第2回SIPシンポジウム パネルディスカッション報告
山根 一眞(ノンフィクション作家・獨協大学特任教授)

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2015年12月2日、東京の大崎ブライトコアホールで「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)次世代海洋資源調査技術」を論じ合うシンポジウム(第2回)が開催された(主催は内閣府と海洋研究開発機構<JAMSTEC>)。
7つの報告セッションの締めくくりとして、7人のパネラーによるパネルディスカッションが行われた(司会はラジオナビゲーターのサッシャさん)。私も、そのパネラーの一人として参加したので、私なりの報告を記しておくことにした(各発言者の発言意図などは山根の理解で記したことをお断りしておきます)。

SIPは「戦略的」「イノベーション」「創造」という3つのキーワードが物語るように、22世紀へ向けて、日本が国家戦略として海洋開発(おもに深海底)に本格的に取り組む幕が切って下ろされたことを意味している。排他的経済水域の面積では世界では6位という海洋大国である日本だが、広大な海(海底下)に眠る希少資源やエネルギーの採掘・利用は、技術的なハードルが高くコストが大きいため夢物語にすぎないとされてきた。しかし、希少資源(レアアース)の安定輸入を障害する国際環境やエネルギー資源の輸入依存度の高さが今後の日本にとって大きなリスクであることをふまえて、それらを日本固有の領土(排他的経済水域)から得るべきだという認識が高まっていた。

そこで、海洋資源の安定確保のためのロードマップが描かれ、その戦略の第一段階として、オールジャパンでまずは「調査技術」を得るための取り組みが始まったのである。称して「海のジパング計画」。
シンポジウムでは、内閣府および「海のジパング計画」のプログラムディレクターに続き、「海のジパング計画」で研究開発に携わる4名がその課題と技術について報告、休憩をはさんだあと、民間企業からの期待と取り組み、可能性が披露された。

7つのプレゼンテーションを通じて、深海の資源探査技術を力強い日本の産業再生の柱のひとつとするという国の意志を感じた人が多かったのではないかと思う。

このあと、パネルディスカッション「次世代海洋資源調査技術へかける期待」が行われた。7人のパネラーで進めるディスカッションにもかかわらず時間はたったの50分。ずいぶん無茶なことをするなと思ったが、示唆に富んだ意見を聞くことができたのは幸いだった。以下は、そのあらましだ。

まずは、各パネラー語ったプロフィール、SIPへの期待を簡単にまとめると以下だ(発言順)。

【伊藤直和さん・海洋調査協会 専務理事】
海洋調査協会は海上保安庁海洋情報部など国土交通省関係の仕事を担う中小企業の集まりだが、会員企業が新しい市場を求めて挑戦しようとSIPに賛同。これまでは受注仕事が中心だったが、各企業が自ら海底すれすれの世界に挑み「ここ掘れワンワン」を目指せるようにしたいと願っている。

【河合展夫さん・次世代海洋資源調査技術研究組合 理事長】
石油、天然ガスの地震探査の専門家として(株)地球科学総合研究所の常務取締役をつとめているが、民間企業として海洋資源調査技術を大きく進めるために2014年12月に同社の呼びかけで、石油資源開発、新日鉄住金エンジニアリング、三菱マテリアルテクノとともに「次世代海洋資源調査技術研究組合(J-MARES)」を発足。4年前に浦辺徹郎氏の講演を聞き民間の力を結集すべきと思い、手をあげた。海洋エンジニアリングを行う各社の強みを発揮し調査技術のデータを共有していきたい。

【廣川満哉さん・石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)金属資源技術部担当審議役】
鉱床地質学が専門で海底熱水鉱床の調査技術開発を手がけてきた。日本近海では、銅、亜鉛、鉛、金、銀などを含む海底熱水鉱床がすでに20ヵ所で発見されている。海底熱水鉱床での採鉱・揚鉱に成功した国はないが、日本で発見された鉱床は水深700m〜1600mと浅い所に分布しているため開発に有利。その資源量評価、採鉱・揚鉱、環境影響評価、選鉱・製錬の4分野での取り組みを進めて、民間企業の参入を促し、平成30年代後半以降の商業化プロジェクト開始を目指している(一部JOGMECのWEBから引用)。

【浦辺徹郎さん・次世代海洋資源調査技術プログラムディレクター】
「海のジパング計画」の総とりまとめ役。「海のジパング計画」の理解向上を目指して今回のシンポジウムを開催した。参加者からの要望などを寄せてほしいと願っている。海洋資源調査は、現場に行ったとたん大型のアベック台風の発生など厳しい環境での仕事になる。また、陸上での資源調査と比べ機器開発には時間がかかりコストも10倍ほどになるとされ、その苦しいところを歩いている。幅広い意見に耳を傾けながら望ましい道を探っていきたい。

【浦環さん・次世代海洋資源調査技術サブプログラムディレクター】
九州工業大学・社会ロボット具現化センター長(特別教授)。山林や田畑などのフィールドで機能する極限環境ロボットの技術開発をテーマとしているが、深海底のロボット開発を目指している。今、大きなロボットブームが起こっているが若い世代は「ロボコン」が盛んなようにロボットが好き。その若い世代のパワーを引き出していきたい。

【堀田平さん・次世代海洋資源調査技術サブプログラムディレクター】
JAMSTEC理事であり「海のジパング計画」の牽引役のひとり。海洋工学者として海底資源探査を手がけてきた。JAMSTECはこれまで世界に負けない先端の科学技術を目指し大きな実績をあげてきたが、「海のジパング計画」では発想変えて産業振興を目指し、ローテクを巧みに活用し低コストの技術、多くの企業が参入可能となる役立つ技術を広げていきたい。その挑戦的な取り組みによる成果を楽しみにしている。

【山根一眞・ノンフィクション作家、獨協大学特任教授】
しんかい6500」に搭乗・取材する唯一のジャーナリストとして沖縄トラフの熱水噴出孔を見てきた経験がある(しんかい6500」第1000回記念潜航)。その深海底での調査作業をつぶさに見た経験から、「海のジパング計画」が目指す取り組みはきわめて大胆で困難な仕事となることが予想される。日本はとんでもないことを始めたという実感がある。しかし、世界6位の広さをもつ排他的経済水域には、とんでもないお宝が多く眠っているはず。「海のジパング計画」は、50年後、100年後の日本を見据えたプロジェクトの幕開けとなるが、大きな予算を投じる必要があるため、国民の理解賛同が必須と思う。

それぞれの取り組みや問題提起をもとに語られたテーマは大きくわけて2つ、「海洋調査の技術開発の課題」と「海洋調査技術開発を担う若い世代の参加」だった。

【「海のジパング計画」での技術開発の課題】
「石油探査でも、わからないことだらけ。ましてや熱水鉱床となれば、さらにわからないことが多々」と、石油、天然ガスの地震探査を手がけてきた河合展夫さん。「SIPによって思いがけない新しい発見が続々と出てくることは間違いない。それは大きな楽しみであり、興味が尽きない」と抱負を語った。

そのためには今後、数兆円から数十兆円という大きな予算が必要だ。

廣川満哉さんの、「民間企業はコスト意識が大きい。当然ながらつねに陸上資源の調査・採掘とのコスト比較を念頭においておかなくてはならず、その克服を目指していく必要がある」という意見、意識は当然ながら各パネラー共通だ。

しかし、浦辺徹郎さんは、足踏みしていては「世界に負ける」として、EUの動向を引き合いに出した。

「2015年は世界中の眼が海に向かった年であり、とりわけEUが調査技術開発を着々と進めていることが明らかになった。EUでは、コスト低減が実現すれば多くの企業が参入するはず。一方日本は、海洋調査技術ではEUのはるか先にいるものの、”決断”に遅れるのが日本の常。そういうことがないように邁進していきたい」

企業がこの分野に参入するためには「低コスト」が鍵。
低コストという課題には、日本がこの先進技術で世界のイニシアチブをとることが重要だ。日本がそのグローバル・スタンダードを手にするという決意が必須。浦辺徹郎さんがEUの動向を見据えた競争意識をもち、迅速な「決断」を続けていく必要性を語ったのは、そのためでもある。
「世界と戦える体力を産官学でいかに培うかがきわめて重要」という堀田平さんが、この分野で日本が世界に大きく遅れてしまったことへの警鐘を鳴らしていたことを思い出した。

「(日本は)周回遅れどころか、5周ぐらい世界に後れを取っています。1980年代までは、石油掘削の分野で日本は世界に追随できていましたが、今では存在感がありません。(略)しかし、海底の金属資源に限ると、欧米はまだ着手していません。技術開発で先行できれば、日本は世界のフロントランナーになれます」
このインタビュー記事の中で掘田さんは、この分野で日本がグローバル・スタンダードを手にする可能性があると語っていた。
「生態系調査の分野でチャンスがあると考えています。(略)(JAMSTECは)かなり前から海洋生物の調査を手掛けており、機材も持っています。(略)海のジパング計画を通じて、海底の生態系を調査する技術やマニュアルを作り国際機関に働き掛けていく。そうして、日本流の生態系調査のやり方を世界の「スタンダード」、標準にしていきたいのです」(2015年3月25日「日経ビジネスONLINE」)  今回のシンポジウムでは時間切れで、深海の生態系については触れることができなかったのは残念だった。

日本発のグローバル・スタンダードに関して伊藤直和さんは企業の立場からも、「ものつくり企業にとって今は多くの障壁があるが、世界に売れるパッケージの開発力を持てば大きな輸出産業にできる」と指摘。しかし、「開発した調査技術を検証する”場所”の選定が難しい」という意見に対して堀田平さんが、シンポジウム前のスピーチでも紹介された海洋資源調査のために伊豆大島沖に海底ケーブルを敷設する計画をふり返り、「将来そういうものがあれば民間でも開発した機器の簡単な検証が可能になり、世界に負けぬ先端技術が生まれる。そういういい循環が生まれる」と期待を口にした。

日本が世界のイニシアチブをとる海洋資源調査技術を手にするためには、それを支える人材開発は大きな課題だ。
シンポジウムのパネラーも参加者も、年齢層が高いこの分野のベテランが中心だったため、山根一眞は、「SIPが30年、50年後を見据えたものである以上、若い世代、平成生まれ世代(30歳までの世代)の積極的な取り組みが必須と思う」と発言。それを受けた浦辺徹郎さんは、「すでに6大学がSIPの輪の中に入ってくれた」と説明。また、会場の平成生まれの意見を求めたところ2人が挙手した。

一人は、「この分野に興味があるが、就職先としてどんな企業があるのか?」と質問した。
その問に対して河合展夫さんは、「何に興味があるのか、何をしようとしているのかを、まず考えてほしい」と助言。
J-MARESが開催する「物理探査見学会」に物理探査の地質専門家ではない文化系(平成生まれ)の大学生が参加。現場を見ながら「目をきらきらさせていたのが印象的」だったと披露。女性研究者も増えているが、「海洋関連大学の卒業生でも就職先のポストが少ないため、その斡旋をしているが間口が狭い」ことが問題だと発言。

もう一人の発言者、東京海洋大学の学生の、「海洋資源を学ぶコースはごくわずか。若い世代が学べる場を多くしてほしい」という意見に対して、浦環さんは、「海の工学的人材をかつては10の大学にあった船舶工学の学部学科が担っていたが、日本の造船業の衰退とともに手薄になった。しかし、日本が深海のフロンティアを目指すためには、大学でも研究のフロンティアが実現できなければならない。そこで、2017年度から東京海洋大学は資源エネルギー学部と大学院を発足。神戸大学も海洋鉱物資源の新たなコースを立ち上げる予定で、高知大学、鳥取大学も動き出している」と心強い回答があった。
また堀田平さんは、「SIPのプログラムのために民間の若い人材を公募、ともに技術開発へ動き出しており、密な議論や情報交換、技術の相互供与が盛んになってきた、官各省庁の壁を乗り越えた研究所どうしの研究連携も始まっている」と補足してくれた。

浦環さんによれば、「北九州市には海洋関係の部門がある優れた中小企業があるが就職先として選んでくれる学生が少ないのが悩み。そういう企業はTVでCMをするわけではないので企業の存在も仕事も知られていない」として、この分野での広報をどうするかという課題があることを指摘した。

それに対して山根一眞は、「長年見向きもされなかった宇宙関連のものつくりの中小企業が『下町ロケット』というテレビ番組で一気に話題になった。本が出ただけではそれほどのフィーバーは起こらなかったことを考えると、SIPの全面支援のもとで『下町しんかい』というドラマを放送するのがよい。町工場グループが開発し、深海に潜航、観測に成功した『江戸っ子1号』のようなムーブメントをさらに広げるべき」と提案。小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還によって日本の宇宙探査は日本中を熱くし(拙著が原作のほか映画が3本も製作された)、「宙(そら)ガール」という女性宇宙ファンが増えた。「SIPには膨大な予算を投じることを考えると、国民の支持は何よりも必要。それを知らしめ『深海ガール』が生まれるような発想をもってほしい」と、発想の転換を求めた。

浦環さんの、「海が好きになればブームを作れる、そのためには海のプレゼンスが大事。しかし、海に面した東京に住んでいても、海を見る機会はとても少ない。欧州のお金持ちは自分のクルーザーで地中海を走らせることを楽しみにしている人が多いが、日本のお金持ちで海に出る人は少ない。彼らが日本の海の将来を担う投資家となってもらうためにも、海への関心をどう高めるかを考えなくてはいけない」という意見も興味深かった。

私(山根一眞)は、JAMSTECが長年にわたって大きな成果をあげてきた深海生態系の研究にも、海洋資源・エネルギーのヒントがあるはずと提言。「しんかい6500」で見てきた熱水噴出孔の驚くべき生物集団は、太陽エネルギーに依存する「光合成」ではなく、地殻からわきあがる化学物質を還元することでエネルギーを得る「化学合成」をしている。その「化学合成」機能を持つ生態系の研究を進めることで、新しい画期的なエネルギー資源を得ることが可能になるかもしれない。「海のジパング計画」が取り組む深海探査を、従来の「科学研究」とは異なる「産業振興」にシフトするものと早計することなく、深海生態系の研究にも一層力を入れてほしいと希望を述べた。

SIPのシンポジウムは今回が2回目だったが、議論を重ねなくてはならない課題が多くあることを実感した。今後は、今回のような総論シンポジウムに加えて、「わかりやすく楽しい」各論のシンポジウムの機会を増やしてほしいと思う。

山根 一眞

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