2024年夏の世界平均気温は、観測史上最高を記録しました。これは、2年連続の記録更新です。地球温暖化の進行によって、今後も平均気温の記録は断続的に更新されていくと予想されています。近年の日本の猛暑は、地球温暖化が引き起こしたものなのでしょうか。
JAMSTEC付加価値情報創生部門地球情報科学技術センターの伊東瑠衣(いとう・るい)特任研究員は、地球温暖化が日本の各地域にどのような影響をおよぼすかを研究しています。伊東特任研究員が使うのは「イベントアトリビューション」という手法です。温暖化が起きている地球と温暖化が起きていない地球という、2つの仮想地球を使って温暖化の影響を調べます。2つの仮想地球は地球温暖化と現在の日本の気候の関係について、何を教えてくれるのでしょうか。伊東特任研究員に話を聞きました。(取材・文:福田伊佐央)

温暖化がなければ、起こらなかった猛暑
──2024年の日本の夏は、観測史上、もっとも暑い夏になりました。今、地球に何が起きているのでしょうか?
その年の日本の夏が暑くなるかどうかは、地球規模で起きる大気と海洋の相互作用の影響を強くうけます。
具体的には、東太平洋の赤道付近の海面水温が高くなる「エルニーニョ現象」や、同じ海域の海面水温が逆に低くなる「ラニーニャ現象」などです。地球の気候システムには揺らぎがあるので、年によってエルニーニョ現象やラニーニャ現象が起きたり起きなかったりします。その影響を受けて、日本の夏も、いつもより暑くなったり涼しくなったりするのです。
そんな自然の揺らぎを“底上げ”しているものがあります。それが地球温暖化です。
自然の揺らぎの中で例年より「暑い夏」になるはずだったものが、気温を上げる方向にはたらく様々な現象が地球温暖化によって底上げされて、「猛烈に暑い夏」になってしまうというわけです。
2022年には、6月下旬から7月にかけて日本各地で記録的な猛暑が観測されました。このときの猛暑に地球温暖化がどれくらい影響しているかを調べてみました。
すると、もし温暖化が起きていなければ、ここまで気温が高くなる確率はほぼないことがわかりました。2022年はラニーニャ現象が起きていて、そもそも暑い夏になりやすい年だったのですが、それが温暖化によって底上げされて異常な高温になっていたんです(図1)。

──2024年の猛暑も、同じように地球温暖化によって底上げされた結果なのでしょうか?
暫定的なデータを使った実験では、やはり地球温暖化がなければ2024年もここまで暑くならなかったと推定されています(※2)。ただし、まだ速報的な結果なので、正式な分析結果を待ってもらえればと思います。
エルニーニョ、ラニーニャについて詳しく知りたい方はこちら
「今夏の異常な暑さの原因は? 偏西風の蛇行、そして8年ぶりの現象とは」
100個の仮想地球でシミュレーションをくりかえす
──日本の猛暑に地球温暖化の影響がどれくらいあったかは、どうやって調べるのですか?
「イベントアトリビューション」という手法を使います。様々な大気や海に関する出来事(イベント)に対して、人間活動に伴って進行する地球温暖化がどれくらい寄与(アトリビューション)しているかを、「温暖化する地球」と「温暖化しない地球」を比較して調べる手法です。
人間活動による温暖化が起きる地球と起きない地球を、それぞれ気候モデルでつくります。そして、産業革命によって二酸化炭素などの温室効果ガスがふえて、温暖化が始まったとされる19世紀から現在までの気温の変化を、それぞれの地球でシミュレーションします。
シミュレーションは、それぞれの地球で100回ずつ行います。
──温暖化する地球と温暖化しない地球で、それぞれ100個の“パラレルワールド”をつくるんですね。
そういうことです。海面水温や温室効果ガスの濃度などの初期条件を、自然の揺らぎの範囲内でわずかに変えると、シミュレーションの結果として得られる現在の気温は、各パラレルワールドで少しずつちがってきます。
当然ながら、温暖化する地球のほうが、温暖化しない地球に比べて全体的に気温が高くなります。

現実の世界は、温暖化が起きた地球が1つしかありません。しかし、こうしてたくさんのパラレルワールドをつくって比較することで、現在の地球で起きている現象に温暖化がどれくらい影響しているのかを確率的に見積もることができるようになります。
たとえば2022年の日本の猛暑が温暖化しなかった地球ではほぼ起こりえないことなどが、わかるようになるんです。
地形の影響まで調べるには細かいメッシュが必要
──2022年の猛暑に対する温暖化の影響を見てみると(図1)、日本海側や関東地方で影響が大きいことがわかります。各地域への影響がこんなに細かくわかるものなんですね。
気候モデルでは、大気や海を細かいメッシュ(格子)に区切って計算します。私たちは5キロメートルの細かさに区切ったモデルで、日本周辺の気候を調べています。
ある格子の中に山や川、畑、街が含まれていたとしても、その中で最も大きな面積を占めるのが山であれば、その格子全体が「山」として扱われます。
そのため、一つ一つの格子が小さくなるほど、現実の地形などを細かく再現できるようになります。地形が細かく再現できると、地上付近の気温や風、雨量などの再現性もよくなります。
逆に60キロメートルや20キロメートルの大きなメッシュだと地形が大雑把すぎて、地域ごとの細かい気候の変化までは見ることができません。

たとえば、猛暑で知られる埼玉県熊谷市や岐阜県多治見市の気温の上昇には、山を越えて乾燥した高温の風が吹きこむ「フェーン現象」が大きく関係しています。これは山の地形がきちんと再現できていない大雑把なモデルでは表現できません。
5キロメートルのメッシュになると、フェーン現象や局地的な集中豪雨などの現象も再現できるようになります。地域ごとの影響を細かく見るには、細かいメッシュでの解析が必須です。
3段階で「ダウンスケーリング」していく
──5キロメートルの細かいメッシュで、19世紀以降の100年以上にわたる日本の気温をすべて計算することになるんですか?
メッシュが細かくなると地形などの再現度は高まりますが、その分、計算量がふえてしまいます。5キロメートルのメッシュですべて計算すると膨大な量になるので、やり方としては地球全体(全球)を粗いメッシュで計算してから、日本周辺だけを細かいメッシュで計算するという手法を使っています。
具体的には全球を60キロメートルのメッシュで計算して、次に日本を含む広域を20キロメートルのメッシュで計算し、最後に日本周辺だけを5キロメートルのメッシュで計算するという、3段階になっています。計算する範囲を段階的に落としていく「ダウンスケーリング」というやり方です。

─細かいメッシュを全球で計算すると確かに膨大な計算が必要になると思うのですが、最初から日本周辺だけに限定して計算すれば、そこまで計算量は多くならないのではないですか?
日本周辺だけでシミュレーションを行うと、残念ながら現実と食いちがう結果が出ることが多くなります。やっぱり全球での計算が必要なんです。
日本の気候は、赤道付近で発生するエルニーニョ現象やラニーニャ現象、また大陸からの影響も受けます。さらに日本周辺の海面水温はより大きな循環の一部として変化し、日本の気候に影響を及ぼします。このような地球規模の様々な現象からの影響抜きには正しく再現できません。
日本の気候を精度よく再現しようとするなら、まずは全球で計算して、そこから段階的に計算する地域をせまくしていく必要があります。
スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」での計算
この3段階の実験を、長期間の気候変化を調べる研究では数十年分行いますが、イベントアトリビューションでは着目するイベントが発生した期間に対して行います。たとえば、今年の夏の猛暑に対する温暖化の影響を調べたければ、今年の5月ぐらいからの数ヵ月間だけを計算すればよいので、計算する量も時間もかなり少なくできます。
5キロメートルの細かいメッシュのモデルで日本周辺の数か月間の計算をする場合、JAMSTECのスーパーコンピュータである「地球シミュレータ」を使えば、1週間もかからずに計算できます。
──計算結果はどういう形で出てくるものなのですか?
シミュレーションの結果としては、基本的に各地の気温がどうなるかというデータのみが出てきます。それを読み解くのは、私たち研究者の仕事です。たとえば、ここの山のふもとで気温が上がっているのはフェーン現象のしわざだろうとか、ここの沿岸部は海風の影響で気温の上昇が抑えられているんだなとか、地形を考慮して各地で何が起きているのかを分析します。
日本は平坦な場所が少なくて山が多い国なので、そういった地形の影響はわりとはっきりと出ます。日本で地域差を見ようとしたら、やはり地形をある程度正確に表現できる5キロメートルぐらいの細かいメッシュが必要ですね。

メッシュをさらに細かくすると?
──メッシュをもっと細かくすることはできないんですか?
メッシュを20キロメートルから5キロメートルに細かくすると、もちろん計算量は多くなりますが、実は計算の難しさはそんなに変わりません。
ところが5キロメートルより細かく、たとえば2キロメートルにしようとすると難易度がぐっと上がります。2キロメートル程度の細かさになると雨の降り方などをよりくわしく計算する必要が出てくるので、計算式が変わってきて、正確なモデルをつくるのが難しくなるんです。
それでもやはり細かい地域差などを見るために、5キロメートルより細かいメッシュのモデルを使ったイベントアトリビューションに挑戦したいと思っています。現在、2キロメートルのメッシュのモデルを使った実験を検討中です。

──温暖化によって将来自分の住んでいる場所がどうなるのか、より細かくわかるようになるとよいですね。
毎年のように猛暑が続いていることもあって、温暖化が進行していることは皆さんも実感しているのではないかと思います。そんな中でおそらく多くの人は、温暖化の状況について知りたいというよりも、温暖化でどこにどんな影響が出るのか、どんな対策を取るべきなのかといった、より具体的な情報に興味が移ってきているように感じます。
「温暖化に適応した社会」の実現に向けて
気候変化を細かい地域レベルで調べる研究は、そういった期待に応えるためにますます重要になると思います。
気候変動の研究者は「温暖化によって、将来はこんなに暑くなります」といった情報は出せるのですが、そうなった場合の解決策まではなかなか示せません。温暖化によって変化した環境や社会にどう対応するかは、社会全体で考えることになります。
とはいえ、「世界の平均気温が2050年までに2度高くなる可能性があります」などといわれてもぴんと来ないし、一人一人が温暖化対策を考えたり実行したりするところまでは行かないですよね。
そこで研究者としては、もっと皆さんがイメージしやすい形で温暖化の影響に関するデータを示していきたいと思っています。たとえば個人の健康リスクや災害リスクに直結するような形で温暖化の影響を示せれば、皆さん一人一人の行動につながるのではないかと思います。
私の目指すところは、私が現在進めているような気候変動の研究がこうした記事などに取り上げられなくなることなのかしれません。温暖化は今、未解決の環境問題や社会問題として存在しているため、私の研究をこうして取り上げてもらっているわけです。
将来的に気候変動の研究について注目されなくなったとしたら、それは温暖化問題を解決できていたり、社会が温暖化に適応できていたりする証拠だと思います。そんな社会の実現に向けて、研究を頑張っていきたいと思っています。

<関連資料>
※1 猛暑発生時の地上高温に対する地球温暖化の寄与を初めて評価
※2 令和6年7月以降の顕著な高温と7月下旬の北日本の大雨の特徴と要因について(気象庁より)
※本研究は、JAMSTECの参加する気候変動予測先端研究プログラムの元で実施されました。
取材・文:福田伊佐央
撮影:村田克己/講談社写真部
取材協力・図版提供:海洋研究開発機構
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