文字通り、電気をかけながら培養する微生物の培養方法。概念としては図1のような感じになる。実際は、条件を細かく設定するために、もう少し複雑な仕掛けになる。
ズバリ、「電気を食べる微生物」の捕獲だ。
「電子を食べる微生物」とも言い換えられる。電極から放出される電子を細胞内に取り込んでエネルギー源にする微生物である(図2)。
何年も以前から電気を食べる微生物の存在は予想されてきたが、それを実際に証明することは難しかった。 2015年、日本の研究グループによって、初めて微生物が電気を食べて成長する様子が観察され、微生物が電気をエネルギー源に使えることが実証された。
(文献1、英語論文)
これまで、生物が利用できるのは化学エネルギー(化合物に蓄えられたエネルギー)と光エネルギーだけと信じられてきた。これは、生物が生きるためには、そこにエネルギー源となる化合物または光がなくてはならない、ということを意味する。第3のエネルギー源として電気が加わったことで、化合物や光がなくても電気があれば生物が生きられることになるので生物の生存可能領域は格段に大きくなり、それだけ生物の利用価値が増大する。
(図3)
自然界で発生する電気と言えば稲妻や静電気のような放電現象を想像するだろう。空気中への放電には高い電圧が要求されるが(稲妻で数億V、静電気で数千V)、今回の話ではこのような高圧電流は関係がない。
「電気を食べる微生物」に必要な電圧は、0.3 ~ 1 V程度と予想される。これは乾電池よりも小さい電圧で、この程度の電圧であれば自然環境中のいたるところに存在する。電圧は物理的・化学的に不均一な場所で生じるが、環境中は基本的に不均一な世界だからだ。電流が生じるためには電圧間をつなぐ導電体が必要だが、これは環境中に存在する鉱物がその役割を果たすと期待できるし、微生物自体が導線をめぐらす例も知られている(文献2、英語論文)。
微小な電流は地中などの環境で頻繁に発生していると考えられる(図4)。
近年の私たちの研究で、
深海熱水噴出孔にかなり大きな電流が発生していることが判明した。
(図5、文献3と文献4、英語論文)
深海熱水噴出孔は自然界でもっとも大規模で安定な発電所と言える。
生態系全体が電気の影響下にあるとさえ言って良い。これほどの恵まれた電気環境なので、電気を食べる微生物がたくさん棲んでいると期待できる。
私たちはこの場所に電気合成生態系が存在すると考えている。
光エネルギー・化学エネルギーを使って有機物を生産することをそれぞれ「光合成」・「化学合成」と呼ぶ。地上では日光を使って光合成を行う植物などが有機物生産を担い、それを消費者たる動物等が食べるので、「光合成を起点とした生態系」が繁栄していると言える。
今回の研究の場合、電気エネルギーを使って有機物を生産するので「電気合成」と呼べる。
電気合成生物が生態系の生産者となって全体のバイオマス量を支配する生態系を
「電気合成を起点とした生態系」
と呼ぶことができる(図6)。
生態系の全部が電気エネルギーで支えられているわけではない。実際には、熱水に含まれる、硫化水素やメタンなどの化学エネルギーを直接取り込む化学合成生態系が支配的だ。しかしながら、電気合成微生物も潜んでいると考えられる。今までその存在に気づかなかっただけだ。深海熱水噴出孔周辺では、おそらく化学合成と電気合成を合わせた生態系が作られているだろう(図7)。
現在までのところ、「電気のみを食べる微生物」は発見されていない。「ふだんは化合物を食べるけど電気も食べられる微生物」という微生物が発見されている。実は、環境中の微生物の多くはこのような兼業的な電気食い能力を保有しているとも考えられ、生態系中には電気合成と化学合成が常に混在しているのかも知れない。
「電気を食べる」とは、電極のような導電体から電子を引き抜く能力を持つという意味だ。何のための電子を引き抜くかと言えば、電気の力で水素イオンポンプを動かすためだ。ポンプで汲み上げられた水素イオンは、ATPと呼ばれるエネルギー通貨の生産に使われる。実は、化学合成生物も光合成生物も、細胞内ではこの電動の水素イオンポンプを動かしてATPを作っている。生体エネルギーを生産するシステムはほとんどの生物で同じなのだ。ポンプを動かす発電機のエネルギー源の違いが、化学合成、光合成、電気合成の違いになっているだけなのだ。(図8)
現在、自動車の燃料に多様性が生じているように(ガソリン・軽油・エタノール・水素・電気・日光など)、生命も進化の中で多様なエネルギー源に対応してきた。どのようにエネルギーを確保するかが生命の最大テーマの一つと言っても良い。今、私たちは電気を利用する微生物の存在に気づき、生命の生存可能空間がこれまでの想像以上に大きく拡がっていることを知った。
「地球上に存在する微生物の99%以上を、人類はいまだ培養できていない」とは、しばしば指摘されることだが、その正体の一部を知る手がかりを得たのだ。
化学反応は、電子移動で記述でき、熱力学と動力学の制御下にある。したがって、連続的な化学反応の流れで構成されている細胞内の代謝ネットワークは高度に集積された電子回路と解釈できる。生命の進化の歴史はこの集積回路の発展の歴史とも換言できる。最も原始的な集積回路が最初の生命の姿なわけだ。
生命システムを電気的に捉える一連の研究は、究極的には、「生命はどこから来てどこへ向かうのか?」という人類最大のテーマを扱っていると言えるだろう。
と言うか、そういう段階にまで達したいと思う。
今回は「電気を食べる微生物」をテーマに研究の紹介をした。
しかし、何も電気にこだわる必要はない。エネルギーをいかに獲得するかは生命のテーマだ。エネルギーの種類の数だけ生命システムも存在するという可能性を考えるのが生命科学者の務めだと思う。熱エネルギー・機械エネルギー・核融合エネルギーを食べる生命体がいないとどうして言い切れようか。人類にとって地球はまだまだ未開だし、宇宙はさらに宏大で深淵だ。私たちの知らない生命システムがあって然るべきなのだ。
科学を語るとき、それを心から楽しみたいと思う。
一聞すると荒唐無稽と思われる、だけれども面白い仮定を提起し、そこから確実に反証される部分を削ぎ落とし、本当に実在し得る可能性の部分のみを残すという工程を繰り返すことで一つの仮説を洗練させていくという作業、そしてそれを検証する方法の模索を、科学を愛する人たちとの議論の中で行えれば至上の喜びである。
酒があれば尚良し。参加者求ム。