2014年12月5日発表
海水中の銅の同位体分析に成功!
海洋循環をたどる新たな方法、誕生!
海にある物質は、どこが起源でどこを通ってきたのか。それを明らかにする方法に、新たな道が切り拓かれました。「銅の同位体」を使った分析です。いったいどんなもの? 高野祥太郎博士(京都大学)と谷水雅治博士(ジャムステック)の最新研究を紹介します!
地球上の物質は、形を変えながら場所を移動し、最後には海へたどり着きます(図1)。そのため、海を調べることは、地球に起きた変動を解明する手がかりとなります。
図1 物質の移動
では、海にある物質はどこが 起源でどこを通ってきたのか。それを知るには、「同位体」を使います。
物質は様々な元素からできていて、その元素には、同じ元素でも質量がわずかに違うものがあります(図2)。それを同位体と呼びます。
図2 同位体
軽い同位体も重い同位体も、物質にのって移動します。 移動の途中で何らかの 現象が起きると、軽い同位体と重い同位体の割合が少しずつ変わっていきます。それぞれの同位体で動く速さが違うためです。このとき、軽い同位体と重い同位体の割合について、標準の割合と比べた値を「同位体比」と 呼びます。 標準と同じならば「0」、標準より高ければ「+」、低ければ「−」の値で表します(図3)。
同位体比の変化を 指紋のようにたどれば、物質の起源や 経路を見つけ出せます。
図3 同位体比
海水中には色々な元素がふくまれますが、その中には「遷移金属元素」と呼ばれる
元素が存在し、そのうちいくつかは生物の活動に必須です。
しかし、その濃度はごくわずかで、これらの少量元素の同位体比の分析はとても難し
いという問題がありました。
谷水博士が注目したのは、少量元素の中でも銅です。なぜ銅かというと、海のプランクトンにとって欠かせない大切な栄養分だからです。 銅の同位体には、65Cuと63Cuがあります(図4)。
図4 銅の同位体
ただ、海水中の銅の同位体比の変化もほんのわずかですし、海水に多く含まれるナトリウムやマグネシウムなどの 塩類には銅の同位体比分析に誤差を与えやすくする性質があります。
谷水博士は2013年、海水のナトリウムやマグネシウムなどの塩類を取りのぞき、樹脂を使って海水中の金属元素だけを効率的に集める方法を編み出し、銅の同位体比だけを分析することを 可能にしました。今回、その方法を使って実際の海水の分析に挑みました。
高野博士と谷水博士は、2008年〜2012年に東太平洋、西太平洋、インド洋、北大西洋でとった海水を分析しました(図5)。
図5 海水サンプルをとった代表的な海域
その結果、世界で初めて、海水の銅の同位体比の分析に成功しました!
まず、銅の同位体比は表層より深層の方が平均で約0.3パーミル(パーミル:1000分の1)高くなっていました(図6)。
図6 深さ別の銅の同位体比
これは表層に比べ深層の方が、軽い同位体の割合が低いことを意味します。なぜ? おそらく、海水中に溶けていた軽い同位体(63Cu)が、海の中で落ちていく生物の死がいなどの 粒にくっついて 取り除かれたのだと考えられます(写真)。軽い同位体の方がくっつきやすい理由は、研究中です。
写真 マリンスノーにくっつく銅の同位体イメージ
次に、その軽い同位体(63Cu)が深海に占める割合は、大西洋が最も高く、次にインド洋、太平洋でした(図7)。
図7 深海で占める63Cuの割合が高かった海域の順番
この順番は、約2000年かけて地球を1周する海洋循環と似ています。そこで、海水の年齢の目安となる「見かけの酸素消費量」(AOU)との関係に注目しました。AOUとは、実際の溶存酸素量と、最大溶け込める酸素量との差です(図8)。
図8 AOUの求め方
海洋循環では、大西洋北部や南極周辺で冷やされた表層の海水が冷やされ重くなって沈み込み、地球をめぐります。沈み込んでから短時間の海水は酸素が多いためAOUは低 く、沈み込んでから長時間の海水は生物による呼吸やバクテリアによる分解により酵素が使われ少なくなるために、AOUは高くなります。AOUは海水の 年齢を知る手がかりとなります(図9)。
図9 海水の年齢をしる手がかりとなるAOU
図10を見ると、銅の同位体比とAOUの変動の傾向が似ています!
図10 深さ別の銅の同位体比とAOU
銅の同位体が高くなるとAOUも高くなり、銅の同位体が低くなるとAOUも低くなっているでしょう?
統計結果でも、銅の同位体比とAOUには強い関係が認められました。これは、銅の同位体が、海水がどこをどれくらいの速さで循環するのか明らかにする化学トレーサーとして利用できる可能性を示しています。
この研究により、銅の同位体の分析が役立つことが実証されました。産業革命以降、海に大量に流れ込むようになった金属が与えるプランクトンへの影響の解明に役立つと期待されます。
また、海水中の金属成分が沈殿してできたマンガンノジュール(図11)には、数千万年前までの古い海水の記録が残されています。谷水博士は、「銅の同位体を使って、海底のマンガンノジュールなどと組み合わせながら、太古の海洋循環を明らかにしたい」と話します。
図11 計算上の、銅の同位体比の変化