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プレスリリース

2021年 6月 9日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

南極海の夏の海氷を半年前から予測することに成功
―冬の海氷の厚さが鍵を握る―

1. 発表のポイント

海氷の密接度(海氷が海面を覆う割合)と海氷厚の再解析プロダクトを用いて、地球シミュレータで海氷を予測するシステムを開発した。
南極海の1つであるウェッデル海(南極半島の東)において、夏の海氷の密接度を半年前の冬から高い精度で予測することに成功した。
南極海の海氷だけでなく、北極海の海氷予測にも応用が可能である。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの森岡 優志 副主任研究員らは、海氷の密接度(海氷が海面を覆う割合)と海氷厚の再解析プロダクト(※1)を用いて海氷を予測するシステムを開発し、南極海の夏の海氷密接度を半年前の冬から高い精度で予測することに成功しました。

これまで、世界の多くの研究機関で南極海の海氷予測は気候モデルの海氷密接度を観測データに近づけて(初期化して)行われてきましたが、海氷厚の評価が十分ではなく、長期にわたり海氷の予測精度は低い状況でした。

そこで本研究では、欧州地中海気候変動センター(CMCC)で作成されている海氷密接度と海氷厚の再解析プロダクトを用いて気候モデルを初期化し、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で海氷を予測したところ、南極海の1つであるウェッデル海(南極半島の東)において、夏の海氷を半年前の冬から高い精度で予測することができました。

本研究の成果は、海氷の予測に海氷密接度だけでなく海氷厚のデータも必要であり、海氷厚の観測が重要であることを示唆しています。今後は、南極海の海氷だけでなく、北極海の海氷予測の研究にも応用されることが期待されます。

本成果は、「Scientific Reports」に6月9日付け(日本時間)で掲載される予定です。また、本研究の成果は、日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究19K14800JP)の支援を受けております。

タイトル:
Summertime sea-ice prediction in the Weddell Sea improved by sea-ice thickness initialization
著者:
森岡 優志1、Doroteaciro Iovino2、Andrea Cipollone2、Simona Masina2、Swadhin K. Behera1
所属:
1. 海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ、2. 欧州地中海気候変動センター(CMCC)

3. 背景

地球温暖化の影響を受けて減少を続ける北極海の海氷と異なり、南極海の海氷はロス海(南太平洋)などで増加しており、海氷変動の物理プロセスや将来予測に関する研究が近年盛んに行われています。南極海の中でも南極半島の東に位置するウェッデル海は、海洋の熱塩循環(※2)の起源の1つである南極底層水の形成域として知られ、海氷の変動が南極底層水の形成の変動を通して全球の気候に長期的に影響を与える可能性があります。

ウェッデル海の海氷は、人工衛星の観測が始まった1980年代から現在まで長期的な傾向を示していませんが、季節・経年変動は大きく、変動の物理プロセスを調べる研究が行われてきました。近年私たちが行った研究によると、海氷の経年変動が大きくなる10-12月について、海氷の密接度を高い精度で予測するには、気候モデルの海面水温に加え、海氷の密接度を観測データに近づけて予測を行う必要があることがわかりました(2019年2月25日既報)。

しかし、この研究では9月から海氷の予測を開始しており、予測期間は2-4ヶ月先に限られ、海氷を高い精度で予測する期間を延ばすためには気候モデルの改良が欠かせません。1つの方法として、気候モデルの海氷厚の初期化が挙げられます。海氷厚が厚い氷ほど海氷は長く残りやすい傾向があるため、気候モデルの海氷厚を現実に近い値に近づけて(初期化して)から予測を行うことで、海氷の予測期間を延ばせる可能性があります。

そこで、本研究では海氷の予測が難しい夏に着目して、気候モデルの海氷厚を再解析プロダクトの海氷厚に近づけて、海氷を予測するシステムを開発し、海氷の予測精度が向上するか、調査を行いました。

4. 成果

図1は南半球の夏(1-3月)の海氷密接度と海氷厚を示します。海氷密接度(図1a)は南極海の中でウェッデル海が最も大きく、特にウェッデル海の南西部で大きいことが特徴です。同様に、海氷厚(図1b)はウェッデル海で最も厚く、数十cmから1mほどとなっています。夏にウェッデル海で厚い海氷が残りやすいことから、他の海域に比べてウェッデル海の海氷は予測しやすいことが予想されます。

そこで、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で開発された気候モデル(SINTEX-F2、※3)を用いて、モデルの海氷密接度を再解析プロダクトの密接度に近づけて(初期化して)予測した実験と、モデルの海氷密接度と海氷厚を再解析プロダクトで初期化して予測した実験を行いました。予測期間は1986-2017年の毎年7月から1年先までです。

図2は7月から予測を開始した、翌年1−3月の海氷密接度の予測精度を表します。ここで、予測精度は観測データの海氷密接度との相関係数を用いて評価され、相関係数が正の値で大きくなるほど、予測された海氷密接度の平年差(平年値からのずれ)が観測データと同じ符号をもつ傾向が高いことを示します。また、紫線は海氷の密接度が15%となる、海氷の北端を示します。

海氷密接度を初期化した実験を見ると(図2a)、ウェッデル海の北部で海氷密接度の予測精度が高いことがわかります。さらに、海氷厚を初期化した実験を見ると(図2b)、ウェッデル海の南部でも海氷密接度の予測精度が増加していることがわかります。この傾向は、2つの実験の差をとった図2cからも明らかです。

また、予測精度が向上した原因を調べるため、ウェッデル海で海氷が少ない年(1999, 2000, 2002, 2006, 2007, 2009, 2011, 2017年)に注目して解析を行いました。図3は、海氷が少ない年の1-3月に平均した海氷密接度の平年差を示します。観測データを見ると(図3a)、ウェッデル海の北部で海氷密接度が平年に比べて少ないことがわかります。モデルの海氷密接度を初期化した実験では(図3b)、ウェッデル海の北部で海氷の減少を予測できていません。一方、モデルの海氷密接度と海氷厚を初期化した実験では(図3c)、ウェッデル海の北部で海氷の減少を予測できています。2つの実験の差をとると(図3d)、ウェッデル海の北西部(図3dの黒枠)で海氷の減少をより良く予測できていることがわかります。

そこで、ウェッデル海の北西部において、海氷が少なかった年について、予測を開始した7月から翌年3月まで、海氷密接度と海氷厚の平年差を計算しました(図4a)。破線がモデルの海氷密接度を初期化した実験、実線がモデルの海氷密接度と海氷厚を初期化した実験です。海洋密接度の平年差を見ると(黒線)、7月から10月まで2つの実験に大きな差は見られませんが、11月から翌年2月まで差が見られます。一方、海氷厚を見ると(赤線)、7月から10月まで2つの実験に差は見られ、11月から翌年2月にかけて差が大きくなっていることがわかります。

モデルの海氷密接度と海氷厚を初期化した実験について、海氷厚の変動の原因を調べるため、海氷厚の時間変化率の収支を調べました(図3b)。ここで、海氷厚の時間変化率は東西、南北からの海氷厚の移流の効果と、鉛直の効果(海氷面や海氷下からの熱フラックスなど)に分けられます。正味の海氷厚の時間変化率(図3bの黒線)を見ると、7月から11月にかけて負の値となっています。7-8月は東西や南北から海氷厚の移流の効果が寄与しており、モデルの海氷厚の初期化の影響が持続していることが考えられます。一方、10月には鉛直の効果が寄与しており、海氷の減少に伴い、海氷面から日射が入りやすくなったことで、海氷厚が薄くなっていることが示唆されます。また、海氷下の水温も上昇しており、海氷下から海氷を温めて、海氷厚が薄くなりやすい傾向にあることがわかりました。

これらの結果は、気候モデルの海氷厚を初期化することで、現実に近い海氷厚の情報が最初の数ヶ月は持続し、その後、大気・海洋・海氷の相互作用(海氷・アルベドフィードバック、※4)によって海氷厚の変動が発達し、半年先の夏の海氷を気候モデルで予測することができることを意味しています。

5. 今後の展望

本研究により、気候モデルの海氷密接度だけでなく海氷厚を現実に近い値に近づけて(初期化して)予測を開始することで、南極海(特にウェッデル海)の夏の海氷を半年前の冬から高い精度で予測できることがわかりました。しかし、南極海の海氷厚の観測は時空間的に少なく、予測に利用できるデータが限られています。船舶などを用いた現場観測に加え、人工衛星を用いた海氷厚の観測も最近は行われていますが、データの種類によって海氷厚の値が異なり、より精度の高い観測が求められています。

本研究では、海氷が薄くなる夏の海氷予測を実験しましたが、海氷が張り出す冬の海氷予測も重要です。冬の海氷について夏から同じ実験を行ったところでは、半年先の冬の海氷密接度の予測精度に大きな違いは見られませんでしたが、海氷下の海洋環境が影響するという報告もあり、現在新たなモデルの開発を進めています。

最後に、本研究では南極海の海氷の予測精度に注目しましたが、北極海の海氷予測の研究にも応用することができます。特に、夏の海氷予測は北極海航路の推定に欠かせません。JAMSTECでは今年度から北極域研究船の建造に着手しており(動画)、北極域の海洋や海氷に関する観測やシミュレーション研究がさらに一層行われる予定です。気候モデルの結果を現場観測のデータと比較することで、気候モデルの改良を行い、より高い精度で長い期間で、海氷を予測するシステムの開発を今後行っていきたいと考えています。

【補足情報】

※1
再解析プロダクト:観測データとシミュレーションを融合して、過去の海洋環境を時空間的に推定したもので、本研究では南極海の海氷密接度や海氷厚をよく再現している、欧州地中海気候変動センターが作成したC-GLORSv7を使用した。
※2
熱塩循環:全球を数千年かけて一周する海洋循環で、海洋の熱輸送や栄養塩などの物質輸送に重要な役割をしている。熱塩循環の起源の1つとして、南極海のウェッデル海では沿岸で冷やされた高塩分な海水が沈み込み、南極底層水の一部となって他の海盆に広がっている。
※3
SINTEX-F2:欧州の研究機関とアプリケーションラボが地球シミュレータ上に開発した、大気海洋海氷結合モデル。大気と海洋、海氷の物理プロセスを数値プログラムで表現し、数ヶ月から十年先までの気候変動の物理プロセスや予測可能性に関する研究に用いられている。
※4
海氷・アルベドフィードバック:海氷が減ると、海氷面での日射の反射率(アルベド)が減るため、日射が入りやすくなる。それにより、海氷面が温められ、海氷が減ることで、さらに日射が入りやすくなる。これを正の海氷・アルベドフィードバックという。
図1

図1 (a)海氷の密接度(海氷が海面を覆う割合、単位は%)の平年値(1−3月)。期間は1986-2017年。観測データ(OISSTv2)を使用。(b)海氷厚(単位はcm)の平年値(1-3月)。再解析プロダクト(C-GLORSv7)を使用。ウェッデル海で密接度が多く、海氷厚が厚い。

図2

図2 1-3月の海氷密接度の予測精度(前年の7月1日から予測した場合)。期間は1987-2018年。予測精度は観測データとの相関係数(単位はなし)で表され、正の相関は予測結果が観測データと同じ符号をもつ傾向が高いことを意味する。網目は統計的に有意な相関を示す。紫線は密接度が15%となる、海氷の北端に対応する。(a)気候モデルの海氷密接度を初期化して予測した実験。(b)モデルの海氷密接度と海氷厚を初期化して予測した実験。(c)2つの実験の差((b)-(a))。ウェッデル海で予測精度が高く、海氷密接度と海氷厚を用いた実験のほうが予測精度が高い。

図3

図3 ウェッデル海の海氷が少ない年(1999, 2000, 2002, 2006, 2007, 2009, 2011, 2017年)で平均した1−3月の海氷密接度の平年差(前年の7月1日から予測、単位は%)。(a)観測データ(OISSTv2)の結果。黒枠はウェッデル海で対象とする海域(西経55度―40度、南緯70度―60度)。(b)気候モデルの海氷密接度を初期化して予測した実験。(c) モデルの海氷密接度と海氷厚を初期化して予測した実験。(d)2つの実験の差((c)-(b))。海氷密接度はウェッデル海で少なく、海氷密接度と海氷厚を用いた実験のほうがより少なく、観測データに近い。

図4

図4 (a) ウェッデル海の海氷が少ない年で平均した海氷密接度の平年差(7月1日から予測)。黒線が海氷密接度、赤線が海氷厚、破線が気候モデルの海氷密接度を初期化して予測した実験、実線がモデルの海氷密接度と海氷厚を初期化して予測した実験を表す。丸印は統計的に有意な値を示す。7-10月において、2つの実験で海氷密接度に違いは見られないが、海氷厚に違いが見られる。11月―翌2月において、両者の違いは大きくなる。(b)モデルの海氷密接度と海氷厚を用いて予測した実験について、海氷厚の時間変化率の収支。黒線が合計(3成分)、赤線が東西の移流の効果、青線が南北の移流の効果、緑線が鉛直の効果を表す。7−8月は東西や南北の移流の効果が、10月は鉛直の効果が海氷厚の減少に寄与している。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ 副主任研究員 森岡 優志
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 広報課
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