近赤外光を用いたハイパースペクトル画像診断技術※1はプラスチックの素材判別に有効であり、海洋プラスチックの計測に有用な技術であるが、これまで、水分の影響で光反射特性が失われることによって、素材判別が困難となる課題があった。
今回、水分の存在する環境においても、「差分吸収分光法※2」の原理を利用した解析によりプラスチックの素材を識別することに成功した。世界のプラスチックごみの72%を占める9種の素材について、水に約10mmまで没した状態での素材判別を可能であることと示した。
本研究の成果は、水没している実環境の海洋プラスチックを検出できる可能性を示しており、ドローンや航空機、人工衛星を用いた直接観測に向けた基礎的な知見である。本研究の成果を元に、海洋プラスチック汚染の全貌を解明するための新たなアプローチの発展が期待される。
ハイパースペクトル画像診断技術:数十から数百以上の波長において対象物を撮影し、得られた2次元画像の各ピクセルにある多波長情報を用いて、対象物の材質や特性を評価する技術。
差分吸収分光法:物質の種類によって決まった波長の光が吸収される性質を利用して、複数の物質による光吸収が同時に起こっても、多波長での計測情報をもとに、物質ごとの吸収の寄与度や存在量を定量する技術。大気微量ガスの計測、陸域植生の性状の診断や海洋生態系の観測等には応用されているが、プラスチック計測には適用されてこなかった。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門地球表層システム研究センターの朱春茂研究員は、同センター長の金谷有剛上席研究員と共に、差分吸収分光法をハイパースペクトル画像診断技術に組み合わせることで、水中に浸ったプラスチックの検出手法を開発しました。この手法は、水の干渉を除去することにより、海洋プラスチックを直接検出するために必要な重要な要素技術の一つです。
プラスチックの大量消費が進む現代社会において、海洋プラスチックごみの悪影響が深刻化しています。海洋プラスチックごみの分布の現状を把握するために、効率的な検出手法が求められています。これまで我々はハイパースペクトル計測の有効性を示してきましたが、水分はハイパースペクトル画像診断に用いる近赤外光を吸収してしまうため、適用範囲は水分を除去した後のプラスチックサンプルに限られてきました。
本研究では、水面付近にあるプラスチックで、水分が付着したり、または多少水面下に没したりしている状態でも検出できるかどうか、その可能性を評価するために、プラスチック片を深さ2.5mmから15mmまでの水中に浸けて反射率スペクトルを計測する室内実験を行い、スペクトル解析において水の影響を除去する手法を開発し、その有効性を確かめました。さらに、世界のプラスチックごみの72%を占める9種のポリマー(Geyer et al., 2017)において検出に最適な波長範囲を見出しました。
本研究の結果により、これまでに困難だった水中プラスチックの直接検出に有効な新たなアプローチが示唆されました。海洋プラスチック汚染の現状を把握するための革新的な計測技術の確立において重要な一歩であり、海洋環境への影響評価に新たな展望が期待できます。
なお、本研究は、文部科学省委託事業「海洋資源利用促進技術開発プログラム」における海洋情報把握技術開発課題「ハイパースペクトルカメラによるマイクロプラスチック自動分析手法の開発」(課題番号:JPMXD0618067484)の支援を受け実施されました。
本成果は、「Scientific Reports」に10月6日付け(日本時間)で掲載されました。
Eliminating the interference of water for direct sensing of submerged plastics using hyperspectral near-infrared imager
プラスチック消費の増加と共に、人為的に廃棄されたプラスチックごみが海洋生態系に大量に流入しています。この状況が続けば2040年には、海洋に流入するプラスチックの量は2016年と比べて2.6倍にまで増加することが懸念されています(Lau et al., 2020)。マイクロプラスチックは水生生物によって摂取され、その血管系を通じて組織に残留し、食物連鎖を通じて人間に悪影響を及ぼす恐れがあります。また、大型のプラスチックについては、海洋哺乳類、魚類や鳥類による誤食や絡まりの被害も報告されています。しかしながら、海洋プラスチックの起源などについては十分に理解されていないのが現状です。まずは、海洋プラスチックの時空間的分布を理解することが必要であり、そのためには、迅速な検出技術を開発することが急務とされています。
プラスチック類はポリマーの種類によって、900–1700nmの近赤外波長範囲で固有の光反射特性を示すため、ハイパースペクトル画像診断が有望な計測手法の一つです。我々はこれまで、実験室においてハイパースペクトル計測システムを構築し、照明や計測条件を最適化することで、100μmまでの微小な粒子の素材を判別できることを実証してきました(2020年3月31日既報)。しかし、同じ波長帯の光を吸収する「水分」がわずかでも共存すると、プラスチックの光反射特性が失われるために、判別が困難となる課題がありました。水は10mmの厚さでも光を36分の1(上記の近赤外波長域の平均)にまで弱めてしまうからです。本研究ではこの課題に対し、「差分吸収分光法」をハイパースペクトル画像診断技術に組み合わせるアルゴリズムを開発することとしました。
本研究では、まず、環境中で最も多いポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、およびポリ塩化ビニル(PVC)の4種類のプラスチックが、深さ2.5–15mmの水に浸っている条件下で、900–1700nmの波長範囲においてハイパースペクトル画像を撮って反射率スペクトルを取得しました(図1)。プラスチックは乾燥状態では材質ごとに特徴的な反射率のパターンを示していましたが、水に浸った場合、水の吸収により反射率の特徴が弱まっていることがわかります。この影響は、1130–1150nmと1300–1700nmの波長範囲で顕著でした。特に、水面下のPPの反射率は、乾燥状態と比較して大きく干渉されました。PPの特徴的な反射スペクトルは1390–1410nmにありますが、これらの波長範囲において水の吸収が高いため、PPの反射スペクトルの特徴が埋もれやすくなります(図1(b)、黄色点線の四角)。また、水の深さが増すにつれて、プラスチックの特徴的なパターンは弱まってゆきます。特に、水深が10mmより大きい場合、ほとんどのポリマーの反射スペクトルは広い波長範囲において平坦化され、反射率も弱まりました。
次に、差分吸収分光法の原理を用いて、水中でのプラスチックの吸光度※3が、水とプラスチックの吸光度の和で構成されるものと考え、それらの寄与に分離することで、水の寄与も求めたうえでその干渉を除去するアルゴリズムを開発しました。具体的には、4種類のプラスチックに関して、水中での吸光度をそれぞれの乾燥状態での吸光度と水の吸光度の成分の和としてカーブフィッティング※4しました(図2は水深2.5mmの場合の例)。その際、対象以外のポリマー種類の寄与も敢えて同時に取り入れ、識別の結果にどれほど干渉してしまうかを検証しました。その結果、PE、PSおよびPVCについては、1100–1300nmの波長範囲で評価すると、測定された全体の吸光度が、それぞれの素材の吸光度と水の吸光度との和としてよくカーブフィッティングできることが確かめられました。その結果から、水の寄与を分離でき、素材を正しく判定することができました。一方、PPに関しては、PEと誤判定され(図2b、黄色)、正しく判定できませんでした。これは、上述したようにPPの特徴的な光反射のシグナルが弱まるためと考えられました。なお、PPについては波長範囲を970–1670nmに広げたところ、水の干渉の除去に成功することがわかりました。これは、970–1100nmの波長範囲においては水がPPへの干渉が少なく、吸光度のカーブフィッティングが可能であったためと考えられ、適切な波長範囲を選択することも重要であることがわかりました。
吸光度:物質による吸収によって光は指数関数的に減衰するため、その度合いを示すために対数をとったもの。本研究では、吸光度を反射率の常用対数を用いて表現している。
カーブフィッティング:実験データによく当てはまる曲線を求めること(ここでは多重回帰分析を適用)。
本研究では、環境中での存在量がより少ないと考えられる、ポリカーボネート(PC)、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)、フェノールホルムアルデヒド(PF)、ポリアセタール(POM)、およびポリメチルメタクリレート(PMMA)といった5種類のポリマーに関しても、同様の原理で水の干渉を除去するアルゴリズムを開発したのち、ポリマー、波長範囲や水の深さに関して、アルゴリズムの有効性を評価しました。
合計9種類のポリマーの評価の結果から、PE、PS、PVC、PC、POM、およびPMMAが水中に存在する場合、1100–1300nmの波長が水の干渉を除去するのに最適な範囲であることが示唆されました。一方、PP、ABS、およびPFに関しては、波長範囲を970–1670nmと広くとれば水の干渉を除去することができました。水深に関しては、10mm以下の場合、9種類のポリマーは容易に検出されることが示され、水面に浮かんでいるが水分が付着していたり、波や流れの影響でわずかに水面下に存在するようなプラスチックについては検出できる可能性が十分にあることを示しました。また、この結果は10mm以下の厚みのフローセル内でのプラスチック検出も可能となることを示しており、広い応用範囲が期待されます。
本研究は、プラスチックが水中に存在していても検出できる可能性を示しました。また、水の干渉を除去するために最適な波長範囲を明らかにしました。迅速な検出技術には、これらの波長範囲を利用するプラスチックの計測に特化した近赤外分光器の開発も必要となります。次のステップでは、今回確立した方法を応用して実際の野外環境中において水中のプラスチックの計測手法を開発していきます。将来的には、太陽光を光源とした、ドローンや航空機、人工衛星等、空中からの海洋プラスチックの検出技術を確立し、海洋プラスチックの時空間的分布の理解に貢献することが期待されます。
Geyer, R., Jambeck, J. R. & Law, K. L. Production, use, and fate of all plastics ever made. Sci Adv 3, e1700782 (2017).
Lau, W. W. et al. Evaluating scenarios toward zero plastic pollution. Science 369, 1455–1461 (2020).