ミステリーサークル

2013/06/26

渡部 裕美(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

(某大陸の発見など、このところ「しんかい6500」の科学研究と、超常現象を扱う雑誌「月刊○―」との親和性の高さが、驚きであり悩みでもあったのですが、じつはこんなミステリーつながりもあったのですね。今回のレポートは、年間数か月は洋上で過ごすというJAMSTEC「航海プリンセス」こと、海洋生態学者の渡部裕美さんによる世にも奇妙なお話です。)

突然ですが、みなさん。「ミステリーサークル」ってご存知でしょうか?穀物が円形(サークル形)に倒される現象、あるいは、その倒された跡についての呼称で、イギリスを中心に世界中で報告されています。1980年代には宇宙人説をはじめとする様々な原因仮説が提唱されました。しかしその後、二人の英国紳士が「ミステリーサークル」の製作について告白し、1992年にはイグノーベル賞を受賞しているそうです(おなじみのWikipediaより)。

ところが、2013年6月。ここカリブ海の深海底に突如として「ミステリーサークル」が現れました。

ここミッドケイマンライズの深海熱水域には、エビやイソギンチャクなどの深海生物たちがひっそりと暮らしていました。しかし、その平和な日々は長くは続きませんでした。熱水界隈で伝説となっている潜水船「しんかい6500」が真っ暗な上空に現れ、まぶしい光とともに直径20cmばかりの赤いリングがおもむろに降りてきて、囲まれたエビやイソギンチャクが次々に上空に吸い込まれていくという超常現象が、ここ数日連続して起こっているのです。

はたして、その犯人は?

はい、わたくしワタナベです。そのリングの名前はズバリ「ミステリーサークル」。さまざまな海底に設置しては、リング内の環境を観測し、生物を採集する調査を進めています。


恐怖のペイロード「ミステリーサークル」はたしてその正体は?

この装置に命名したのは、首席研究者の高井さん。人間などの陸上の生物を見たこともない深海生物にとって、きっと潜水船に乗って生物の調査に来る私たちは、UFOや宇宙人と同じようにみえるのでしょうね。

宇宙人が乗ったUFOが「ミステリーサークル」を作ったり、人類を誘拐したりという「ミステリーサークル」の宇宙人仮説と、確かによく似た調査です。

海底での視界は限られていますが、熱水噴出孔に群がる生物の他にも、私たちは様々なものを目にすることができます。今回もフォンダム熱水域でたくさんの貝殻を確認しました。これらの貝が生きていた頃は、海底の景色も大きく違ったことでしょう。


深海から採取した生物試料を丁寧に取り分け記載するワタナベさんたち生物研究チーム

また、QUELLE航海で、私たちは世界中の海に潜っていますが、深海底に向かう間に観測される水温や酸素濃度は海によって大きく異なっています。海の中では、時間や場所とともに、環境は大きく変わっていきます。そして、そこに棲むことができる生物の種類も大きく変わっていくのです。「ミステリーサークル」の調査は、こういった環境に伴う生物群集の変動を知るために役に立ちます。

ところで、「ミステリーサークル」なんて物々しい名称ですが、実際のところは、何の仕掛けもない、ただの鉄の輪です。ですが、熱水生態系の変動を知るためのみならず、闇雲に生物を採りすぎないための指標としても、割と役に立っています。

「ミステリーサークル」発祥の地であるイギリスの研究者と今回の調査に取り組んでいるのも、何かの縁でしょう。私たち海底紳士淑女も(イグ)ノーベル賞目指して、研究に邁進していきたいと思います。

(いや〜、こわかったですね。おどろきですね。ミステリーサークルに囲まれた深海生物たちが次々に上空に吸い込まれていく。ホラーですね。でもそうやって得た深海の貴重な生物試料を丁寧に分析している研究者の姿を見ると、生命の進化や多様性というものを私たち人間が学ぶ大切な研究なんだなと感じます。ワタナベさん、ありがとうございました。さて次回は、ここミッドケイマンライズだけに生息する深海エビ「リミカリス・ハイビサエ」を世界で初めて記載した本場英国の姫様ベリティーさんに、実際に目の前で見た深海熱水の世界を伺いました。それでは、みなさん。さよなら、さよなら、さよなら。)