2014年5月27日発表
海氷が減った影響で、プランクトンの生活環境が良くなった!
北極海のうずが育むプランクトン
地球温暖化にともない海氷が減っている影響で、生物がほとんどいないと考えられてきた初冬の、北極海太平洋側に位置する「カナダ海盆」で、動物プランクトンが育ち増えていたことが明らかになりました。いったいどういうこと? 渡邉英嗣博士と小野寺丈尚太郎博士による北極海の最新研究を紹介します!
写真1 顕微鏡で撮ったプランクトン
いま北極海では、海氷が減り続けています。2012年9月には、海氷面積が 観測史上最小となる318万平方キロメートルを記録(JAXA HPより)(図1)。それまでは1年中海氷におおわれていた太平洋側でも、夏は海氷がとけて海面が現れるようになりました。
図1 2012年3月(冬)と9月(夏)の海氷の様子(提供:IARC-JAXA)
こうした環境の変化は、生きものに大きな影響をおよぼします。特に心配されるのが、海中のプランクトンです。プランクトンとは海の流れに流されながらくらす生きもので、植物プランクトンと動物プランクトンに分けられます。植物プランクトンは太陽光と海中の栄養や二酸化炭素を利用して育ち増えます(図2)。
図2 植物プランクトンは、太陽光と海中の栄養や二酸化炭素を使って増える!
海氷が減ると、海の中まで届く太陽光が増えあたたかくなる反面、海氷のとけ水で表層の栄養がうすまってしまいます(図3)。
図3 海氷が減ると、どうなる?
植物プランクトンは動物プランクトンに食べられ、やがて貝や魚などのエサとなります(図4)。プランクトンに異変が起きれば、その影響はすべての生きものに広がりかねません。
図4 プランクトンは、すべての生きものを支える基盤
そこで今回、北極海の環境の変化とプランクトンの現状 を明らかにするため、渡邉 英嗣博士と小野寺 丈尚太郎博士が研究に 挑みました。
研究計画の大まかな流れは、まず 1.北極海のプランクトンの現状を観測して、2.なぜその状態になっているのかメカニズムをコンピュータシミュレーションで明らかにする、という2段階です。
計画 1.の観測のため、2010年、小野寺博士は 海洋地球研究船「みらい」に乗船して北極海へ行き、ノースウィンド深海平原の深さ180mと1,300mにセジメントトラップと呼ばれる観測装置を設置しました(図5 NAP地点)。
図5 セジメントトラップを設置したNAP地点
セジメントトラップとは海中を落ちていく粒子を集める装置(図6)で、粒子はコーンの上から入り下の 防腐剤入りビンの中にたまります。ビンはたくさん付けることができ、あらかじめセットした時間に自動的に交換させることで、粒子を1年間連続的に集めることができます。
図6 セジメントトラップ
セジメントトラップで集められる粒子はプランクトンのふんや死がい、沿岸から流れてくる鉱物など様々です。生きものからできた粒子が多いほど生物が多く豊かな海、生物からできた粒子が少ないほど生物が少ない乏しい海、と 判断できます。
2011年と2012年の秋に、それまで1年ずつ設置していたセジメントトラップを回収して小野寺博士たちが 分析したところ、NAP地点では生きものからできた粒子や鉱物が、11月〜12月に最も多いことが明らかになりました(図7)。
図7 粒子の沈降量の移り変わり。1日に1平方メートルを通過する粒子の重さで表す。
これらの時期の粒子には、新鮮な二枚貝の稚貝や翼足類、カイアシ類などの動物プランクトンのほか、沿岸で多く見られる珪藻(植物プランクトン)のなかまが多くふくまれていました(図8)。
図8 トラップで集めた粒子には、どんな動物プランクトンがふくまれていたか。1日1平方メートルあたりに落ちてくる 炭酸塩のカラを持つ動物プランクトンの数で示します。
11〜12月の初冬の北極海というと、太陽は昇らずほぼまっ暗で、海氷も広がり冷たくなっています。生きものが育つにはきびしい環境と思われます。そんな初冬になぜプランクトンが増えるのか。
その理由を明らかにするため、計画 2.のコンピュータシミュレーションに渡邉博士が挑みました。とはいえ、北極海の流れやプランクトンの活動はきわめて 複雑です。渡邉博士は、実際の観測データと 照らし合わせながら試行錯誤をくり返し、北極海専用の、海氷、水温、流れ、プランクトン、粒子の量などを計算するプログラムを新たに開発し、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」(写真2)でシミュレーションをしました。
写真2 横浜研究所(神奈川県横浜市)にある「地球シミュレータ」
すると、2010年11月にはNAP地点に加え、カナダ海盆でさらに多くの粒子が落ちていたというシミュレーション結果がでたのです(図9)。それも、海氷が減る前の約1.6倍!
図9 2010年11月の粒子の量(シミュレーション結果)
どういうこと? くわしく解析したところ、海の流れに変化が見えてきました。もともと太平洋側では数百mまでの深さで直径数十kmのうず(時計回りに回転する流れ)が発生し、このうずがチャクチ陸棚域上の栄養豊かな海水を北極海に運ぶ働きがあります。海氷が減って海面をおおうふたがへったことで海流が強くなり、そのうずが発生しやすくなっていたのです(図10)。計算上では、海氷が減る前にくらべると、うずの発生量は約8割増えました。
図10 海氷が減る前と減った後の、北極海の流れ(シミュレーション結果)
発生量が増えたうずは、チャクチ陸棚域の栄養豊かな海水をさらに多く運びます。その栄養やいっしょに運ばれてくる植物プランクトンなどの 有機物を使って動物プランクトンが育ち増え、やがて海中を落ちる粒子も増えていたのです。
ほら、観測で粒子が多かった11月〜12月に、シミュレーションでうずがNAP地点を通っているでしょう(図11)? 一般に陸棚域に多い鉱物や珪藻がNAP地点のセジメントトラップにとらえられていたことも、チャクチ陸棚域の海水がうずにより運ばれてきたことをうら付けています。
図11 うずの通り道(シミュレーション結果)
そしてシミュレーションで粒子が増えていたもう一方のカナダ海盆でも、うずが通るのは11〜12月。それまで栄養がとぼしかったカナダ海盆にチャクチ陸棚域の栄養豊かな海水が運ばれるようになり、海氷の下でもプランクトンが育ち増え、したがって粒子が増えていたのです(図12)。
図12 カナダ海盆に栄養や餌が運ばれるようになった!
海氷減少によるプランクトンへの影響は同じ北極海でも海域により異なりますが、NAP地点とカナダ海盆では、発生量が増えたうずが栄養を運びこみプランクトンが育ち増えやすい環境をつくっていたことが明らかになりました。
プランクトンが増えれば、貝や魚も増えたり季節性が変わるかもしれません。やがて将来は、カナダ海盆がたくさんの 水産資源のとれる海域になる可能性があります。さらに、水中を落ちていく粒子は地球温暖化の 一因とされる大気中の二酸化炭素を深海へ運ぶ働き(生物ポンプ)もあることから、地球温暖化進行の判断にむけ北極海の役わりが見直される可能性もあります。
渡邉博士と小野寺博士は、「今回の研究はまだ2年分のデータ。5年、10年続けて、長期的にどう変わっていくのかが見ることが重要です」と話します。
渡邉博士:シミュレーションでは、できるだけ現実に近い北極海を再現できるプログラムを使うことが重要です。今回のプログラム開発にあたり、1年以上、何度も試行錯誤をくり返しました。でもまだ多くの課題がのこっています。そのうちのひとつは、海氷の底にくっついた藻類(アイスアルジー)の再現です。アイスアルジーも他の生きもののえさになるので、影響を無視できません。アイスアルジーをきっちり計算してシミュレーションの精度をあげることが、今後の目標です。
小野寺博士:毎年8月から10月に海洋地球研究船「みらい」やカナダの 砕氷船に乗って北極海へ観測に行きます。観測計画は海氷に左右され、海氷が多くて目的の海域にたどり着けず別の場所にセジメントトラップを設置した年もありました。セジメントトラップの設置と回収は海氷次第なので、無事に作業できるか直前までハラハラします。2012年と2013年の秋に設置したセジメントトラップを回収して、新しいセジメントトラップを設置することが、2014年度の目標です。