、復元力の評価もまた困難です。

熱水域毎に生息する生物種をリストアップし、またそのレッドリストステータスを付することは、(開発候補となる熱水性鉱床を含めた)個々の熱水域の独自性を示す指標となり得ます。もちろん網羅的記述の実現は容易なことではありません。レッドリスト評価はその時に利用可能なデータが対象となりますが、多くの深海生物種はわずかな観測事例しかなく、ほとんどが生きた状態では観察されておらず、また観察できた行動さえも本来は暗黒である生態系に投光した影響を免れません。だからといって、成り行き任せで様子見を決め込むのは、人間活動影響の加速度的な広がりという現実から目を背けているに過ぎません。

今回のレッドリスト改訂においてスケーリーフットが掲載されたことは、深海生物に対する今後の絶滅危惧度評価において重要な先行事例となります。スケーリーフットは、これまでにインド洋海域の水深2500mほどに位置する3カ所の熱水域でのみ確認されています。その生息範囲の延べ面積は、サッカーコート2面分に相当する0.02km2に過ぎません。さらに、3カ所のうち2カ所は海底鉱床採掘権が承認されています。わずか3カ所の生息域と、資源開発という差し迫った絶滅への危機から、今回スケーリーフットは絶滅危惧種に認定されました。スケーリーフットに続き、インド洋あるいは太平洋の熱水域に生息する14の固有種についても評価が進められており、すべての種が絶滅危惧種あるいは危急種に認定されると予想されています。

IUCNレッドリストは、海底鉱床採掘に対する投資の判断材料にもなります。開発候補地において絶滅の危機に瀕する生物種の存在は、開発活動を制限する社会的要因となり、開発に向け継続的に投資するにはあまりにリスクが高いからです。深海熱水生態系の発見からレッドリスト掲載までに40年を要したことは、極めて遅かったと言えます。とはいえ、深海熱水鉱床の採掘が本格化していない現状を鑑みれば、遅すぎたとは言えません。

【補足説明】

DodoとSolitaireはそれぞれモーリシャス島及びロドリゲス島にかつて生息していた鳥類の名前で、いずれも人類の乱獲によって18世紀までに絶滅が確認され、IUCNレッドリストにおいて絶滅種(EX)として掲載されている。故・玉木賢策首席は「生命の神秘と生物多様性を象徴する深海熱水域に、絶滅種の名を使用することによって、生物多様性の重要性を喚起する」という意図をこめ、両熱水域を命名した。
図1

図1 新に絶滅危惧種認定されたスケーリーフット

図2

図2 IUCNレッドリストのカテゴリーと基準

図3

図3 スケーリーフットが生息する3つの熱水域(a)、「Solitaireフィールド」周辺の地形図 (b)及びスケーリーフットの総生息面積イメージ図(c)。
JAMSTEC主導で発見された熱水域は星印、そのほかは丸で表記

図4

図4 「Kaireiフィールド」にある熱水噴出孔

スケーリーフットが絶滅危惧種に認定
国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
超先鋭研究開発部門 超先鋭研究プログラム 研究員 CHEN Chong
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 広報課
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