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気候変動適応策の立案を支援する地域気候特化型AIを開発 ~将来の気候予測データと地域の知見を統合し、自治体の意思決定を強力にサポートする大規模言語モデル(LLM)~

2026.07.02
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人高知大学
株式会社Ridge-i

1. 発表のポイント

  • 気候変動適応策※1 の立案を支援するため、地域の適応計画やアンサンブル気候予測データ※2 を活用可能な、地域気候に特化した大規模言語モデル※3 を世界で初めて開発した。
  • 埼玉県熊谷市を対象としたケーススタディでは、将来の気温上昇予測に基づき、猛暑対策(グリーンカーテンや休息所の増設数など)を計算過程とともに定量的に提案できることを実証。
  • 専門人材やリソースに制約のある地方の自治体や中小企業において、データに基づいた科学的な気候変動対策の立案を強力に後押しするツールとして期待。
用語解説
※1

気候変動適応策
すでに現れている、または将来の避けられない気候変動の影響に対して、人や社会、生態系などへの被害を軽減できるよう対応するための取り組み。

※2

アンサンブル気候予測データ
計算条件をわずかに変えた多数の気候予測シミュレーションを同時に実施することで、特定の気候条件における、特に極端な異常気象について確率的に評価することが可能なデータ。
参考:https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/explore-20241223/

※3

大規模言語モデル(Large Language Model: LLM)
インターネット等の膨大な文章などを学習し、人間のように自然な文章を理解・生成できる自然言語処理向けAIの一種。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 河村 知彦)情報地球科学研究部門データサイエンス研究プログラム長の松岡 大祐上席研究員は、高知大学農林海洋科学部の原 政之准教授、株式会社Ridge-iの杉山 一成執行役員らと共同で、気候変動適応策の立案を支援する地域気候特化型のLLMを開発しました。

気候変動に対して効果的に適応するには、科学的に信頼性が高く、かつ非専門家でも利用しやすい気候情報が不可欠です。本研究では、気候科学の専門知識を有し、さらに将来のアンサンブル気候予測データから数値を直接検索・抽出できるLLMを開発しました。本手法は、独自に構築した気候学に特化したベンチマーク※4 において優れた能力を発揮し、埼玉県熊谷市を対象とした概念実証(Proof of Concept: PoC)では、将来の気温上昇の確率的な予測値を用いて熱中症対策を具体化し、実行可能な計画を提案することに成功しました。高度な専門知識をもたない実務者でも、自然言語を通じて高度な気候リスク評価と対策立案を実施可能な次世代の気候サービスに向けた先駆的な成果です。

本成果は、アメリカ地球物理学連合の論文誌「Journal of Geophysical Research: Machine Learning and Computation」に7月1日付け(米国時間)で掲載されました。なお、本研究はNEDO GENIAC (24036962)、環境研究総合推進費(JPMEERF25S12433)、文部科学省「地球環境データ統合・解析プラットフォーム事業」 (JPMXD0721453504)および「気候変動予測先端研究プログラム」(JPMXD0722680734)、JSPS科研費(JP22H01316)による研究助成を受けて実施されました。

論文情報
タイトル

An LLM Framework for Regional Climate Services: Integrating Climate Knowledge and Ensemble Projections

著者
松岡 大祐1*、 川原 慎太郎1、 村上 幸史郎1**、 松本 凌1、 伊東 瑠衣1、 杉本 志織1、 杉山 大祐1、 原 政之2、 林田 将明3**、 Nguyen Trung Kien3**、 Aurélie Peng3、 阿部 大志3、 杉山 一成3
*責任著者、**研究当時
所属
  1. 海洋研究開発機構
  2. 高知大学
  3. 株式会社Ridge-i
用語解説
※4

ベンチマーク
AIモデルの性能を客観的に評価するために使用される共通テスト。モデルの知識量や推論能力などを定量的にスコア化し、目的に合わせて最適なモデルを選択するための指針として使用される。

3. 背景

地球温暖化の進行に伴い、猛暑や豪雨、干ばつ、海面上昇などの極端な気象災害の頻度と強度が増しています。これらの課題に対処するためには、将来の気候リスクを科学的に評価し、各地域の実情に応じた「適応策」を迅速に立案・実行することが不可欠です。気候変動適応の最前線に立つ地方自治体は、地域に根ざしたアクションプランを策定する中心的な役割を担っています。 しかし、効果的な適応計画の策定には、気候学のみならず地域産業や公共政策、経済といった多岐にわたる学際的な専門知識と、高度なデータ分析能力が必要となります。専門人材や財源に制約のある特に地方の自治体にとって、このハードルは極めて高く、結果として地域間での適応能力の格差が拡大することが懸念されています。

近年、急速に進化しているLLMは、自然言語を通じて専門知識にアクセスする手段として期待されています。しかし、汎用的なLLMは主にウェブ上の一般的な文章で学習されているため、気候科学に関する正確な専門知識が不足しており、もっともらしいが不正確な情報(ハルシネーション)を生成するリスクが指摘されています。また、リスク評価に不可欠な「将来気候予測データ」のような定量的な数値データをLLMが直接読み込んで解析・活用することは、技術的な制約から困難でした。

4. 成果

海洋研究開発機構、高知大学、株式会社Ridge-iの共同研究チームは、気候科学の専門知識と定量的な将来予測データを統合して活用できる地域気候特化型LLMを開発しました。本研究では、東京科学大学が開発した日本語に強いオープンソースLLM「Llama 3.3 Swallow 70B Instruct v0.4」をベースモデルとして採用しました。このモデルに対し、国立環境研究所が運営する気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)に登録された気候変動適応に関する338編の学術論文や、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価報告書などを用いて、気候学に特化したファインチューニング※5 を行いました。 さらに、外部知識を活用する検索拡張生成(Retrieval Augmented Generation: RAG)技術を高度化し、地域の適応計画ガイドラインなどの文章データに加えて、「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)」の定量的な数値データを、利用者の質問に基づいて自動的に検索・抽出できるシステムを構築しました(図1)。

開発したモデルの性能を気候学特化型のベンチマークで評価した結果、ベースモデルと比較して日本語・英語ともに大幅な性能向上を確認し、特に「影響・適応・脆弱性」や「緩和策」といった専門性の高い分野において非常に優れた能力を示しました(図2)。また、PoCのためのケーススタディとして極端な高温が課題となっている埼玉県熊谷市を対象に、猛暑対策を立案するケーススタディを実施しました。本システムは、将来気候予測データ(RCP8.5シナリオ)から温度上昇の数値を抽出し、熊谷市のガイドラインから「熱中症患者の増加数に応じたグリーンカーテンや休息所の設置基準」といったルールを動的に検索しました。そして、透明性をもって計算過程を明示しながら、確率的なアンサンブル予測データから示される平均的、楽観的、悲観的といったケースごとの熱中症患者の増加数と、それに伴うインフラの増設要件をそれぞれ定量的に提案することに成功しました。さらに、システム上で「科学者」「コンサルタント」「自治体職員」という異なる専門家の役割をLLMにシミュレートさせ、効果やコスト、実現可能性のバランスを考慮しながら実行可能な計画へと議論を統合する能力も実証しました。

図1

図1 地域気候特化型LLMを用いたシステムにおける処理の流れ
利用者はチャットボット型アプリケーションに対して自然言語で指示や質問を入力し、必要に応じて定量的な気候予測データや過去の地域適応策が格納されたデータベースから、将来の予測値や現在の適応策などの関連する文脈情報を意味検索・抽出する。システムは、抽出された情報と質問を組み合わせてLLMに指示(プロンプト)を送り、専門知識と予測データに基づいて生成した回答を利用者へ提示する。

図2

図2 気候変動分野におけるAIモデルの精度比較
気候学に関する専門知識のテストにおいて、本研究で開発したモデルが、ほぼ全ての分野においてSwallow 70BやGPT-4oなどの汎用LLMの正答率を上回る高い性能を示した。

用語解説
※5

ファインチューニング
学習済みのAIモデルに対し、特定分野の専門知識やタスクに特化させるためのデータを追加学習させる技術。

5. 今後の展望

本研究は、高度な専門知識や豊富なリソースを持たない地方自治体や中小企業の実務者であっても、AIの支援によってデータに基づいた科学的な気候リスク評価と適応策の立案が可能となる技術的基盤を示しました。ここで重要なのは、AIは人間の意思決定プロセスを完全に代替するものではなく、膨大なデータから多様な対策シナリオを迅速に提示し、人間の熟考や合意形成を強力に後押しする予備的な支援ツールとして機能する点です。 本フレームワークは、日本国内にとどまらずグローバルな応用が可能です。高コストな追加学習をやり直すことなく、検索拡張生成(RAG)の参照データベースを対象地域の気候データや社会・経済情報に置き換えることで、気候変動に対して脆弱な開発途上国を含む様々な地域へカスタマイズされた地域気候サービスの提供へと発展することができます。次のステップとして、国内における気候変動適応を推進する国立環境研究所や各地方自治体らとも協力し、誰もが専門家レベルの分析と対策立案を実施できるサービス化に向けて取り組みます。このような科学的データとAIによる次世代の地域気候サービスの普及によって、気候変動による経済的損失の軽減と、安全でレジリエンスの高い社会の実現に貢献することが期待されます。

お問い合わせ先

(本研究について)

国立研究開発法人海洋研究開発機構
情報地球科学研究部門 データサイエンス研究プログラム
プログラム長/上席研究員 松岡大祐

国立大学法人高知大学 農林海洋科学部
准教授 原政之

株式会社Ridge-i
執行役員 カスタムAIソリューション事業部 生成AI事業推進 マネージングディレクター
杉山 一成

(報道担当)

国立研究開発法人海洋研究開発機構
企画部門 事業推進部 報道室

国立大学法人高知大学
広報・校友課 広報係

株式会社Ridge-i
広報担当 星名、小口