2013/07/01
柳川 勝紀(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)
(もしも、あなたがあした深海に行けと言われたら・・・。航海首席の高井さんから「今回は船上での微生物サンプル処理要員だからな」と告げられていたJAMSTECポスドク研究員の柳川さん。たとえ研究航海に参加できたとしても、自分の研究をアピールしなければ、限られた潜航チャンスをものにすることはできません。ましてや潜航未経験者となれば。今回は、そんなチャンスをものにした柳川さんからのレポートです。)
サーフィンで沖に出るためにはドルフィンスルーという技術が必要とされます。体重をかけサーフボードを沈め、波の下をくぐり抜けることで、一つ一つ波を越えていかねばなりません。海中に入った刹那、荒々しい波音は一瞬で消え去り、静寂の世界を垣間見ることができます。深海はまさしく、そのようは静寂な世界でした。
ミッドケイマンライズでの今回の調査。7番手として「しんかい6500」での潜航の機会を得たのは本当に有り難く、幸運なことでした。
航海当初は、ベテラン研究者重視の潜航が予定されていました。この海域は、世界で初めてとなる有人潜航であるし、世界最深の熱水活動域です。そんな未知の世界では観察時間の1分1秒が惜しいもの。当然、先発メンバーも最強モードで組まれていきます。
今回の航海に参加した12名の研究者のうち、「しんかい6500」を含めて有人潜航をしたことがない未経験者は、僕を含めて6名でした。共同研究をしている英米の若手研究者4名と、日本人研究者の中では僕と学生の矢萩クン。しかも、僕たちは「よこすか」自体も初乗船です。
さらに、たとえ海況にも恵まれて、すべて計画通りに毎日潜航できたとしても、チャンスは9回。
「「しんかい6500」で潜れるかも?という甘い考えは捨てよう」そう思い、下っ端研究員の僕は、チムニーに生息している微生物を解析するための船上処理に徹していました。
熱水噴出孔にできる煙突「チムニー」は、僕の研究対象である超好熱菌の巣です。チムニー1gあたりに一億匹もの微生物がいるだろうと期待しています。特に、ここミッドケイマンライズの熱水に多く含まれる水素は、特定の微生物(メタン菌、硫酸還元菌、水素酸化菌)にとってはご馳走そのものです。チムニー中の水素喰いが何者で、どれくらいいて、物質循環にどの程度の影響を及ぼすのか。微生物の生態学が僕の興味です。
しかし、分析処理の仕事がないときは、研究論文を執筆したり、デッキに出て海を眺め、ほげーっとして過ごす毎日。(極稀に?ですが)擦り切れたマンガをひたすら読んだりと、ついつい娯楽に興じすぎてしまうこともあります。
そんなときは、首席研究者兼生活指導のタカイ先生に「末席研究者の心持ちではアカーン!」と一喝されて、己を律したり、と。
そんな船上での研究生活をおくっていた或る日の会議で、「この日の潜航は、ヤナガワな!」
(!)
なんと、首席の高井さんから第1355回潜航の指名をいただいたのです。海況に連日恵まれたこともあり、僕にもチャンスがまわってきたのでした。
「ビービ熱水域への潜航だから、世界最深の熱水をこの目で見ることができる!!!やった!」
興奮を抑えられない。ん?でも同時に顔の強ばりを自分でも感じる・・・。
「満足のできるサンプリングができるか?」
「てか、無事に生還できるのか?むしろ、いっそのこと、家族に手紙でも書いておくか…」
「潜航中にお腹が痛くなったらどうしよう」
次々に不安が襲ってくるではないか!
以前のレポートで、僕のことを「針メンタリティ」などと野次る輩もいたけど、ゴリラの心臓を持たぬ自分は、全く落ち着くことができない。
航海首席の高井さんは、そんな僕の精神状態に気づいているのかいないのか、「ミスしたらオマエを沈める。鯨骨、豚骨の代わりになれや。ぐはははは」とパワハ・・・、いや、激励をしてくださる。(注:深海に動物の骨などを置いて生物群集を研究したりします)
そんなこんなで、いよいよ潜航当日。
いよいよ乗船。柳川さんの笑顔が、心もちこわばっているようです。
・・・はいっ。ヤナガワ、帰ってきました。いやー、ビギナーズラックというのはあるんですね。海底からモクモクと噴き出すブラックスモーカーを間近で観察し、熱水の温度を計測すること、しばし。その温度は、なんと、限りになく400℃に近い高温!!夢の超臨界水状態とまではいきませんでしたが、日本記録樹立(そんな国際記録があるのか?)というおまけにも恵まれました。
400度近い超高温のブラックスモーカーに近づきすぎて煤けてしまいました。がんばりました。
一方で、実は、残念ながら、肝心の熱水自体のサンプル採取には失敗してしまいました。(やばい、骨を沈められる・・・)でも翌日の最後の潜航で、同じく初乗船のDaniさんが良質のサンプルを採取してくれたので、ほっと安心。
世界最深の熱水噴出域に、どのような微生物が生息しているのか。陸上での研究が今から楽しみでしようがない!
(チャンスは待っていてもやってこないといいますが、柳川さんは見事にゲット。深海の世界を実際に見た研究者として一回り大きくなったように感じます。今後の活躍に期待です。さて、次回のレポートがカリブ海編の最終回。同じく、この航海で自分を成長させたいと意気込んでいた大学院生の矢萩クンの青春の香りたっぷりの後編をお伝えいたします。)