新種
専門の分類学者による精査の結果、学名がまだついていない未記載種であると判明した種。
新種の可能性が高い種
専門の分類学者による精査の結果、未記載種である可能性が高いものの、確定まで至っていない種。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)はNippon Foundation-Nekton Ocean Census(英国、ディレクター Oliver Steeds、以下Ocean Census)と共同で、2025年6月4日から6月23日にかけて、深海潜水調査船支援母船「よこすか」および有人潜水調査船「しんかい6500」を用い、海洋生物多様性のベースラインデータを構築することを目的とした深海調査を実施しました。巨大地震が発生する可能性が高まっていると考えられている南海トラフと、未踏の海山が残されている伊豆-小笠原諸島海域の七曜海山列の海底に生息する生物の調査が行われ、528ロットを超える生物標本が採集されました。2025年9月29日から10月10日にかけて、国内外の研究者が参加するワークショップを開催し、これらの標本の分類・同定作業を行ったところ、新種38種と新種の可能性が高い28種を確認することができました。これらの情報は学術論文として取りまとめられるだけでなく、「Ocean Census生物多様性プラットフォーム」を通じて公開され、広く一般に共有される予定です。これらの成果は、日本の深海には多くの生物が未発見のまま残されていることを明らかにしただけでなく、今後の海洋保全に向けた重要な科学的基盤を提供するものとなることが期待されます。
なお、本成果は2026年3月10日に、東京大学弥生キャンパスにて開催される「海と地球のシンポジウム」にて発表予定されます。
南海トラフおよび小笠原諸島深海域における生物多様性調査 Ocean Census “Shinkai”航海
図1 新種のゴカイが共生するガラス海綿をマニピュレータで採取するようす
世界の海洋は地球の表面積の70%以上を占めますが、生物学的には未解明な部分が多く残されています。現在記載されている海洋生物種は約24万種に過ぎませんが、実際には数百万種が存在すると推定されています。この大きな知識のギャップを埋め、海洋生物の発見を加速させるために、2023年に日本財団とNekton財団による「Ocean Census」プロジェクトが始動しました。
海洋国家である日本は、高い海洋探査技術を持っていますが、その深海にはいまだ多くの謎が残されています。例えば、南海トラフ海域では、これまで南海トラフ地震を念頭においた地質学的な調査は多数実施されてきましたが、深海の生物多様性に重点を置いた調査はほとんど行われていませんでした。このように調査自体が不足しているため、正確な生物多様性が把握できていないという課題があります。また、日本の排他的経済水域には膨大な深海域が含まれており、伊豆・小笠原諸島海域にある海山のように地理的に隔離され、多数の固有種が存在することが期待されるものの、ほとんど調査がされていない深海底も存在します。一方で、海底資源開発など人類の活動が深海底にも及ぶようになっており、深海の生物であっても人的活動に影響を受ける可能性が指摘されており、そのため絶滅危惧種に指定される深海生物も増えてきています(2019年7月23日既報)。そこでJAMSTECはOcean Censusと共同で、生物についての知見が限られている「南海トラフ」と、これまで深海の調査が全く実施されてこなかった「七曜海山列」の一部の海山において、生物多様性の調査を実施しました(2025年6月3日既報)。
JAMSTECとOcean Censusの共同航海によって、南海トラフと七曜海山列から、528ロットを超える深海生物の標本を採集することができました。
南海トラフは駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を指し、海底にはメタンを多く含む流体が自然に湧き出す冷湧水域が多数存在します。太陽光に依存する光合成とは異なり、冷湧水域の生態系は、微生物が化学反応から得たエネルギーを利用して有機物を生産する化学合成に支えられています。こうした環境には、他では見られない特異な生物群集が成立しますが、その生物多様性は長らく十分に記録されておらず、14種しか報告されていませんでした。今回の調査では、水深600mから4600mに分布する5つのメタン湧水域に軟体動物(巻貝、二枚貝など)33種、環形動物(ゴカイなど)23種、 節足動物(カニ、エビ、ヨコエビ類など)11種、ヒモムシ 5種、棘皮動物(ヒトデ、クモヒトデ、ナマコなど)4種、 刺胞動物(ヒドロ虫、スナギンチャク類など)3種、 コケムシ1種を含む計80種の生物が分布することを確認することができました(Chen et al. 2025; https://doi.org/10.1002/ecs2.70451)。各地点でも、過去の記録では1~6種にとどまっていたところ、新たな調査では1地点あたり15~30種が確認されました。分布域の拡大記録、日本国内での新記録、これまで知られていなかった種間関係の発見も含まれ、南海トラフが日本近海の中でも極めて豊かで、なお未解明な生物多様性ホットスポットであることが示されました。
七曜海山列は、東京都の南東沖約500~700kmに位置する火山性の海山群です。七曜海山列の中でもこれまで未踏であった日曜海山、月曜海山、火曜海山、金曜海山の調査を行い、高密度の海綿群集をはじめとする鮮やかな生態系が存在することを確認しました(図1)。また、ガラス海綿に共生する二種のゴカイの仲間をはじめ多数の新種を観察・採取するとともに、その生態を明らかにすることができました(Jimi et al. ; https://doi.org/ 10.1093/zoolinnean/zlag028)。さらに、コシオリエビ類の新種5種、八放サンゴ、ヒモムシ類、ヨコエビ類、動吻動物、貝類などの新たな観察記録、または日本近海からの新記録を含む様々な新発見がありました。これらの成果は、七曜海山列などの海山生態系が日本の海洋生物を知る上で特に重要なホットスポットであることを示しており、未だ知られざる豊かな多様性が潜んでいることを示しています(図2)。
図2 本航海で南海トラフの冷湧水域から得られた生物サンプルの一部。環形動物、紐形動物、節足動物(甲殻類)、刺胞動物、棘皮動物など多様な生物を含む。
今回の航海では、「しんかい6500」のような有人潜水プラットフォームを用いて生物学者が現場で注意深く観察・サンプリングすることで、限られた調査の機会でも生態系を構成する種の多くを観察・サンプルリターンできることが示されました。また、異なる分類群を専門とする複数の生物学者が同じ現場で多様な手法を用いて観察・採集を行うことで、多様な生物を発見できることも示されました。
しかしながら調査航海に参加できる人数は限られており、全ての分類学者が深海調査に参加できる訳ではありません。JAMSTECとOcean Censusの共同航海によって採集された多数の生物標本を精査するため、国内外の専門家がJAMSTECに集まり、2025年9月から10月にかけてワークショップを開催しました。ワークショップでは、JAMSTECの研究設備を用いてこれらの生物標本を観察するとともに、集めた情報を持ち寄って多くの議論がなされました。その結果、新種38種と新種の可能性が高い28種の動物を確認することができました。現在、それぞれの研究者がこれらの成果を学術論文としてとりまとめており、新種として記載・報告される予定です。これと並行して、「Ocean Census生物多様性プラットフォーム; https://dataplatform.oceancensus.org/en」を通じて公開され、広く一般に共有される予定です。
今回、JAMSTECとOcean Censusが実施した共同航海とワークショップでは、南海トラフの一部と七曜海山列という限られた深海底の調査しか実施できていませんが、日本近海の深海において、未発見の種および高い生物多様性を有する未知なる生態系が、なお膨大に残されていることを示しています。今後、メタンハイドレートなどの海底資源開発や洋上風力発電など、多様な人類活動が深海を含む多様な海洋環境に生息する生物に影響を与えることが予想されます。今回の成果は、影響を受ける前の海洋の生物多様性の正確な把握に繋がり、今後の海洋保全に向けた重要な科学的基盤を提供するものとなることが期待されます。
Chen C, Watanabe HK, Hookabe N, Shiraki S, Nye V, Fleming JF, Jimi N (2025). Biological surveys reveal unexpectedly high faunal diversity at Nankai Trough methane seeps. Ecosphere, 16(11): e70451. doi:10.1002/ecs2.70451
Jimi N, Downey R, Arias Mella MB, Hookabe N. Single origin and convergent host use of hexactinellid sponge symbiosis in Hesionidae (Annelida: Polychaeta) with descriptions of two new deep-sea species. Zoological Journal of Linnean Society, in press. doi:10.1093/zoolinnean/zlag028.
お問い合わせ先
(本研究について)
超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室(Ocean Censusについて)
Ocean Census Communications Manager, Jack Hogan(日本財団について)
日本財団 事業担当 溝垣・中廣