平成29年度公開シンポジウム「温暖化対策を
気候モデルでどう理解するか」

PD(プログラム・ディレクター)からのメッセージ

 統合的気候モデル高度化研究プログラムの開始にあたって

PD  住 明正
文部科学省技術参与
東京大学 サステイナビリティ学
連携研究機構 特任教授

 2017年7月の九州北部豪雨に見られるような集中豪雨が発生するなど、全国各地で時間雨量50ミリを超すような豪雨が観測されています。「地球温暖化が進むにつれて強い雨が増加する」という気候モデルの予測が、現実のものとなってきたように感じます。最近では、2015年の国連サミットで採択された「持続的な開発目標(SDGs)」に見られるように、地球温暖化問題を単独で考えるのではなく、他の目標と連携して包括的に対応することが求められています。日本においても、気候変動に対する適応策の推進が図られており、関係府省庁が密接に連携して必要な施策を推進することが求められています。また、不確実性を伴う気候変動の影響に適切に対応するためには、地球温暖化に関する科学的な知見を充実させることが不可欠です。
地球温暖化に関する科学的な知見を与える重要な分野に、気候モデルによる気候変動の理解、将来予測が存在します。日本は、世界に衝撃を与えた地球シミュレータの開発とともに、それを用いて気候変動の理解と地球温暖化予測の高度化を継続的に進めてきました。この伝統を引き継ぎ、気候モデルをさらに発展させようとするのが、平成29年度から5年間の予定で始まった「統合的気候モデル高度化研究プログラム」です。
地球シミュレータの開発以降、我々の地球温暖化予測に関する科学的知見は大きく深化しました。気候変動には“自然の揺らぎ”の考慮が不可避でありますが、地球温暖化がどれほど寄与したかを算定する手法が新しく開発されてきました。また、雲の扱いなど気候に影響を与える物理過程に関する取り扱いも大きく進展しました。今では、雲をあらわに表現するような気候モデルが、産業や生態系への影響評価など多様な局面で活用されるようになりました。
本研究プログラムでは、気候モデルをさらに発展させ、社会経済シナリオとの連携を図り、具体的な地域での適応計画に気候モデルの知見を反映することを目的としています。この過程で発せられる社会からの問いに対し真摯に取り組むことが、新しいサイエンスの扉を開くことと考えています。今後のご支援・ご鞭撻をお願いいたします。

 

 

講演要旨

温暖化対策の基盤となる気候モデルの情報 ~排出削減の長期目標にモデルの情報はどのように活用されるか~

筒井 純一 (つつい じゅんいち)
電力中央研究所 
環境科学研究所 副研究参事

 地球温暖化を抑制するための二酸化炭素(CO2)等の排出削減は、世界全体で長期にわたって取り組むべき課題です。2015年に採択されたパリ協定では、今世紀後半に、世界全体の排出量を実質的にゼロにする目標を掲げています。この長期目標の背景には、これまでの気候モデル研究で分かってきたこと、とりわけ、気温上昇が累積的なCO2排出量とほぼ比例関係にあるという知見があります。ただし、現状ではこの比例定数の推定に大きな幅が残されています。このため、今後の排出削減の道筋をより確かなものとするには、さらに研究が必要です。

 本講演では、気候モデルで得られる多くの情報の中から、ゼロ排出に向かう長期目標の科学基盤となる部分に注目します。モデルの詳細や不確実性を低減する鍵については、後段の二つの講演で述べられます。ここでは、気温上昇と累積CO2排出量の比例関係の仕組みを説明し、パリ協定の目標に適合する排出削減の道筋が、気候モデルの情報に基づいてどのように定まるかを示します。また、CO2のゼロ排出を達成する時期や、CO2以外の要因の効果なども含めて、長期目標に関する科学的な論点を整理します。

 

 気候変動対応策から見た気候モデル研究進展の価値

秋元 圭吾 (あきもと けいご)
地球環境産業技術研究機構
システム研究グループリーダー

 パリ協定では産業革命以前比で2℃未満に十分抑える、1.5℃に抑えるよう追求するとしています。しかし、これまでの温室効果ガス排出削減(温暖化緩和策)の多くの分析結果は、それら目標を実現するために要する費用は相当と推計しています。また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がとりまとめてきたような排出削減費用の推計は、世界で費用最小化を実現したとしたときの費用である一方、現実の世界ではその実現は困難であり、一層の費用が必要となります。そのような中、一方で、気候変動予測や温暖化影響被害推計などに、大きな不確実性が存在しています。典型的には気候感度の不確実性が挙げられ、その不確実性により、仮に同じ気温上昇目標を想定したとしても、求められる温室効果ガス排出経路は大きく異なってきます。そして、それによって、排出削減費用も大きな差異が生じます。

 本講演においては、このような点について、定量的な分析結果を踏まえながら指摘を行います。その上で、気候予測研究、気候モデル研究の進展によって、気温予測の不確実性の幅を低減できることの経済的な価値について論じます。

 

 気候予測の不確実性を理解する ~気候感度の研究の現状とこれから~

小倉 知夫 (おぐら ともお)
国立環境研究所
主任研究員

 地球温暖化の対策を立案する際、根拠を与えるのが数値シミュレーションによる気候予測の結果です。しかし、気候予測の結果は「21世紀末までの気温上昇が1.1~2.6℃」というように幅を持つことが特徴です。気候予測の結果が幅を持つことは決して無視できる問題ではありません。何故なら、地球温暖化が社会へ及ぼす影響の見積もりにも幅が現れてしまい、どのような対策を実施すべきかの判断が難しくなるためです。気候予測の結果がこのように幅を持つ理由としては様々な要因が挙げられます。しかし、その中で特に注目を集めるのが、気候感度の値に幅があることです。気候感度とは、大気中の二酸化炭素濃度を仮に倍増させた場合に地球全体の平均地表気温が最終的に何度上昇するかというもので、その値は「1.5~4.5℃の可能性が高い」と見積もられています。いま、世界各国の研究者が気候感度の見積もりの幅(不確実性)を理解し、もし可能であれば低減させるべく、研究に取り組んでいます。どのような考え方でこの問題に対処しようとしているのか、研究の現状と、これからの見通しについてお話します。

 

 地球システムモデルで炭素排出と気候変化の関係を理解する

立入 郁 (たちいり かおる)
海洋研究開発機構 ユニットリーダー

 パリ協定では温暖化抑制目標が温度(気温)で設定されました。二酸化炭素(CO2)の排出量と温度上昇の関係を詳しく推測するためには、大気・海・陸についての物理的なモデルに陸・海の生態系などの物質循環のモデルが結合されている、地球システムモデル(ESM)が必要になります。ESMを用いた研究によって気候―炭素循環の相互作用の理解が進んだことで、温暖化目標を達成するためのCO2排出量の逆算が可能になったということができます。また、ESMでは、地球上の各地域の陸域・海洋生態系の応答を物理的な応答とともに再現しているため、地球全体の平均気温の上昇のみならず、どのようなプロセスが組み合わさってその気温上昇が生まれたのか、そしてその気温上昇が地球上の各地域にどのような影響を及ぼすのか、を評価することができます。

 本講演ではまず、ESMがどのようなものかを、不確実性の大きさや観測データとの比較を用いたその低減の試みとともに説明します。次に、それぞれのESMが持つ特性が、累積CO2排出量と温度上昇の関係、ひいてはカーボンバジェット(温度目標達成のために許されるCO2排出量)にどのように影響を及ぼすかを説明します。合わせて、社会経済モデルとの連携を含めた、本プログラムテーマBにおけるESMを用いた貢献について紹介します。

 

総括および質疑応答

木本 昌秀 (きもと まさひで)
プログラム・オフィサー
文部科学省技術参与
東京大学 大気海洋研究所 副所長・教授