海岸漂着ごみのモニタリング手法は国・地域レベルで統一化されておらず、地域間の比較を行うことが困難であった。
スマートフォンやドローンを用いて撮影した海岸の写真から漂着ごみの量や種類を自動推定する画像解析AIをWeb上に実装し、サービスとして公開した。
誰もが容易に利用可能なサービスとして、海洋ごみモニタリングの国際基準を定めたガイドラインにも掲載される。
国内外で協調した海洋ごみモニタリングと汚染状況の「見える化」を推進し、環境保全や政策立案への貢献を目指す。
図1 海岸漂着ごみ定量化画像解析AIのWebサービス化を通じた汚染情報提示とデータ収集
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門地球情報科学技術センターデータサイエンス研究グループの杉山大祐准研究主幹、松岡大祐上席研究員、鹿児島大学大学院理工学研究科の加古真一郎教授らは、海岸漂着ごみの定量化を行う画像解析AIを実装したシステムを開発し、Webサービスとして公開しました。このサービスは、スマートフォンやドローン等を用いて海岸で撮影された写真を解析し、ごみの量や種類を自動的に認識・数値化することが可能です。誰でも簡単な操作でごみ問題の現状を「見える化」できるため、国や自治体における現状把握や環境政策の立案、企業における環境保全、市民の環境意識向上に貢献することが期待されています。
本成果は、国際的に協調した海岸漂着ごみモニタリングを推進する上でも活用が期待される技術です。従来、海岸漂着ごみのモニタリングは主に人手によって行われてきましたが、近年ではドローンやWebカメラのようなリモートセンシングを用いた観測と画像解析AIによる定量情報化が注目されています。一方でそのような観測手法や定量化手法には統一的な基準が存在しておらず、地域間で漂着ごみ量を比較することが困難でした。このような背景のもとで日本の環境省が中心となって定めた国際ガイドラインの中でも、推奨ツールとして本システムが紹介されています。
なお、本研究はJSPS科学研究費補助金(23K28217)、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20231004)の支援を受けて行われました。
近年、人々の生活において発生した「ごみ」の一部が海洋に流出し、海洋環境や海洋生態系に大きな悪影響を与えていることが知られています。特に海岸に漂着したごみは、港湾の保全や景観の維持においても問題となっており、汚染状況の実態把握に基づく効率的な清掃が求められてきました。一方で従来の目視による海岸漂着ごみの調査は人的および経済的な負担が大きく、広範囲での解析を網羅的に行うことが困難でした。この問題を解決するため、デジタルカメラやドローン等を用いて撮影された大量のデータ(写真)に対して、画像解析AIを活用して自動的かつ客観的にごみの種類や分布を定量化可能な技術の開発に取り組んできました(2022年4月3既報)。
海岸漂着ごみによる汚染状況の実態把握を推進するため、画像解析AIを実装したシステムを開発し、Webサービス「BeachLISA」として公開しました(図2および3)。本サービスの概要を以下に説明します。利用者はまず、スマートフォンやドローン等を用いて海岸の写真を撮影します。その後、専用のウェブサイトを通じて写真をアップロードすると画像の解析が実行され、漂着ごみの検出が行われます。今回実装した画像解析AIでは、瓶や缶、プラスチック製品等の人工ごみと、打ち上げられた流木や海藻等の自然ごみを認識可能であり、ドローンを用いた空撮画像に対してはそれぞれの被覆面積や被覆率(地上から撮影した写真に対してはピクセル数)を推定することができます。マウスを用いたドラッグ&ドロップのみで操作でき、専門的な知識や専用の計算機をもたずとも、誰もが簡単に利用することができます。このような操作のシンプルさは、市民参加型のデータ収集において重要な要素であり、汚染状況の実態把握が一層進むことが期待できます。
BeachLISA: https://beach-ai.jamstec.go.jp/
図2 デジタルカメラを用いて地上で撮影された写真に対する解析結果の一例
図3 ドローンで撮影された空撮写真に対する解析結果の一例
本システムを活用することで、漂着ごみ問題の解決に向けたさまざまな取り組みが考えられます。まず、行政機関やNPO、または一般市民らが撮影した写真をシステムに投稿することで、環境保全活動に誰もが気軽に参加できる仕組みを提供し、地域や個人が主体的にごみ問題に取り組める環境を整えます。また、解析データを研究者や行政機関における政策立案者に提供することで、科学的根拠に基づいた環境政策の策定や効果的なごみ削減対策を支援します。
さらに、今回開発したシステムを国内外へ展開し、異なる地域や国での漂着ごみ問題にも対応できるよう、柔軟性とスケーラビリティを持たせた機能拡張を進めていきます。特に東南アジアの途上国では技術的または経済的な制約からごみ問題の実態把握において課題を抱えてきました。先端技術を誰もが容易に利用可能な形で実装することで、利用者が拡大する他、教育的な効果も期待できます。最終的には、より多くの人々が環境問題を「見える化」し、具体的かつ主体的な行動を起こすことで、持続可能な社会の実現に貢献することを目指します。このような取り組みの一貫として、スマホアプリを用いた市民参加型の街中プラスチックごみ定量化プロジェクトも実施中です(2024年7月10日既報)。
海岸漂着ごみによる汚染状況を効率的に把握するための手法として、従来の人間の目視に頼った調査に加えて、ドローンやWebカメラを用いて遠隔地からモニタリングを行うリモートセンシングが注目を集めています。また、一般にリモートセンシングによる観測は多量のデータが取得されるため、画像解析AIによる定量情報化が効果的です。一方で地域間での汚染状況の比較や時間変化を明らかにするためには、統一的なモニタリング手法と解析手法が不可欠であり、国際標準化が求められてきました。国際的な機運の高まりのもと、日本の環境省主導で世界9ヶ国の専門家ら16名から構成される国際専門家会合が組織され、2022年以降、標準化に向けた議論と実証を重ねてきました。2024年7月には、機構の研究者3名が執筆に参加した「リモートセンシング技術を用いた海洋ごみモニタリングの手法調和ガイドライン(第1版)」の日本語版および英語版が公開されました。本ガイドライン中では、海岸漂着ごみの画像解析AIの推奨ツールとして、本Webサービスについて紹介されています(第2版においてURLを記載予定)。
リモートセンシング技術を用いた海洋ごみモニタリングの手法調和ガイドライン(第1版)
日本語版:https://www.env.go.jp/content/000240207.pdf
英語版:https://www.env.go.jp/content/000240208.pdf
現在、人工漂着ごみと自然漂着ごみの被覆面積だけでなく、プラスチックごみの種類毎の計数に特化した画像解析AIの開発と国際標準化に向けた実証に取り組んでいます。今後新たに開発される画像解析AIが標準ツールとしてWebサービス化されることで、海岸漂着ごみの実態把握が全世界で加速されることが期待されます。
本研究のお問い合わせ先
報道担当