プレスリリース

  1. TOP
  2. プレスリリース
  3. 津軽海峡における急激な環境の変化と生態系動態の解明~太平洋十年規模振動に応答する生態系~
2023年 5月19日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地方独立行政法人
青森県産業技術センター
国立大学法人北海道大学

津軽海峡における急激な環境の変化と生態系動態の解明
~太平洋十年規模振動に応答する生態系~

1. 発表のポイント

2010年~2018年の調査期間中の津軽海峡における海水温は、春季には将来予想されている地球温暖化の3~20倍の速度の昇温傾向が見られた一方で、夏季と秋季には昇温傾向よりも急速な降温傾向が見られた。
海水の二酸化炭素濃度の上昇速度は、大気の二酸化炭素濃度と比較して1.5~2倍の速度であり、海洋酸性化が急速に進行した。
大型の植物プランクトンである珪藻類は、海洋酸性化の影響下では小型の植物プランクトンとの優占群集をめぐる競争において不利と考えられていたが、調査期間中の珪藻類の細胞数密度は増加傾向を示した。さらに、珪藻類の増加によってプランクトン食性の水産養殖種(ホタテガイ)の生産性が向上していたことを発見した。
本研究は、海水の物理・化学成分からプランクトンを経て水産養殖種に至るまでの、複雑系である生態系が大規模な自然変動に影響を受けていたことの包括的な解明に成功した。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という)地球環境部門 地球表層システム研究センターの杉江恒二 研究員、むつ研究所 脇田昌英 副主任研究員らは、東北環境科学サービス株式会社、地方独立行政法人青森県産業技術センター、国立大学法人北海道大学大学院水産科学研究院および国立研究開発法人水産研究・教育機構と2010年から継続している共同モニタリング研究により、津軽海峡東部における、海水の成分および植物プランクトン(図1)の動態が太平洋十年規模振動(※1)に影響を受けており、さらに、その生態系の変化が水産養殖種の生産性にまで影響を与えていることを解明しました。太平洋十年規模振動のような時間・空間規模の大きな自然変動が地域の生態系全体に与えている影響を包括的に評価した本研究の成果は、複雑系である地球システムの理解を深化させる上で極めて重要です。

図1

図1. 本研究で頻繁に観察されたプランクトンの代表例。それぞれの画像右下のスケールバーは100㎛を示す。

【用語解説】

※1
太平洋十年規模振動:Pacific Decadal Oscillation (PDO)。北緯20度以北の太平洋における1901年から2000年までの期間に見られた海面水温の平均場からの偏差から求められる係数。10~20年程度の時間スケールで振幅する。

本成果は「Environmental Research」に5月19日付(日本時間)で掲載される予定です。なお、本研究はJSPS科研費(JP15H02835、 JP20H04349、 JP20K04072)の助成のもと行われました。

タイトル:
Protist dynamics in the eastern Tsugaru Strait, Japan from 2010 to 2018: Implications for the relationship between decadal climatology and aquaculture production
著者:
杉江恒二1、脇田昌英1、畳指祥子1、高田信2、遊佐貴志3、佐々木建一1、阿部泰人1、4、田中雄大5
所属:
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、2. 東北環境科学サービス株式会社、3. 地方独立行政法人青森県産業技術センター、4. 国立大学法人北海道大学、5. 国立研究開発法人水産研究・教育機構

3. 背景

環境を長期間モニタリングすることは、地域の環境の今を知るだけではなく、地球環境そのものが持っている自然変動(以降、自然変動とする)を知る上でも重要です。例えば、古くから比較的簡単にデータを取得できた気圧や気温などの気象の長期データにより、数年や約20年規模の周期を持つ様々な自然変動が発見されています。一方、試料を採取し、陸上の実験室で分析が必要な生物や化学の項目に関する長期データは、気象データセットと比較して非常に少ないため、生態系の自然変動には未解明な点が山積しています。このことは、現在観測されている様々な環境の変化が人為起源の環境変化(※2)なのか自然変動なのかを区別して議論する際の大きな障壁となっています。

JAMSTECむつ研究所では、津軽海峡における生物、化学、物理学的モニタリングを2010年から実施しています。このモニタリングでは、北海道大学水産学部附属練習船の「うしお丸」および「おしょろ丸」や水産研究・教育機構漁業調査船「若鷹丸」の協力を得て調査が行われています(図2)。2014年からはJAMSTECむつ研究所の防波堤突堤から毎週試料を採取しており、現在も継続して実施しています。我々のグループによる先行研究では、東部津軽海峡における急速なpHの低下を報告しています(Wakita et al., 2021)。本研究では、2010年から2018年にかけて得られた原生生物データ(主に植物プランクトン)や陸奥湾のホタテガイ養殖のデータを先行研究のデータや太平洋十年規模振動の指数とともに解析することで、生態系動態の包括的な解明を試みました。

図2

図2. 本研究の観測点(関根浜, HO-03, SE-03, OS-01:左図)と関根浜の時系列観測点の防波堤突堤(右図)。

【用語解説】

※2
環境変化:一般的に「気候変動」と表される。人為起源の環境変化は、昇温や㏗の低下など一方向の変化を示す。一方、自然起源の環境の変化の多くは、周期性を持った振動であるため、後者を自然変動として環境変化と使い分けた。

4. 成果

本研究では、先ず対象海域の環境とプランクトンの季節変化を調査し、各プランクトンのグループの動態に影響を与えている環境条件を特定しました。代表的なものは、晩冬から早春にかけて、低温・高栄養塩環境で優占するThalassiosira属の珪藻、晩春から夏季の高水温・低栄養塩環境に出現するRhizosoleniaceae科とChaetoceros属(Hyalochaete亜属)の珪藻、その後、夏季から秋季にかけてPseudo-nitzschia属の珪藻、複数の渦鞭毛藻類の出現がピークを迎えることを明らかにしました(図3)。

図3

図3. 津軽海峡東部における各種プランクトンの季節変動。上の図右下はプランクトンの季節変動にガウス分布をあてはめ、出現時期のピークを推定したもの。

観測期間中、春季(5月)の海水温は昇温していた一方で、夏季(8月)と秋季(11月)には降温傾向を示していました(図4上段)。この海水温の変化速度(−0.54~0.32℃/年)は、地球温暖化(0.015~<0.1℃/年、 あるいは100年で1.5~10℃以下)と大きく異なっていたことは特筆すべきことです。過去の我々の研究により、本研究の調査期間において日本海に流入する対馬暖流の流量が増加していること、それにより津軽暖流の流量が増加し、日本海から津軽海峡に流入する海水が変化していたことが明らかとなっています(Wakita et al., 2021)。本研究で観測された海水温の動態は、過去の報告に加えて、津軽暖流の変化傾向には季節性があることを解明しました。このことから、調査期間における津軽海峡の環境変化は、地球全体の平均的な温暖化傾向とは別の要因により駆動させられていたことを示唆します。また、過去の研究(Wakita et al., 2021)と同様に本研究でも大気の二酸化炭素濃度の増加速度と比較して津軽暖流の二酸化炭素の上昇速度が速く、海洋酸性化が加速していることを確認しました(図4、上から2段目)。降温と二酸化炭素の上昇が起こっている時は、塩分と栄養塩の上昇の傾向もみられました。これは、津軽暖流の流量の増加によって日本海から津軽海峡東部に至るまでの間に海水が鉛直的に良く混ざり、表層水に高塩分で栄養塩が豊富な下層の水が加わる割合が増加した結果と考えられます。

図4

図4. 2010年から2018年末にかけての(上段)水温, (中段上)二酸化炭素分圧, (中段下)Chaetoceros spp.の細胞数密度および(下段)Rhizosoleniaceaeの細胞数密度。直線は時系列の有意な増減を示した直線回帰の結果。

2010年から2018年にかけてのプランクトン動態は、珪藻類の細胞数密度に増加傾向がみられました(図4Chaetoceros spp.: 通年、 Rhizosoleniaceae: 5、8月およびThalassiosira spp.: 11月)。これらの珪藻類の増加は、栄養塩が豊富な春季の昇温による増殖の加速、および、夏から秋にかけての貧栄養な時期における栄養塩の供給が重要な要因であったと考えられます。一方、渦鞭毛藻類は変化をほとんど示さず、珪藻類より小型である円石藻類は8月、小型の鞭毛藻類は11月にのみ増加傾向を示しました。我々の過去の研究から、昇温や海洋酸性化が小型の藻類の増殖速度を加速させる可能性が指摘されていますが(Sugie et al., 2020)、本研究では、海洋酸性化による小型植物プランクトンの優占傾向は顕著に現れませんでした。増加傾向を示していた珪藻類のうち、Rhizosoleniaceaeは比較的大型の細胞の分類群であり、残りの2属は鎖状の群体を形成することで見かけのサイズが大きくなります(図1)。これらの大型植物プランクトンは貝類などのろ過摂食者に直接食べられるため、本研究で見られた珪藻類の増加傾向は、高次栄養段階の生産性の向上に寄与することが期待されます。

津軽海峡東部の生態系が急激な環境変化を示した要因を探る中で、太平洋十年規模振動と有意な関係性を持つことを発見しました。例えば、海水温はいずれの季節も太平洋十年規模振動の係数と有意な直線関係が見られました(図5左上)。このことは、地球環境に内在する総観的な気候場の自然変動が本研究の対象海域の海水温、ひいては生態系全体に強い影響を与えていたことを示唆します。さらに、太平洋十年周期変動と陸奥湾で養殖されたホタテガイの身入りの指標(ホタテ軟体部指数)との間にも正の相関がみられ、これは、太平洋十年周期変動と大型珪藻類との間に正の相関があること、およびホタテ軟体部指数と大型珪藻類との間に正の相関がみられることで説明が付きました(図5)。すなわち、太平洋十年規模変動が、海水の成分から植物プランクトンを経て水産養殖の生産性にまで影響を及ぼしていたことを示唆します。地球そのものが持つ大規模な自然変動に対して、生態系の構成員が受けている影響と構成員同士の関係性を定量的に把握した本研究は、地球システムの理解の深化に貢献するものです。ただし、本研究は、十年規模変動と生態系の関係性を解明するには調査期間がまだ短いため、さらなる長期的な研究が必要と考えられます。

図5

図5. (左上)十年規模振動(PDO)の指数と月平均水温, (右上)PDO指数とホタテ軟体部指数, (左下)PDO指数と大型珪藻Rhizosoleniaceae, (右下)ホタテ軟体部指数とRhizosoleniaceaeとの関係性。

5. 今後の展望

本研究は、多くの研究機関との共同研究により9年間という長期のデータセットを得ることが可能になりましたが、十年規模変動を考える上では、わずか0.5~1周期の変化パターンを見たにすぎないので、自然変動を理解するためにはより長期の生態系モニタリングが必要です。また、本研究での珪藻をはじめとしたプランクトン観察は、複数の種をまとめた属や科レベルでの解析です。自然変動に加えて人為起源の環境変化が生態系に影響を及ぼしていく中で、個々の種がどのように応答あるいは適応できずに死滅してゆくのかなどは、生物種を精査した上での長期に及ぶモニタリングに加え、海水温や㏗を変化させた培養実験などを組み合わせることで、津軽海峡における生態系への理解の深化と漁業養殖などの水産物の漁獲の将来予測の精度の向上が図れる見込みです。

近年では、津軽海峡の生態系モニタリングに加えて、海水の㏗を変えた条件でホタテガイの稚貝を培養し、海洋酸性化がホタテガイに及ぼす影響についても調査を開始しました。これらは、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)の目標14の「持続可能な開発のための海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」の中のターゲット14.2「海洋・沿岸の生態系を持続的な形で管理・保護や生態系の回復に向けた取り組み」、14.3「海洋酸性化の影響を最小限に抑え、その影響に対処する」および14.4「科学的根拠に基づく資源管理」などに顕著に貢献するものです。さらに、本研究の成果と地元の漁業者の経験的な知識とを融合させて研究者と漁業者に還元することで、国連が目標とする「Indigenous and local knowledge(s) and science(s) for sustainable development(持続可能な開発における原住民や地域の知識と科学)」(United Nations, 2016)に関しても世界的に先駆的な取り組みとなることが期待できます。


参考文献

Sugie, K., Fujiwara, A., Nishino, S., Kameyama, S., Harada, N. (2020) Impacts of temperature, CO2, and salinity on phytoplankton community composition in the western Arctic Ocean. Frontiers in Marine Science, 6, 821.
Doi:10.3389/fmars.2019.00821.

United Nations (2016) Indigenous and local knowledge(s) and science(s) for sustainable development.
(https://unesdoc.unesco.org/ark/48223/pf0000246104)

Wakita, M., Sasaki, K., Nagano, A., Abe, H., Tanaka, T., Nagano, K., Sugie, K., Kaneko, H., Kimoto, K., Okunishi, T., Takada, M., Yoshino, J., Watanabe, S. (2021) Rapid reduction of pH and CaCO3 saturation sate in the Tsugaru Strait by the intensified Tsugaru Warm Current during 2012–2019. Geophysical Research Letters, 48 e2020GL091332. Doi:10.1029/2020GL091332.

(本研究について)
海洋研究開発機構 地球環境部門 地球表層システム研究センター
研究員 杉江 恒二
海洋研究開発機構 地球環境部門 むつ研究所
副主任研究員 脇田 昌英
青森県産業技術センター 水産総合研究所 ほたて貝部
主任研究員 遊佐 貴志
(報道担当)
海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部 報道室
北海道大学 社会共創部広報課広報・渉外担当
お問い合わせフォーム