トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2019年 9月 13日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学
国立研究開発法人国立環境研究所

地球温暖化によって熱帯域の積乱雲群は小規模化
~雲が温暖化をより進行させる可能性~

1. 発表のポイント

気候変動に関する政府間パネルの第5次評価報告書によると、温室効果ガスの増加によって起こる地球の昇温量の不確実性は主に雲の予測の不確実性に起因している。
全球非静力学大気モデルNICAMを用いた約100年後を想定した高解像度気候シミュレーションデータを解析した結果、温暖化の進行した大気では、熱帯域で雲の組織化が弱まり、大きな積乱雲群が発達しにくくなることがわかった。
小さな積乱雲群の数が増加することで大気の上層が雲でより覆われ、赤外放射による温室効果を強めることにより、温暖化がより進む可能性が示唆される。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門環境変動予測研究センター、国立大学法人東京大学大気海洋研究所及び国立研究開発法人国立環境研究所の研究グループは、全球非静力学大気モデル「NICAM(※1)」を用いて行われた約100年後を想定した将来地球のシミュレーションデータを解析し、熱帯域の積乱雲の集団が小規模化(雲が非組織化)する可能性を示しました(図1)。

熱帯域は地球の熱収支を決める主要な領域であるとともに、熱帯域の雲は地球規模の大気の流れを駆動するエネルギー源の役割を担っています。雲の生成・消滅を詳細に計算し将来予測をした結果、熱帯域の雲が非組織化することを示すとともに、その原因は熱帯域の地球規模の大気の流れ(以下「大気大循環」という。) が温暖化によって弱まることと関係していることがわかりました (図2) 。また、雲によって作られる冷気塊のサイズ分布からも雲の非組織化と整合的な結果が得られました (図3)。この結果は、人為起源の温室効果ガスの排出量が増加し温暖化が進行した大気では、熱帯域の雲はより温暖化を強めることを示唆しています(図4)。

本研究成果は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書(AR6)等への貢献が期待されるものであり、さらには日本の暖冬頻度や台風の発生数に影響する可能性もあります。

なお、本研究は、文部科学省による統合的気候モデル高度化研究プログラムとポスト「京」(スーパーコンピュータ「富岳」) で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発における重点課題4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」(課題番号:hp160230, hp170234, hp180182, hp190152)の支援を受け実施されたものです。

本成果は、米国地球物理学連合が発行する専門誌「Journal of Advances in Modeling Earth Systems」オンライン版に9月13日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Responses of clouds and large-scale circulation to global warming evaluated from multi-decadal simulations using a global nonhydrostatic model
著者:野田暁1、小玉知央1、山田洋平1、佐藤正樹2,1、小倉知夫3、大野知紀1
1. 海洋研究開発機構環境変動予測研究センター、2. 東京大学大気海洋研究所、3. 国立環境研究所

3.背景

IPCCの第5次評価報告書(AR5)は、温室効果ガスの増加によって起こる地球の昇温量の不確実性が主には雲の予測の不確実性に起因することを指摘しています。

熱帯域の背の高い積乱雲群に伴って大気上層に発達する上層雲(※2)の広がりの変化は、地球の昇温量を正確に見積もる上で重要であり、積乱雲が組織化(より狭い領域に集中して発達)するとその周辺では晴天域が増えることになります(図4)。このような大気では、より大きな赤外放射によって地球に溜まった熱を上層雲に遮られることなく効率的に宇宙へ放出することができますが、その逆に雲の組織化が弱まると雲が広い領域にわたり分散して地球を覆うことで宇宙への赤外放射が弱められることになり、温暖化を強めることになります。このため温暖化による雲の組織化に関わる問題は、世界気象機関(World Meteorological Organization)の下部組織である世界気候研究計画(World Climate Research Programme)でも、この数年間に優先して取り組むべき重要な課題(グランドチャレンジ)の1つとして大きく取り上げられています。

雲の組織化に関するこれまでの研究は、水平方向に均一な大気を想定したり、地球が海で覆われたような簡単化した大気を用いたり、雲による循環をきちんと計算していないという問題点がありました。そこで本研究では、海や陸の分布、海面温度の空間分布やその変化を考慮し、かつ、雲の生成・消滅を詳細に計算することで、より正確な雲の将来予測を行いました。このような研究手法による雲の組織化の研究は画期的であり、世界で初めてのことです。

4.成果

NICAMによる現在と約100年後を想定した地球大気の水平メッシュ間隔14kmの高解像度気候シミュレーションデータを用いて、雲の組織化を表す指数(※3)を評価しました。熱帯域をおよそ1000km四方の領域に分けて、それぞれの領域ごとの雲の組織化の度合いを調べた結果、赤道周辺のインド洋や東南アジアといった特に対流活動が活発に起きている領域の赤道上で、この数値が減少することがわかりました(図1)。

また、熱帯域の大循環の強さと雲の組織化の強さを表す指数の間には強い正の相関があり、熱帯域の大気大循環に伴う上昇流が強いほど雲が組織的に発達しているという関係があることから、温暖化によって大気大循環が弱まったことで雲の組織化も弱まったこともわかりました(図2)。

雲の下にできる冷気塊(※4)もまた、雲の組織化の強さを反映している現象の1つと言えます。熱帯域の冷気塊のサイズ分布を比較したところ、温暖化した大気ではより小さなサイズの冷気塊の個数が増加し、より大きなサイズの冷気塊の個数が減少しています(図3)。この結果からも雲の組織化が弱化していることが確認されました。

地球は宇宙に赤外線を射出することで自分自身を冷やそうとしています。雲が非組織化すると雲の分布が散逸的になり、地球大気はより広い領域で雲に覆われることになります。その結果、効率的な赤外放射を妨げ温暖化を強めることにつながります(図4※5)。

5.今後の展望

熱帯域の大規模で組織化した積乱雲群が発生すると、遠く離れた日本の天候にも大きな影響を及ぼします。マッデン・ジュリアン振動(http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20140507/を参照)がその顕著な例で、暖冬の要因ともなっています。また、雲が組織化した顕著現象の例として台風も挙げられます。台風は熱帯で発達し約3000kmを移動して日本へやってきますが、熱帯域の雲の組織化が弱まると暖冬の頻度や台風の数の減少につながる可能性があります。このような我が国の生活に重要となる気象現象との関係を更に詳しく研究する必要があります。また、より高精度な将来気候予測を行うためにはNICAMのような気候モデルの改良とともにそれを運用できるスーパーコンピュータの開発も重要となります。

【補足説明】

※1 NICAM:雲の運動を地球全域で直接計算することの可能な世界で初めての全球大気モデル。従来の全球大気モデルでは、雲の生成・消滅過程は人為的な仮定に基づいて計算されており、このことが雲の将来変化予測に不確実性をもたらしている。この不確実性を可能な限り排除することで高い精度で雲の変化予測を実現している。NICAMは数日間のシミュレーションでは水平解像度(メッシュ間隔)870m、本研究のような数10年間のシミュレーションでは水平解像度14kmを用いている。

※2 上層雲:高度がおよそ7km以上にできる雲で、巻雲のような薄い雲は太陽光を通しやすく、地球表面からの赤外放射を通しにくいという性質をもつ。

※3 雲の組織化の指標:雲が組織化されたところでは上昇流が発生し、その周囲では下降流が発生する。雲が組織化されているほど上昇流の発生域は狭く、下降流域は広くなる(図4を参照)。そこで本研究では、下降流域の面積の割合を雲の組織化の指標とした。この指標の値が大きいほど雲による上昇流域の割合は小さくなり(雲はより狭い領域で発達している)、雲の組織化が強くなっていると判断される。

※4 雲に伴う冷気塊:雲域ではしばしば雨が発達するが、雨粒の一部が落下中に蒸発することで周囲の空気が冷やされて重くなる。この冷たく重い空気が雲周辺の地表面付近に溜まることでつくられる。

※5 上層の雲の被覆率の増加によって太陽光の雲による宇宙への反射量も増加するが、今回のシミュレーションデータでは宇宙へ放出される赤外線の減少の方が大きく、温暖化を進行させる結果が得られている。

図1

図1 熱帯域における約100年後の雲の変化予想。カラーバーは雲の組織化を表す指標であり、現在を0としたとき雲の組織化が進んだところは正の値(暖色)、非組織化が進んだところは負の値(寒色)となる。全体として非組織化の進む割合が大きい。

図2

図2 縦軸を雲の組織化を表す指標、横軸を大気循環の強さとして図1の結果をプロットしたもの。約100年後、温暖化によって大気大循環は弱まり、雲の組織化も弱まったことがわかる。

図3

図3 熱帯域の雲に伴う冷気塊の個数のサイズ分布の変化予想。

図4

図4 組織的、非組織的に発生している雲とそれらの赤外放射の概念図。雲周辺の濃い水色は冷気塊。矢印は色が濃く太いほど赤外放射量は大きい。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門環境変動予測研究センター雲解像モデル開発応用グループ 研究員 野田 暁
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
海洋物理学部門 海洋大気力学分野 教授 佐藤 正樹
国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員 小倉 知夫
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
広報室
国立研究開発法人国立環境研究所
企画部広報室
お問い合わせフォーム