準備はできたか?

2013/06/26

川口 慎介(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

(実験室から遠く離れた海での研究は、計画の半分も進めば成功と言われます。ましてや、いくら手を伸ばしても簡単に届かない深海での調査は、失敗の歴史ということもできるでしょう。今回のレポートは、そんな現実を突き付けられてクダを巻いている最中に書いていただきました。どうも地球化学者川口が狙っていた試料はうまく取れなかったようです。それでは乗船研究者のリアルなガッカリをお届けします。)

「あった〜らしい朝がきた,希望の朝だ♪」。ワタクシ,今日,潜航します。そんな日の朝に,この文章を書いております。「安全でいこう,ヨシ!」ということで,先ほどお手洗いを済ませ,朝食をとってから下痢止めも飲みました。おなかのKYT(危険予知トレーニング),バッチリです。

潜航する先は,世界最深の誉れ高いビービ熱水域です。すでに今航海では、英国からやってきた海底紳士ジョン・コプリ博士と,滋賀県の山河を自転車で走り回り部活のマネージャーから「タフガイ」と渾名された高井研博士が,このビービ熱水域で潜航調査を実施しています。

高井博士の潜航生中継で映った熱水噴出については「ブラックスモーカー,キターー(゚∀゚)ーー!!」と言われ,ツイッターのトレンドワードにまでなったそうですね。しかし,あの中継で映り込んだ熱水噴出などは,しょせん「やや濁りスモーカー」程度に過ぎません。決して「ブラックスモーカー」ではありません。「トゥルー・ブラックスモーカー」は,あんなものではないのです。

と,偉そうに言っておりますが,実はワタクシも「トゥルー・ブラックスモーカー」は,録画映像でしか見たことがないのです。そんな「トゥルー・ブラックスモーカー」を、今からワタクシの潜航で,五感で体験してきます。「MajiでKanじる5時間前」です。ではまた後ほど。


「ベント開」潜入を開始。「トゥルー・ブラックスモーカー」に挑みました。しかし・・・

(それから12時間後・・・)

ということで,帰ってまいりました。今回は「ワタクシが深海でトゥルー・ブラックスモーカーを見た」という,極めて個人的な収穫しかなかったとさえ言える,反省しきりの潜航でした。現在,ヤケ酒中です。とりあえずビール3缶空きました。「これはクリリンの分!」という具合に,1缶ごとに残念な反省点を成仏させているところなので,それを告白していきます。

1缶目は,計測した熱水温度が微妙でした(プシュー)。「超臨界水キターー(゚∀゚)ーー!!」を目指していたのに,いや、超臨界状態でなくても,あと11度で世界最高温度記録に並べたのに,それ以上はどうしても計測できませんでした。「しんかい6500史上最高温度を記録」と仲間に慰められておりますが,やはり「世界記録」でないと。

2缶目は,熱水温度計測に夢中になりすぎて,あまり海底を直接目視しなかったことです(プシュー)。せっかく5000mの海底まで潜ったのに,窓を覗いている時間は,30分もありませんでした。温度計測では,パイロットがマニピュレータを操作して行うので,研究者側(左窓)からは直接作業の様子が見られず,船内のモニタで観察することになります。さらに研究者とコパイロットは,温度が表示されるコンピュータの画面も見ておく必要があります。今回は温度記録がかかっていたので,ついついモニタとコンピュータを凝視してしまい,直接目視を忘れてしまいました。

3缶目は,ワタクシの研究に不可欠な良い熱水試料が採取できなかったせいです(プシュー)。海底では確かにブラックスモーカーから熱水を採取したはずなのに,母船「よこすか」に帰ってきた採水器を開けて中身を確認すると、水が透き通っていて,臭いを嗅いでも硫化水素の香りもしなくて,塩っ気もなく・・・。どうやら深海に送り出す時に採水器の中に詰めておいた超純水が,うまく熱水で置換されず,そのまま戻ってきただけでした。

「しんかい6500」の潜航科学調査は,研究者にとってもそう簡単に実現できるものではありません。まさに「限られた潜航機会」といえます。しかも、ワタクシどもの目的は「科学調査」です。そのために「しんかい6500」を利用しているともいえます。「熱水域の科学調査」を進めていくためには、「深海から持ち帰った試料を船上あるいは陸上の充実したラボ環境で様々な手法を用いて解析する」ことが不可欠なのです。

ですから、「限られた潜航機会を利用しながらも試料を持って帰ってこられなかった」ということは,非常に大きな損失です。だから,常にペイロードの準備・チェックを怠らず,万全に万全を期して潜航にあたるべきだと,QUELLE2013インド洋編前半の総括(2月23日レポート)で反省したわけなのです。

それなのにワタクシ・・・。

2月の失敗を数か月後に繰り返しているようでは,ダメダメです。乗船する資格ナッシングです。そんな自己反省をしながら,明日も潜航があるにもかかわらず、酒浸りになってクダを巻いているのは、もっとダメです。

それにしても,ワタクシが潜航中で食べられない日に限って,船上の昼食が大好物のハヤシライスだったなんて!(4缶目プシュー)


反省会の翌日も熱水試料を採取。ん?特有のくっさい臭いがラボに立ち込めてますよ、川口さん!

(いかがでしたでしょうか。今回は、普段はお見せすることのない研究者の反省文をお送りしました。一夜明けた後は、翌日の潜航調査の様子を指令室でソワソワしながら見守っていましたから、みなさまご安心を。さて、ここまで天候に恵まれてきた本航海。「しんかい6500」の潜航も残すところあと3回となりました。このまま順調に「ベント開」することができるでしょうか。次回は、初潜航で緊張して笑顔がこわばっていたJAMSTEC微生物学者の柳川クン、もしくは発生進化生物学者の宮本さんによる深海探査レポートをお送りします。ではまた!)