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超先鋭研究プログラム

成果 (論文の内容紹介)

[2014年]

「世界で初めて海から好熱性メタン酸化菌を単離」
平山 仙子 主任研究員

Methylomarinovum caldicuralii gen. nov., sp. nov., a moderately thermophilic methanotroph isolated from a shallow submarine hydrothermal system, and proposal of the family Methylothermaceae fam. nov.
Hirayama H, Abe M, Miyazaki M, Nunoura T, Furushima Y, Yamamoto H, Takai K.
Int J Syst Evol Microbiol. 2014 Mar;64(Pt 3):989-99.

 私達の研究グループでは以前、沖縄県・八重山諸島のひとつ、竹富島の沖合にある浅海熱水活動域(竹富海底温泉)で調査を行いました。ここは石垣島と西表島の間に広がる日本最大級の珊瑚礁海域、石西礁湖(せきせいしょうこ)の中の海底温泉という色々な意味で何とも魅力的なところです。

直径50-60 mのすり鉢状の地形の中心、水深23mの最深部から50℃以上の熱水が湧き出ています。実はここで昔、温泉を引こうと工事をしかけて頓挫したそうで、現在もその名残の土管が埋まっています。土管や母岩の亀裂から噴出する温泉は、ダイバーが冷えた体を温める癒しのダイビングスポットにもなっているようです。残念なことにうちのグループでは誰一人ダイビングライセンスを持っていないため、現場をこの目で見ていませんが(ボート上にてサンプル処理に備え待機してました)、共同研究者が潜った時、オジサマダイバーが温泉のお湯にあたりながらいつまでも寛いでおられ、サンプリングできず大変困ったとか。熱水は噴出した瞬間に約30℃の周辺海水と混ざるので、お湯加減がちょうど良くなり離れられなくなるそうです。

約50℃という熱過ぎず冷た過ぎずのヒトにも微生物にも絶妙な熱水には硫化水素が含まれ、また熱水とともに約70%がメタンから成るガスも噴出しています。太陽光が十分届き光合成も起きるため、暗黒の深海熱水域とはひと味違った微生物生態系が形成されているはず。土管にはバクテリアマットがモサモサ。期待が高まります。

そこで我がグループの精鋭達がそれぞれの得意技を駆使し微生物ハンティングに挑むこととなりました。期待通り、採取した熱水やバクテリアマットから多くの新規微生物の単離に成功し、これまでに3株を新属新種、1株を新種として正式に記載しています。そこへ更にもう一つ、

海洋の熱水活動域からは世界初となる、中等度好熱性の好気性メタン酸化菌を単離し、新属・新種 Methylomarinovum caldicuralii として正式に記載


したのがこの論文です。好気性メタン酸化菌とはメタンをエネルギー源および炭素源として生育する好気性細菌で、今のところあまり世間から注目されることもありませんが、地球環境の維持に不可欠な存在であることは間違いありません。( ̄^ ̄) ドヤッ!



、、、、、私、それまで深海の熱水活動域から好気性メタン酸化菌を単離しようと試みてきましたが、正直に申しますと全くもってウンともスンともでした(泣)。



 ところが竹富海底温泉のサンプルは培養開始後すぐに、あれ?もうナンカ生えてる??
浅い海って、もしやオイシイ!?(・・以下省略)
こうして海からは初の好熱性メタン酸化菌の単離にあっさり成功しました!
名前は、属名 Methylomarinovum が「メチル化合物を使う海の卵形のもの」、種名 caldicuralii が「熱い珊瑚」という意味合いの言葉。つまり「珊瑚の海の熱水域でメチル化合物を使って生きる卵形の菌」という、まさに “ありのままの名前” となっております。
そして、“ありの〜ままの〜姿” は図1をご覧下さい


図1、「メチル化合物を使う海の卵形のもの」!!

 52℃の熱水から単離したこの菌は45-50℃で最も良く増殖し、また最高55℃までは生育できることを確認しています。ただ、保存に関しては要注意?! 私は通常定期的に植え継いで保存していますが、この菌、うっかりすると生えてこなくなり眠れぬ夜を過ごす羽目に陥ります。以前、陸上地下鉱山の熱水から好熱性メタン酸化菌 Methylothermus subterraneus を単離した時も、絶命しかけ辛くも命を繋いだことがありましたが(もちろん菌がね)、どうも好熱性メタン酸化菌は保存中の死滅率が高いようで、植え継ぐ場合はあまり間をあけてはいけないようです。


 さて、この論文では、Methylomarinovum 属を含めた3つの属を新しい科に分類することも提唱し認められました。好気的メタン酸化菌は大きく4つのグループに分かれますが、海洋に生息するのは最大勢力 Gammaproteobacteria 綱のグループ。実質的にはすべて Gammaproteobacteria綱・Methylococcales 目・Methylococcaceae 科に分類されていました。
私も最初は Methylomarinovum 属を Methylococcaceae 科の新属として記載しようとしましたが、新属の Methylomarinovum 属、 Methylothermus 属、そして Methylohalobius 属の3属5種が Methylococcaceae 科の他の属とは様々な点で異なっていることは気づいていました。

 高温や高塩濃度で生育できるといういわゆる極限環境微生物の特徴をもち、細胞膜の構成脂肪酸も、16S r RNA遺伝子の系統も、その他の種とは明らかに違っています。実は深海底熱水孔周辺のサンプルからもこの3属に近縁の遺伝子が数多く検出されており、高温の極限環境に適応した種を多く含む系統であることが予想されます。

 そこで系統関係を精査すると、なんとこの3属がメタン酸化とは無関係の Chromatiales 目を挟んで他の属と明確に分断されてしまったのです。こうなるといずれ目レベルで新しい分類群にすべきかも知れませんが、今回はまず3属を新しい Methylothermaceae 科に分類することにしました(図2)。


図2、16S r RNA遺伝子配列を元にした系統樹
図中の赤字が今回の主役菌「メチル化合物を使う海の卵形のもの」!!


 これでひとまず3属5種について、「あの、他とはちょっと違う系統の何属と何属を含む系統群は〜」といった説明的な記述をせずに済むようになりました。

名前があるってとっても便利ですね。もし人、物、事に分類、定義、名前がなかったら、何かを説明することは至難の業。

 そう考えると、人、物、事を適切に分類し(何が適切かはさて置き)名付ける仕事は、地味だけど大切な仕事だと思うのです。そして適切に分類し名付ければ、その名前は今後何十年、いやもしかしたら何百年も使われ続けるかも知れないのです。
(換言すると、適切でない場合は後で誰かにあっさり変えられちゃうかもね・・・・
ということ)
自分はとうに存在しない未来の世で、自分が付けた名前が使われている・・。んー、なんかちょっとすごいかも、って思いませんか?
 分類学以外ではよほどの大発見でない限り、自分の研究成果の痕跡を100年後の世界においてもはっきりと示すことは難しい気がします。

  さて、 Gammaproteobacteria 綱に属する好気性メタン酸化菌の中で、単離され正式に記載されているのは、つい1週間ほど前(2014年10月末時点で)に論文がin pressで出たものを含めて48種(18属)です。そのほとんどは陸域で単離されており、今のところ海洋からはたった8種(7属)だけ
でもメタン酸化菌に特有のメタン酸化酵素遺伝子の解析から、実は海洋のメタン酸化菌は Gammaproteobacteria 綱において、ものすごく多様性が高いことが分かってきました。深海熱水チムニー、熱水性堆積物、熱水プルーム、冷湧水周辺サンプル、酸素極小層と、あちこちの海洋サンプルから検出されるメタン酸化酵素遺伝子の系統を調べると、属レベルで新規のものが100以上は存在し、種レベルでは軽く数百〜千種はいると予想されます。
 これは現時点での情報を基にした概算で、実際のところ解析すればするほど新しい系統が見出されるといった状況です。海洋微生物によるメタン酸化、その全容は未だベールに包まれています。


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論文の内容紹介を読んでみて Q&A


★ お湯加減がちょうど良くてもメタンとか硫化水素の出ている所に人が長く居ても大丈夫なんですか?

    ここを訪れる人は空気のタンクを背負ってるダイバーなので大丈夫です。

★ メタン酸化菌はなんで地球環境の維持に不可欠なの?

    メタンは温室効果ガスで、その効果は二酸化炭素の20倍以上にもなります。 地球上ではメタンはありふれた物質で、主に地下圏で生成します。 メタンを消費するものがいなかったら、地下圏から漏れ出たメタンが大気中へ どんどん放出され溜まっていき、地球温暖化が進行する可能性が高いでしょう。 メタンを他の物質に変換することができる生物は、知られている限りでは メタン酸化菌だけです。メタン酸化菌は地球環境と密接に関わる炭素循環 の観点から不可欠な存在と考えられます。 なお、メタン酸化菌には嫌気性の菌と好気性の菌が居り、 両者は系統が全く異なります。

★ 「定期的に植え継いで保存」って書いてある”植え継ぐ”って?

    植え継ぎとは、培地中で菌が増殖したら、 その菌の一部を種菌として新たな培地に植え、また培養・増殖させることです。 つまり、培養を何代も繰り返すことで菌の命を絶やさないよう繋いでいくということです。

★ 「うっかりすると生えてこなくなる」、うっかりは例えば何をうっかりするとダメなの?

    うっかり植え継ぎを忘れているとダメ、ということです。 培養後の菌は、徐々に死滅したり、休眠状態に入って 植え継いだ時になかなか増殖してこなくなります (中には何年経ってもへっちゃらな強者もいますが)。 ある程度菌が元気なうちに植え継ぎをしないといけませんが、 状態にはバラツキがあります。 また菌の活きを保つための最適な保存条件は菌によって違いますので、 それぞれの特徴を把握することが必要です。

★ 今回見つけた新しい菌を使って今後どんな研究をするんですか?

    Methylothermaceae 科の本命は深海底熱水活動域に生息する 好熱性メタン酸化菌です。それらの単離や生態学的研究のために、 今回見つけた菌の生理特性や遺伝情報を活かしたいと考えています。

★ ものすごく多様性が高いのに、なんで今までは深海から8種だけしか見つかってないんですか?

    深海から8種ではなく、深海・浅海を含む海洋から8種です。 これは簡単には答えられない質問ですね。 答えがわかっているなら、今すぐ知りたいくらいです。 そこに居るのは分かっているけど、培養できない。 メタン酸化菌に限らず、陸域を含めて自然環境中の多くの菌がそういう状態にあります。 思いも寄らない要素が必要だったり、生育できる条件が非常に限られているのかも知れません。 あるいは我々とは違う時間スケールで生きているため、 生えているように見えない可能性もあります。

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