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コラム QUELLE2013を終えて

2013年にほぼ一年をかけた「よこすか/しんかい6500」による世界一周航海を行いました。航海全体の愛称はQUELLE2013(Quest for Limit of Lifeの略称)と名付けました。QUELLE2013は、海洋環境の中でも、とくに生命の限界(Limit of Life)に肉薄する超極限的な生態系を主な調査対象とし、地球型生命の生息限界と共生に見られるしたたかな生き残り戦略を明らかにすることを目指しました。ここで取り上げる極限環境とは、深海にある高温熱水、湧水、超深海、大洋の孤立した海山/海台などを指しています。QUELLE2013は、国際的な深海調査研究および調査技術のCOEとしてのJAMSTEC、および海洋研究を先導する日本を明確に打ち出すことも目指しました。

【航路図】

中央インド洋海嶺海底熱水域で採集されたスケーリーフット

2013年1月5日に「よこすか/しんかい6500」はJAMSTEC横須賀本部の岸壁を離れて、世界一周航海を始めました。南半球を中心とした世界各地で潜航調査を行ない、2013年11月30日に、「しんかい6500」は母船「よこすか」とともに、無事に横須賀に戻ってきました。
インド洋中央海嶺では、悪天候に悩みながらも、生きているスケーリーフットを多数採取し、船上で培養しながら、なぜこの貝は、硫化鉄の鎧を纏っているのだろうか? その形成メカニズムは何か? に迫る、さまざまな生体情報を取ることができました。南大西洋ブラジル沖では、有人潜水船が世界で初めてこの海域に入ったこともあり、さまざまな発見をしました。何よりも、南大西洋は多様な生物が息づく生物多様性の宝庫であることを明らかにしました。巨大な海山であるリオグランデライズ形成の謎をひも解くことにつながる発見をしたことも話題になりました。

ブラジル沖リオグランデ海膨の海底で発見された生物たち

ブラジル沖リオグランデ海膨で発見された花崗岩

ブラジル沖南サンパウロ海台に広がるマンガンノジュール

カリブ海ケイマン海膨では、光ファイバーによる世界初の潜航同時中継に成功したことが世間では騒がれました。科学的には世界最深の熱水環境に生きる微生物を多く採取し、また地球化学的なデータを採取したことが成果です。そして、トンガ海溝では、世界第二の深さを持つホライゾン海淵を調査し、詳細な地形図を作るとともに、海淵最深部にランダーを投入し、海底の映像を撮り、採泥を行うとともに、酸素プロファイルの現場測定に成功しました。世界で初めてのことです。海溝外縁部6,250mから採取した体長24cmの超巨大ヨコエビにも驚かされました。ケルマディック海溝では、海溝に沈み込む海山の生態遷移を検討するデータが取れるとともに、ケルマディック背弧海盆最北端における熱水活動とそれに伴う熱水生物群集を発見しました。

有人潜水調査船のリアルタイム中継で放送された、カリブ海ビービ熱水域のリミカリス・ハイビサエが群がるチムニー

南太平洋トンガ海溝から初めて採集された全長24cmの超巨大ヨコエビ(Alicella gigantea

南太平洋北部ケルマディック島弧ヒネプイア海山で初めて発見された熱水噴出孔(水深369m)

QUELLE2013航海は終わりました。私たちは何に貢献したのでしょうか? 何よりも、今まで調査の手が入っていなかった、南半球の深海極限環境の調査を行い、さまざまな科学的な発見をし、貴重な試料やデータを取ったことが大きな成果です。ことに、人間が深海に潜航し、五感を働かせて調査を行った結果が、新しいいくつもの発見に繋がったのだと自負しています。また、国際的な深海調査研究および調査技術のCOEとしてのJAMSTEC、および海洋研究を先導する日本を明確に打ち出すことに役立ったと思います。さらに、本行動を通して、「INDEEP(深海生態系の科学調査に関する国際ネットッワーク)」や「InterRidge(国際海嶺研究計画)」という現在進行中の国際的な研究計画に貢献するとともに、とくに今後の成長が大いに期待される南半球の海洋調査途上国であるニュージーランドやブラジルと緊密に連携し、21世紀の世界の海洋調査を主導する布石ができたものと思います。深海掘削を主導する IODP (国際深海科学掘削計画)コミュニティーも、欧米を中心として、南大西洋における掘削提案を検討し始めたと聞いています。これも、私たちの成果に触発された面があると思っています。具体的な研究の成果は、これから取りまとめられ、逐次、公表されてゆくことになります。私たちは、これからも、深海の謎を解明していく所存です。また、今回の成果を踏まえて、次なるQUELLE航海を計画すべく動き始めてもいます。

深海は魅力にあふれた、そしてさまざまな挑戦の可能性を秘めた先端的なフィールドです。引き続き、注目していただきたいと思います。よろしくお願い致します。

>> 生命の限界に迫る 「しんかい6500」世界一周航海 QUELLE2013

海洋・極限環境生物圏領域 領域長 北里 洋