知ろう!記者に発表した最新研究

2013年6月29日発表
グリーンランド海の変化は、北半球の気候変動きこうへんどうをもたらす!
数年後には寒冷化が始まる?

気候変動というと、最近では大気中の二酸化炭素にさんかたんそ(CO2)など温室効果ガスの増加ぞうかによる地球温暖化ちきゅうおんだんかのニュースを耳にするかな? 実は気候変動は、大気中の成分とは関係なく、大気、海、氷の変化・変動だけでも自然に起きます。特に北大西洋北部の水温の変化・変動は、海の循環じゅんかんを通じて地球規模ちきゅうきぼでの気候に影響えいきょうをおよぼすと指摘してきされています。ところが、くわしくはわかっていません。そこで今回、中村 元隆なかむら もとたか博士は北大西洋の北端ほくたんにあるグリーンランド海が変化すると気候はどうなるのか研究をしました。いったいどんな結果が? 気候変動の最新成果をおとどけします!


グリーンランド海ってどんなところ? 海流や海氷、海水温がはげしく変化・変動し複雑(ふくざつ)な海域(かいいき)です

グリーンランド海が位置するのは、北極海と北大西洋の間にあるグリーンランドの東側です(図1)。北極海の冷たい海水とメキシコ湾流の温かい海水のせっする境目さかいめがあり、フラム海峡かいきょう側からは北極海の海氷が流れこみます。

グリーンランド海は北極海に最も近い海

図1:グリーンランド海は北極海に最も近い海

グリーンランド海は、全球規模熱塩循環流ぜんきゅうきぼねつえんじゅんかんりゅう図2)のスタート地点ともいえます。全球規模熱塩循環流とは、メキシコ湾流わんりゅうにより熱帯ねったい亜熱帯域あねったいいきから運ばれてきた温かい海水が、ここグリーンランド海とその南西にあるラブラドル海で冷やされて沈みこみ、海底かいていをはうように大西洋を南下し、南極周辺の海でできた深層水しんそうすいと合流したのちに、インド洋や太平洋へと流れわきあがる循環です。

大西洋を起源とする全球規模の熱塩循環流

図2:大西洋を起源とする全球規模の熱塩循環流

その循環のうち、グリーンランド海とラブラドル海で沈みこんだあと低緯度に向かって進み熱帯・亜熱帯域でわきあがる、大西洋だけで循環する流れを「大西洋熱塩循環流たいせいようねつえんじゅんかんりゅう」と呼びます。莫大ばくだいな熱を運ぶため気候に大きな影響をおよぼすほか、「大西洋数十年規模振動たいせいようすうじゅうねんきぼしんどう」のメカニズムの基盤きばんだと考えられています。大西洋数十年規模振動とは30〜40年おきに寒冷化と温暖化をくり返す現象で、(振動とは周期的に繰り返す現象を意味)、北半球は1940〜70年代は寒冷化、1980年から現在は温暖化しています。実際、今とは逆に1960年代と1970年代には氷河期到来ひょうがきとうらいがさわがれていたのです。

これらをふまえると、グリーンランド海に変化がおきれば大西洋熱塩循環流を通じて北半球の気候に大きな影響をおよぼすおそれがあります。ですが、くわしくはわかりません。そこで今回、それを解明するため中村博士が研究を始めました。

どんな研究をしたの? 過去45年分のデータを解析して、グリーンランド海と気候の関係を調べました

中村博士は、ヨーロッパ中期予報センター、アメリカ海洋大気庁、イギリス気象庁が作成した1957年9月から2002年8月までの45年分のデータを解析し、海水温、地・海上の気温、低気圧や高気圧の強さなどについて調べました。

その結果、まずグリーンランド海の変化と北大西洋振動きたたいせいようしんどうの間に関係性が見えてきました。北大西洋振動とは、北大西洋の亜熱帯側と亜寒帯側で気圧差が変わる現象です。亜熱帯側と亜寒帯側の気圧差が大きいと「正の状態」、気圧差が小さいと「負の状態」といいます。主にヨーロッパや北アメリカの気候に影響をおよぼします。

中村博士は解析から、グリーンランド海の水温が気温の南北・東西方向の勾配こうばい(変化の度合い)に影響を与える事で、冬に、グリーンランド海の水面温度が高いときの大気の状態じょうたいが北大西洋振動の「正の状態」に近く、水面温度が低いときの大気の状態が北大西洋振動の「負の状態」に近くなっていることを発見しました(図3)。

冬のグリーンランド海と北大西洋振動の関係

図3:冬のグリーンランド海と北大西洋振動の関係

さらに、北大西洋振動は1980年以前は負の状態が多かったのに、1980年以降は正の状態が圧倒的あっとうてきに多くなっていました。「1980年ごろに、何か起きたのかもしれない」中村博士はそう考えました(図4)。

1980年ごろを境に、北大西洋振動の傾向が変化

図4:1980年ごろを境に、北大西洋振動の傾向が変化

次にグリーンランド海の水面温度を解析したところ、1979年2月と3月の間に、グリーンランド海の平均的な水温が急に2℃ほど上がっていました(図5)。

グリーンランド海水温の変化

図5:グリーンランド海水温の変化

この原因は、1977年〜1979年ごろに海氷が大幅おおはばって海流が変化したという報告ほうこくがあることから、その影響だと考えられます。さらに、グリーンランド海で変化が起きると、その変化が10〜15年後に大西洋数十年規模振動の傾向けいこうに表れることが判明はんめいしました(図6)。

グリーンランド海の平均水温と大西洋数十年規模振動の傾向の変化

図6:グリーンランド海の平均水温と大西洋数十年規模振動の傾向の変化

グリーンランド海が北大西洋振動と大西洋数十年規模振動に影響をおよぼす事実が、まさに示されたのです。

そしてグリーンランド海では、急激な水温上昇があった1979年3月以降、水温は以前より高い状態のままです。これがグリーンランド海周辺の気温勾配に与えた影響で、グリーンランド海東側では南からの風が強くなり熱が北へ運ばれやすくなりました(図7)。同時に北向きの海流(メキシコ湾流)が強くなって熱がより運ばれやすくなり、気温が上がりました。

さらにユーラシア大陸と北極圏ほっきょくけんでは、その変化により陸上・海上の氷がとけて地表・海面があらわれ地表・海が太陽光を吸収しやすくなり、陸地と海が熱をたくわえやすくなったと考えられます。するとますます氷がとけやすくなり、地表・海面がさらに表れ海が熱を蓄え…と効果がどんどんふくらんで北半球高緯度域の気温上昇につながったと推測すいそくされます。南風が弱まったグリーンランド西側や太平洋上など気温が低くなったところもありますが、冬の北緯30度〜90度までの範囲はんいを平均すると約0.5℃気温が上昇じょうしょうしていました。

「1979年〜2002年の2月」と「1958年〜1978年の2月」の平均気温や風の差

図7:「1979年〜2002年の2月」と「1958年〜1978年の2月」の平均気温や風の差

こうした影響は、間接的かんせつてきに日本にもおよびました。1979年以降、特に夏の平均気温が、いつもの状態からずれる度合いが大きくなり(図8)、冷夏や猛暑もうしょが起きやすく、またそれらの深刻度しんこくども高くなっていたのです。

8月の平均からのずれ方の度合い。「1979年〜2002年の8月」から「1958年〜1978年の8月」をひいた

図8:8月の平均からのずれ方の度合い。「1979年〜2002年の8月」から「1958年〜1978年の8月」をひいた。

 
今後の気候はどうなるの? 数年〜十年以内に、寒冷化すると予測されます

今回の結果から、1979年のグリーンランド海の急激な水温上昇は、1940〜70年代の北半球寒冷化から現在の温暖化にうつる「大西洋数十年規模振動のきりかえスイッチ」を押したと考えられます。そう考えると、今後数年から10年以内に北半球は寒冷化にうつると予測されます。

中村博士は「グリーンランド海はせまい海域。だけど、北半球の気候に非常ひじょうに強い影響を与えるのです」とグリーンランド海の重要性を語ります。

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