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2014年 5月 7日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学 大気海洋研究所
同 理学系研究科
独立行政法人理化学研究所 計算科学研究機構

熱帯域におけるマッデン・ジュリアン振動の1ヵ月予測が実現可能であることを実証
~スーパーコンピュータ「京」× 次世代型超精密気象モデル~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」という)基幹研究領域・大気海洋相互作用研究分野の宮川知己ポスドク研究員と、東京大学大気海洋研究所の佐藤正樹教授らJAMSTEC・東京大学・理化学研究所の共同研究チームは、熱帯域における主要な大気変動であり全球に影響を及ぼすマッデン・ジュリアン振動(MJO)について、スーパーコンピュータ「京」(※1)を利用して、地球全体で雲の生成・消滅を詳細に計算できる全球雲システム解像モデル「NICAM」(※2)による数値実験を実施し、約1ヵ月先まで有効な予測が可能であることを実証しました。

同チームでは2007年に世界に先駆けて「地球シミュレータ」を用いたMJOの再現に成功していますが(平成19年12月11日既報「マッデン・ジュリアン振動(MJO)の再現実験に成功~季節予報の精度向上への見通しを示す~」)、本成果は「京」を用いて多数の緻密な予測実験を実施することにより、NICAMを用いたMJO予測が極めて高い精度で実現可能であることを示したものです。

MJOは熱帯地方の日々の天気に大きく影響を与えるほか、エルニーニョの発生・終息や、熱帯低気圧発生にも関係があると考えられています。本成果によりNICAMの優れたMJO予測精度が初めて実証されたことから、地球規模の大気変動の様子を早期に把握できるようになり、日本付近の季節予報や台風発生予測の精度向上にも貢献することが見込まれます。また、未だ解明されていないMJOのメカニズムについても、観測では捉えきれない部分を本シミュレーションデータが補完することにより、その本格解明に向けて大きく寄与することが期待されます。

本研究のシミュレーションは、文部科学省によるHPCI戦略プログラム分野3「防災・減災に資する地球変動予測」の研究課題「地球規模の気候・環境変動予測に関する研究」(課題代表者 木本昌秀、課題ID hp120313)の一環として実施されたものです。

この成果はネイチャー・コミュニケーションズ誌に5月7日付け(日本時間)で掲載される予定です。本論文は当該号のハイライトに選ばれました。

タイトル:
Madden–Julian oscillation prediction skill of a new-generation global model demonstrated using a supercomputer
著者:
宮川知己1, 佐藤正樹1,2, 三浦裕亮1,3, 富田浩文1,4, 八代尚4, 野田暁1, 山田洋平1, 小玉知央1, 木本昌秀2, 米山邦夫1
所属:
1. 海洋研究開発機構, 2. 東京大学大気海洋研究所,
3. 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻,
4. 理化学研究所 計算科学研究機構

2. 背景

MJOは、主にインド洋で発生する水平規模が数千㎞にも及ぶ巨大な積乱雲群が赤道に沿って東進する、周期が30~60日の大気変動です(※MJO参考図)。このMJOは、熱帯に降水や風の変動をもたらす主な要因の1つで、その移動に伴い、洪水や台風などの災害を引き起こす他、モンスーンの開始の引き金となるなど水資源の状況を左右して、社会に大きな影響を与えています。さらに巨大積乱雲群は、大量の水蒸気が水滴に変わることで形成されていきますが、その際に放出される大量の熱(水は水蒸気から水滴になるとき熱を放出する性質を持つ)により暖められた大気の波は日本などの中緯度へも伝わり、熱波/寒波や多雨/干ばつを引き起こすこともあります(※3)。

MJOは発生から消滅までが1~2ヶ月と長く、その間、日本を含む周辺地域の気候に影響を及ぼし続けることから、その発生や動向について予測できれば、これまで気象予報の限界であるとされてきた2週間よりも先の状況についての有効な情報をもたらすことが可能となり、集中豪雨や干ばつ、台風などの災害にいち早く備えることができるとともに、温暖/寒冷や少雨/多雨などの季節傾向に対して農業計画や需要予測を早めに見直すなど、人間社会が効率的に対応できるようになることが期待されます。

MJOの再現・予測は、雲の効果を精密に表現する必要があるため、従来型の気象モデルでは困難でしたが、JAMSTECと東京大学が共同で開発した次世代型モデルであるNICAMは、従来のモデルのように地球全体で雲を簡略化して扱うのではなく、個々の雲の発生・挙動を直接計算することにより、全地球規模のモデル上で雲の再現を可能としました。そして2007年にスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」(※4)を利用してNICAMを動かすことで、世界に先駆けてMJO事例の精緻な再現に成功しました。しかし、有効な予測が可能であることを統計的に示すにはさらに膨大な計算量が必要であり、「地球シミュレータ」でも対応が難しかったため、当時はその実証には至りませんでした。

3. 実験の概要

今回、共同研究チームは、全球雲システム解像モデルNICAMを「京」上で動作させて、過去10年の冬季に発生したMJO事例すべてについて予測実験を行い、予測の有効持続期間を計測しました。該当期間には19のMJO事例が含まれており、それぞれについて一部例外を除きMJO中心の初期位置が異なる3つの予測開始日を設定することで、合計54本の予測実験を実施しました。なお、NICAMについては継続してJAMSTEC・東京大学・理化学研究所の共同チームによる開発・修正が続いており、2007年に地球シミュレータで用いたものと比較して大気と海洋の相互作用の効果や雲粒子の計算方法などが精緻化されています。

4. 実験結果

54本の予測実験結果を実際の観測データと照合、解析したところ、NICAMによるMJOの有効予測可能日数(信頼性のある予測が可能である日数)は27日間と推定され、代表的な現業予報モデルに比べ世界最高水準の性能を有することが示されました(図1)。予測開始時のMJOの位置(phase)によってばらつきも見られますが、予測可能日数はいずれの場合も26-28日であり、世界最高水準の性能を示しています。また、一般に気象モデルは局地性の高い降水の再現を苦手としており、風速場などの力学的な構造と比べると再現精度が劣りますが、NICAMはMJOに伴って起こる降水の増加/減少の水平分布の特徴もよく再現できています(図2)。

また、2週間を超える気象予報の実現の鍵と見られているMJOのメカニズム解明を目指して、2011年に過去最大規模の国際観測プロジェクトCINDY2011がJAMSTEC主導で実施され(※5)、現在世界中の研究者がその観測データの解析に取り組んでいます。本研究のシミュレーションにおいてこのCINDY2011で捉えられたMJOを再現したところ、降水域が東進する様子を高い精度で再現しました(図3)。MJOに伴う水蒸気偏差の時間発展の様子も高層ゾンデ(※6)による直接観測データとよく一致しています(図4)。このように、限られた観測点では捉えきれない部分についてNICAMを用いたシミュレーションデータが補完することにより、今後MJOのメカニズムの本格解明が期待されます。

5. 今後の展望

本研究は、雲の生成・消滅を表現できる次世代型の全球気象モデルを用いることでMJOの動向の1ヵ月近い予測が可能であることを実証しました。この結果は、世界最高水準の熱帯の天気予報が可能であることを示すとともに、今後本研究成果をもとに気象庁などの予報現業機関によるノウハウを活かした調整が加わることになれば、日本付近の季節予報や台風発生予測の精度向上が見込まれます。また、精度の良いシミュレーション結果が多数得られているため、MJOにとって本質的な性質/大気構造と事例ごとの特徴との切り分けが可能になり、未だ謎とされているMJOのメカニズム解明を大幅に前進させることが見込まれます。さらに、温暖化した世界での台風や熱帯降水の変化についても、MJOによる影響がより精度よく計算されることで、予測の信頼性向上につながります。雲の効果を精密に計算する気象モデルは将来予測において重要や役割を果たすとの認識から、文部科学省による気候変動リスク情報創生プログラム(※7)においても重要な研究開発課題と位置づけられています。

将来、気象庁などの予報現業機関の気象予報スーパーコンピュータの増強が進み、「京」の1/4~1/2程度の計算性能に達すれば、ある日時の予報を少しずつ異なる初期値を用いて30~50本程度行う「アンサンブル予報」(※8)の実施が可能となり、一層の精度向上および予報信頼度についての情報提供が可能になります。

また、現在計画されている次世代のスーパーコンピュータポスト「京」(エクサスケール・スーパーコンピュータ)(※9)の実用化をはじめ、国内のスーパーコンピュータネットワークの拡充が進めば、雲の表現の精密さをさらに高めた超高解像度設定のもとでアンサンブル予測を行うことにより予測可能日数を延長したり、将来100年間の台風の変化の様子をシミュレートすることが可能になるなど、さらなるブレークスルーが期待されます。

【補足説明】

※1 スーパーコンピュータ「京」:世界で初めて"1秒間に1京回を超える計算速度"を実現して2011年に世界ランキング1位を獲得したスーパーコンピュータ。文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理化学研究所と富士通が共同で開発した。理化学研究所計算科学研究機構(兵庫県神戸市)に設置されている。

※2 NICAM:地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより高精度の計算を実現した全球気象モデル。従来の全球気象モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは主に水平解像度870 m から 14 kmの範囲で運用されており、870 m ~ 3.5 km の超高解像度を用いる場合は全球雲解像モデル、7 km ~ 14 kmの解像度を用いる場合は全球雲システム解像モデルと呼ばれる。

※3 MJOによる日本への影響:MJOの積乱雲群が放出する熱による大気の波の影響で日本上空に高気圧/低気圧偏差が停滞し、高温傾向や低温傾向が持続する場合がある(例: 2011年11月にインド洋でMJOの活動度が増大した影響により、西日本で統計開始以降の最高気温記録を更新するなど全国的に異常高温が続いた)。また、MJOの位置と強度は台風の発生確率を左右する。MJO起源の低気圧が日本付近の前線や低気圧に水蒸気を供給することで大雨や大雪をもたらすこともある(例: 2013年成人の日の関東大雪。南岸低気圧が水蒸気供給を受けて急発達した)。さらに、梅雨もその一部である東アジアモンスーンの活動もMJOの影響を大きく受けていると考えられている。

※4 地球シミュレータ:2002年-2004年に世界ランキング1位を獲得したスーパーコンピュータ。海洋研究開発機構横浜研究所に設置されている。

※5 CINDY2011:Cooperative Indian Ocean experiment on intraseasonal variability in the Year 2011 の略称。JAMSTECが発案し、日米を中心に世界16の国・地域の約70の研究機関が参加した集中観測。MJOがどのようにして発生するのかを調べるため、島や船舶を用いて雨や風、海流などを観測した。

※6 高層ゾンデ観測:気象観測用の風船に機器を搭載して上空の気温や湿度、風速などを調べる観測。

※7 気候変動リスク情報創生プログラム:地球温暖化によって生じる多様なリスクに関して、不確実性を低減し、実社会が対応するための基盤となる情報を創出することを目的とした、文部科学省によるプログラム。JAMSTECをはじめ国内の多数の研究機関が参加している。

※8 アンサンブル予報:大気・海洋現象は多くの不確実性を有するため、予測計算を行う場合、観測値に基づいた初期値にわずかなばらつきを与えて複数の数値予測実験を行い、その 平均(アンサンブル平均)やばらつきの度合いも含めて大気・海洋現象を予測するというもの。複数の結果を平均することにより予測精度が向上するだけでなく、ばらつきの広がりかたの度合いにより予測の確からしさについての情報が得られる。天気予報や台風の進路予測等でも用いられている。

※9 ポスト京:「京」の100倍の計算性能の実現を目標とし、2020年頃の完成を目指して、理化学研究所が主体となって開発を進めているエクサスケール・スーパーコンピュータ。

図1. 全球雲システム解像モデルNICAMによるMJO予測性能評価結果。予測可能日数(Score > 0.6)は54本のシミュレーション全体で27日(青線)。点線は予測開始日のMJOの位置(phase)別に計算したスコア。代表的な現業予報モデルの予測可能日数はGottschalck et al. 2013 (AMS MJO Symposium) より引用したものであり、評価に用いられている予測開始日のサンプルは本研究のものとは異なる。

図2. 54本の実験におけるMJO の位置(phase)別の降水偏差の合成図。観測データはGlobal Precipitation Climatology Projectより。Phase 3 (予測開始日から平均で16日後)に正の降水偏差がインド洋を覆っている。Phase 7(予測開始から平均で28日後)では正の降水偏差が太平洋西部まで東進している。

図3. 2011年11月-12月のMJO事例に伴って降水が東進する様子。観測データは熱帯降雨観測衛星TRMMより。白地図に赤枠で示した範囲の降水量マップを2日おきに連ねて表示している(データ)を描画する際に南北方向は縮小してある。赤い星マークは図4の高層ゾンデ観測点(Gan島)。

図4. 2011年11月-12月のMJO事例時におけるGan島(図3参照)の水蒸気偏差の時系列。MJOによる降水域の接近とともに大気が湿潤化し、通過と共に乾燥化している。12月には次の湿潤化が起きている。観測データはCINDY2011より。

※MJO参考図

マッデン・ジュリアン振動の発達と東進を描いた模式図。
積乱雲の集団が衰退した後も風のシグナル(黄色い矢印)が東回りに地球を周回する。
シグナルの東西位置によりPhase 1 ~ Phase 8 と分類される。

(本研究について)
海洋研究開発機構 大気海洋相互作用研究分野
ポスドク研究員 宮川 知己
分野長     米山 邦夫
東京大学 大気海洋研究所
教授      佐藤 正樹
  同  理学系研究科・理学部
准教授     三浦 裕亮
理化学研究所 計算科学研究機構
チームリーダー 富田 浩文
(報道担当)
海洋研究開発機構 広報部 報道課長 菊地 一成
東京大学 大気海洋研究所 広報室 小川 容子
  同  理学系研究科・理学部 准教授/広報室副室長 横山 広美
理化学研究所 計算科学研究機構 広報国際室 主査 岡田 昭彦
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