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    ―衛星観測に基づく原料物質の排出量変化から現実的な評価を可能に―
2023年 7月29日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学

ロックダウンによる人為起源エアロゾル減少が気候に与える影響を全球規模で解明
―衛星観測に基づく原料物質の排出量変化から現実的な評価を可能に―

1. 発表のポイント

COVID-19パンデミック初期に行われた世界的なロックダウンの期間中に、大気中で生成された人為的なエアロゾル(※1)量が、主な排出地域(東アジア・北米・欧州)で平均8〜21%減少したことを、衛星観測から精確に算出した原料物質の排出量の変化に基づき明らかにした。
この人為的なエアロゾル量の減少によって日傘効果(※2)が薄れるなどして、地球に入る正味の熱エネルギーが平時と比べ0.14 W/m2増加したことがわかった。
本研究は、人為起源エアロゾル減少による気候影響を初めて地球規模で評価したものであり、同期間のCO2排出量の減少による冷却効果(-0.025 W/m2)がエアロゾル量の減少による昇温効果によって打ち消されていたことを現実に即した形で明らかにした。
この結果は、CO2排出量の削減と同時に進行するエアロゾル量の削減が気候に与える影響の量的な関係を示しており、気候変動緩和策の最適化や気候変動予測に対して重要な示唆を与える。

【用語解説】

※1
エアロゾル:大気中を浮遊する固体または液体状の微小粒子。発電・産業・運輸などの社会経済活動により排出される二酸化硫黄・窒素酸化物などから大気中で生成される硫酸塩・硝酸塩などの「人為的なエアロゾル」のほかに、風による巻き上げで大気中へ放出される黄砂などの「自然起源のエアロゾル」があり、その発生源は多様である。
※2
日傘効果:硫酸塩・硝酸塩などのエアロゾルが、太陽光を散乱することにより地上に到達する正味の熱エネルギーを減少させ、地球を冷却する効果。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。) 地球環境部門 地球表層システム研究センターの関谷高志研究員、アメリカ航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL)の宮崎和幸研究員、名古屋大学 須藤健悟教授らの研究チームは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)パンデミック期の世界的なロックダウンに伴う排出量の減少により、大気中で作られる人為的なエアロゾル粒子量がどの程度変化し、地球の熱エネルギーバランスに影響を与えたかを明らかにしました。

これまでの観測データに基づく研究手法では、人為・自然起源を含むエアロゾル粒子全体の量の変化を評価しており、ロックダウンに伴う人間活動の変容の影響のみを取り出して詳細に評価することは困難でした。本研究チームでは、JAMSTEC及びNASAジェット推進研究所(JPL)で開発されてきた多種類の大気物質を同時に取り扱うことが可能なデータ同化(※3)解析システムとヨーロッパ宇宙機関(ESA)による衛星観測データから、人為的なエアロゾルの原料物質の排出量の変化を算出した上で、人為的なエアロゾル量の変化を推定することで、この課題を解決しました。さらに、人為的なエアロゾル量の減少が地球全体の熱エネルギーバランスに与える影響を評価したところ、エアロゾルの日傘効果を弱め、地球に入る正味の熱エネルギーを0.14 W/m2増加させることがわかりました。

本研究は、衛星観測から逆算した現実的な排出量変化に基づき、地球規模の人為的なエアロゾル量と気候への波及効果を評価した初めての例となります。エアロゾルの昇温効果は、この期間のCO2排出量のわずかな低下がもたらしうる冷却効果(-0.025 W/m2, Forster et al., 2020)を打ち消すほど大きいことを明らかにしました。気候緩和策によるCO2排出削減と同時に進行すると考えられるエアロゾル削減が、打ち消し合う関係にあることは以前から知られていましたが、本研究はその量的な関係を明らかにした研究として重要です。これらの知見は今後の気候変動対策についての貴重な情報となるほか、予測の改善にもつながることが期待できます。

なお、本研究は環境省環境研究総合推進費(2-2201)および日本学術振興会科研費(JP22K12353)の助成を受けたものです。

本成果は、「Science Advances」に7月29日付け(日本時間)で掲載される予定です。


タイトル:
The worldwide COVID-19 lockdown impacts on global secondary inorganic aerosols and radiative budget
著者:
関谷 高志1、 宮崎 和幸 2,1、 Henk Eskes3、 Kevin Bowman2,4、 須藤 健悟5,1、 金谷 有剛1、 滝川 雅之1
所属:
1. 国立研究開発法人 海洋研究開発機構 2. NASA ジェット推進研究所(米国) 3. オランダ王立気象研究所 4. University of California(米国) 5. 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
DOI:
10.1126/sciadv.adh2688

【用語解説】

※3
データ同化: 観測データと数値シミュレーションから、それぞれの誤差と物理化学法則を考慮し、最適な値を推定する統計的手法。数値シミュレーションの大気物質の濃度と排出量の関係を用いて、直接観測されていない排出量の最適化を行うことができる。

3. 背景

発電・産業・運輸などの平時の社会経済活動において、CO2やエアロゾル粒子の原料物質など様々な物質が大気へと排出されています。そのうちCO2は温室効果により温暖化を促進する「アクセル」のような役割を果たす一方で、エアロゾルは日傘効果などにより地球温暖化を抑制する「ブレーキ」のような効果があります。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミック期には、多くの国において感染拡大を抑制する目的でロックダウン等の措置がとられました。それに伴い、社会経済活動が急激に低下した結果、地球温暖化に対する「アクセル」と「ブレーキ」が同時に緩んだ状態になったと考えられます。それらの緩み具合の大小関係の評価は、人間活動が大気物質を通じて気候変動にどの程度の影響を与えているかを把握するために貴重な情報となります。そのため、世界各国の気候モデル相互比較計画(略称:CovidMIP)による再現シミュレーションが緊急的に実施され、CO2排出量の減少による冷却効果とエアロゾル量の減少による昇温効果が打ち消し合うことで、地球規模の気候変動に検出可能なほど大きな変化はもたらされないと報告されました。
(2021年5月7日既報:https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20210507/

しかしながら、評価の前提となる排出量や濃度の変化については、この時点では情報が限られており、詳細な評価が待たれていました。人為的なエアロゾルの評価を行うためには、対象とすべき硫酸塩・硝酸塩などの人為的なエアロゾルを、黄砂のような自然現象により発生するエアロゾルなどと区別して評価する必要があります。エアロゾルの衛星観測データに基づく評価もなされてきましたが、これらを区別することができないため、ロックダウンに伴う社会経済活動の変容がエアロゾルに与えた影響のみを取り出して詳細に評価することが困難でした。

本研究チームでは、従来とは異なるアプローチにより、ロックダウンの影響の定量的な評価を試みました。具体的には、JAMSTEC及びNASA JPLで開発されてきた多種類の大気物質を同時に取り扱うことが可能なデータ同化システムをESAの衛星観測データに応用し、人為的なエアロゾルの原料物質の排出量の変化を算出しました。その上で、ロックダウン時の人為的なエアロゾル量への影響度と気候への波及効果を評価することで、これまでの課題を解決し、現実的な排出量変化に基づく評価を可能としました。

4. 成果

本研究では、まず、ESAによる衛星観測とデータ同化システムを組み合わせた推定から、エアロゾルの原料となる窒素酸化物(NOx)および二酸化硫黄(SO2)の2019年(平時)と2020年の排出量推定を詳細に比較することで、ロックダウンの影響を定量的に評価しました。その結果、2020年4月に主要排出地域(東アジア、北米、ヨーロッパ)のNOxおよびSO2の排出量がそれぞれ19〜25%、14〜20%減少したと推定しました(図1)。また、NOx排出量はロックダウン実施後に急速に減少する一方、SO2排出量はロックダウン後に徐々に減少するといったような、異なる時間変化を示しました。これらNOxとSO2排出減少量の時間変化は、それぞれの主要な排出源である運輸部門と製鉄部門の活動度の独立した指標である、モビリティ・データ(※4)と粗鋼の生産量と良い相関を示しており、この排出量解析の確かさが認められました。

図1

図1 2020年1月〜6月のロックダウンによる窒素酸化物(左)と二酸化硫黄(右)の排出量の変化(単位はそれぞれGg N/月、Gg S/月)。ESAによる衛星観測とNASA JPL/JAMSTECで開発したデータ解析システムを組み合わせて推定した結果を示している。

その上で、研究チームでは、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いた化学気候モデル(※5)MIROC-CHASERによる計算から、ロックダウン中のNOxとSO2排出量の減少が地球規模のエアロゾル量にどの程度の変化をもたらしたかを見積もりました。その結果、特に中国東部、米国東部、ヨーロッパでは、短期的にエアロゾル(硫酸塩、硝酸塩)の量が8〜21%減少していることを明らかにしました(図2)。これはNASAの衛星観測から得られた2015〜2019年の5年間と2020年の間のエアロゾル光学的深さ(※6)の変化の34%以上に相当しており、NOx・SO2排出量減少がロックダウン期間のエアロゾル変化に大きな寄与をもたらしたことを示唆するものです(図3)。また、モデルシミュレーションの詳細な分析により、SO2排出量の減少が、NOx排出量の減少によるエアロゾルの減少を部分的に打ち消すなど、複雑な生成メカニズムについても同時に明らかになりました。

図2

図2 2020年4月のロックダウンによる対流圏大気中の硝酸塩エアロゾル(左)と硫酸塩エアロゾルの平均濃度の変化(単位は㎍m-3)。硝酸塩と硫酸塩はそれぞれ主に窒素酸化物と二酸化硫黄から大気中の化学反応で生成される。排出量減少の推定値と全球化学気候モデルを組み合わせて推定した結果を示している。

図1

図3 米国東部、欧州、中国東部地域における2020年4月と2015〜2019年4月平均の間のNASA衛星観測によるエアロゾル光学的深さ(※6)の変化(オレンジ色)と排出量推定値と全球化学気候モデルを組み合わせた二次エアロゾルのエアロゾル光学的深さの変化(青色)。これらの地域では、ロックダウンによりエアロゾルによる太陽光の散乱・吸収量が減少することに伴い、地表に到達するエネルギー量が増加、その変化には人為的エアロゾルのエアロゾル光学的深さへの寄与が大きいことを示している。

最終的に、これらの結果に基づいて、ロックダウン期のエアロゾル量の減少が、地球全体の熱エネルギーバランスにどのように影響するかを定量的に評価しました。その結果、エアロゾルによる日傘効果が薄れ、地球に入る正味の熱エネルギーは0.14 W/m2増加していると推定されました。COVID-19パンデミック期のロックダウンが、他の大気物質を通じて熱エネルギーバランスに与えた影響と比較すると、エアロゾルの昇温効果の方がCO2の冷却効果(-0.025 W/m2, Forster et al., 2020)、対流圏オゾンの冷却効果(-0.032 W/m2 , Miyazaki et al., 2021)よりも大きいことがわかり、「アクセル」と「ブレーキ」の緩んだ度合いについての定量的な評価が大きく進展しました。

【用語解説】

※4
モビリティ・データ:スマートフォンなどの位置情報の時間変化に基づく人の移動傾向の変化を示すデータ。
※5
化学気候モデル:大気•海洋•陸域における物理現象を取り扱う気候モデルに、大気中の化学反応プロセスを結合することで、大気中の物質ごとの量や分布再現・予測計算を行うプログラム。
※6
エアロゾル光学的深さ:エアロゾル粒子全体による太陽光の減少量。大気上端から地上までのエアロゾル量や光の散乱・吸収特性を反映している。

5. 今後の展望

COVID-19パンデミック期の社会経済活動の急激な変容は、我々の社会経済活動が大気物質を介して気候変動に与える影響を理解する上で貴重な情報となるため、これまで数多くの研究が行われてきました。本研究の成果は、COVID-19パンデミック期のロックダウンが人為的なエアロゾル量に与えた影響とその気候への波及効果を、現実的な排出量変化に基づき、地球規模で初めて評価した、といえるものです。気候緩和策によるCO2排出量の削減による冷却効果と、同時に進むエアロゾル量の削減による昇温効果は打ち消し合う関係にあることは知られていましたが、本研究は、その量的関係を精度良く明らかにすることができました。今回の結果は、エアロゾルによる打ち消しでCO2排出量の削減の効果が見えにくくなることを示しています。このことは逆説的に、今後の気候安定化のためには、エアロゾル量の削減が引き起こす昇温を打ち消すほどの、さらなるCO2排出削減努力が必要になることを示唆しています。このような知見は気候緩和策が各大気物質の変化を介して気候に与える影響を見積もる上で貴重な情報となります。例えば、将来の気候緩和策の最適化や、気候変動予測の改善にもつながることが期待されます。

我々の研究チームでは、衛星観測とデータ同化システムに基づき、対流圏オゾンやエアロゾル等の気候変動の原因となる大気物質の地球規模変動についての研究(2021年6月10日既報:https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20210610/)を行ってきました。今後は、CO2に次ぐ温室効果ガスであるメタンについても、排出量変化から気候影響までを一貫して評価可能にするためにデータ同化システムを強化し、社会経済活動と大気物質、その気候への波及効果を統合的に明らかにしていく計画です。


参考文献
Forster, P. M., et al. (2020). Current and future global climate impacts resulting from COVID-19. Nature Climate Change, 10(10), 913-919
Miyazaki, K., et al. (2021). Global tropospheric ozone responses to reduced NO x emissions linked to the COVID-19 worldwide lockdowns. Science Advances, 7(24), eabf7460.

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門 地球表層システム研究センター
研究員 関谷高志

東海国立大学機構 名古屋大学
大学院環境学研究科 地球環境科学専攻
教授 須藤健悟
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