プロジェクトの成果
プレート境界浅部巨大地震性滑りのメカニズムが明らかに
これまでプレート境界断層浅部は地震性滑りを引き起こさない領域とされてきましたが、東北地方太平洋沖地震では、海溝軸付近で約50mの水平地殻変動と、約7-10mの垂直地殻変動が推定されており、これが巨大津波発生の原因になったものと考えられています。

「ちきゅう」では、なぜ、これまで地震性滑りを起こさない領域である海溝軸付近にまで断層運動としての破壊(滑り)が伝播したのかを調べるために、日本海溝の海溝軸付近において深海科学掘削を行いました。採取された地質試料から実際に巨大地震を引き起こしたプレート境界断層を構成している岩石の種類と物性を明らかにするとともに、断層面及び近傍の残留摩擦熱の温度変化を長期(9ヶ月間)にわたり直接計測しました。

東北地方太平洋沖地震の発生時、日本海溝軸付近まで破壊が伝搬したプレート境界断層は、水深6,900mでの掘削地点では海底下深度820mの所に存在し、その断層は、強度が低く、かつ透水性が低い遠洋性粘土(スメクタイト)を約78%と多量に含んでいることが明らかになりました。地震時に断層の摩擦発熱により膨張した間隙水(プレート境界断層物質の隙間にある水)が透水性の低い地層に挟まれて逃げ場を失うことにより間隙水圧を上昇させて断層を滑りやすくさせた(剪断応力を低下させた)と考えられます。残留摩擦熱の計測データの解析結果からも、滑りが生じた時の摩擦係数は0.08程度と非常に小さい値が見積もられており、断層が極めて滑りやすい状態であったと推定されました。 また、このプレート境界断層は5m未満の厚さしかなく、しかもスメクタイトを多量に含み強度が低いため、断層が動きやすいことも、巨大地震/津波を発生させた要因と考えられます。 つまり、今回の地震が大きな変位を伴って巨大な津波を発生させたのは、地質条件に起因したスメクタイトに富む滑りやすい断層であったこと、さらに断層運動時の摩擦発熱による間隙水圧上昇により、非常に低い剪断応力のもと断層が滑ったことが原因と結論づけられました。









2013年12月6日に報道発表

1. Structure and composition of the plate-boundary slip zone for the 2011 Tohoku-Oki earthquake
Science, 6 Dec 2013: Vol. 342 no. 6163 pp. 1208-1211
DOI: 10.1126/science.1243719


2. Low coseismic shear stress on the Tohoku-Oki megathrust determined from laboratory experiments
Science 6, Dec 2013: Vol. 342 no. 6163 pp. 1211-1214
DOI: 10.1126/science.1243485


3. Low coseismic friction on the Tohoku-Oki fault determined from temperature measurements
Science 6, Dec 2013: Vol. 342 no. 6163 pp. 1214-1217
DOI: 10.1126/science.1243641

巨大すべりの発生メカニズムが断層掘削試料の水理学的解析により明らかに


東北地方沿岸における津波堆積物の分析や歴史地震の解析では、東北沖で過去にM8クラスの巨大地震が起きていたことを示す結果が認められます。一方で、掘削で得られた試料等を用いた摩擦実験などによると、断層物質自体の摩擦の性質は、プレート境界浅部ではすべりを促進させない安定すべりの性質(すべり速度が増加すると摩擦が増加する性質)を示すことから、50mにもわたる巨大すべりは発生しないと考えられていました。そこで、断層内部の流体の動きと地震の関係に注目して、地震時の摩擦発熱に伴う流体圧の増加がすべり摩擦力を低下させて浅部のすべりを促進させるという研究仮説を立てて、室内実験と数値モデルにより検証しました。






東北地方太平洋沖地震調査掘削では、巨大地震発生メカニズム解明の手がかりとして、海底地形が最も変動した地点(C0019地点;水深6889.5m)において掘削を行い、北米プレート(上盤)と沈み込む太平洋プレート(下盤)の境界面を含む海底下850.5mまでの堆積物のコア試料を取得しました。

得られたコア試料を用いてプレート境界断層近傍の流体の移動しやすさ(透水係数)を評価したところ、プレート境界断層は近傍の堆積物と比較して、はるかに低い透水係数を示すことが明らかになりました。このことは、断層内部で流体の移動が難しいことから、摩擦発熱によって一時的に増加した流体圧が長時間保持されうるため、すべり摩擦力下が促されることを示唆しています。さらに実験結果をもとに、数値モデリングによって間隙水圧(プレート境界面にある地下水等の圧力)の変化を計算したところ、プレート境界断層浅部では、すべりとともに流体圧が急激に上昇し、摩擦が低下することがわかりました。

以上のことからプレート境界において深部の震源から始まった断層の破壊が浅部に伝わったときに、浅部で流体圧が急激に増加して、すべり摩擦力が急速かつ急激に低下した結果、浅部で大きなすべりが引き起こされると考えられます。今後の研究成果と合わせて、東北地方太平洋沖地震で津波が巨大化した原因の究明が進むと期待されます。

2013年10月8日に報道発表
航海の科学報告書が出版されました
The Proceedings of the Integrated Ocean Drilling Program, Expedition 343/343T, Japan Trench Fast Drilling Project (JFAST)
DOI:10.2204/iodp.proc.343343T.2013

>>ちきゅうラボ・データセンター
科学報告書(Proceedings)
プレート境界断層を含む温度データの回収に成功
無人探査機「かいこう7000-II」による回収作業の様子(掘削孔から伸びる棒状の物が長期孔内温度計の上端部) 平成25年4月26日撮影
無人探査機「かいこう7000-II」による回収作業の様子(掘削孔から伸びる棒状の物が長期孔内温度計の上端部)
平成25年4月26日撮影


深海調査研究船「かいれい」船上に回収された長期孔内温度計 平成25年4月27日撮影
深海調査研究船「かいれい」船上に回収された長期孔内温度計
平成25年4月27日撮影

平成25年4月21日より深海調査研究船「かいれい」による研究航海を実施し、平成24年7月に地球深部探査船「ちきゅう」による研究航海「東北地方太平洋沖地震調査掘削-Ⅱ」で設置した長期孔内温度計を無人探査機「かいこう7000-II」により、4月26日夜に回収しました。また、回収した長期孔内温度計からデータを取り出したところ、断層付近を含む地層温度が計測されていることを確認しました。

この長期孔内温度計は、統合国際深海掘削計画(IODP)第343次研究航海の一環として、東北地方太平洋沖地震で海底地形が最も変動した海溝軸付近の地点の掘削孔内に設置され、大きく滑ったプレート境界断層及びその付近の地層の温度変化を約9か月間記録しています。

今後、記録されたデータの検証・解析を行い、巨大地震発生時にプレート境界断層が滑ったことで生じた摩擦熱の推定を行います。その結果を、すでに取得されている地層の物性データ等と合わせて、巨大地震発生時のプレート境界断層の摩擦特性を分析し、巨大津波を発生させた海溝軸付近でのプレート境界断層の滑りのメカニズム解明に取り組んでいく予定です。このように、海溝型地震において地震発生後早期にプレート境界断層の温度計測を実施することは世界で初めての試みです。
なお、研究成果については、論文等としてまとまった段階で公表します。

2013年4月30日に報道発表
震源域の応力状態変化を明らかに~科学雑誌サイエンスに掲載~

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海溝型巨大地震は、海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む際にプレート境界断層に応力が蓄積され、それが解放されることによって発生すると考えられています。従来、応力の蓄積は沈み込みが深部まで達した領域のプレート境界断層(固着領域)で生じ、蓄積された応力の一部を短時間に解放して地震動を発生させており、沈み込み開始地点近傍である海溝軸付近では、プレート境界断層の固着が極めて小さく地震動を発生させるほどの応力は蓄積しないと考えられていました。
しかし、東北地方太平洋沖地震では、地震直後の震源域付近の海底地形と地殻構造の調査結果により、震源近傍の北米プレートが50m以上東南東へ移動したことや、地震を発生させたと推定される断層が海溝軸まで及んでいること等、従来の考え方では理解しがたい現象が確認されました。このため、「ちきゅう」により断層運動の起こった現場の掘削調査を行い、得られるコア試料や地層物性データ等を分析することによって、このような現象の発生メカニズムを解明することが求められていました。

東北地方太平洋沖地震調査掘削では、巨大地震発生メカニズム解明の手がかりとして、地震発生時に地層内の応力がどのように変化したかを調べるため、海底地形が最も変動した地点(C0019地点;水深6889.5m)において掘削同時検層を行い、北米プレート(上盤)と沈み込む太平洋プレート(下盤)の境界面を含む海底下850.5mまでの地層の物性データを取得しました。
得られたデータを解析して応力の作用による掘削孔壁の圧縮性破壊(ボアホールブレークアウト)を見出し、孔壁に生じたひび状の局所的な崩壊の方向や幅から、地震発生後の地層内の応力状態が北東-南西方向に伸張する応力場であることを明らかにしました。




このことは、これまでの調査結果から震災前は太平洋プレートの沈み込みに伴い北西-南東方向の圧縮場であったと考えられる海溝軸付近の地層の応力状態が、蓄積されていた応力が地震発生時にほぼ全て解放されることによって伸張場に変化したことを示しており、この大規模な応力の解放により、東北地方太平洋沖地震において津波が巨大化されたと考えられています。
地震発生後早期のプレート境界断層付近の応力状態を定量的に明らかにしたのは世界で初めてであり、本成果は、従来地震のエネルギーを蓄積せず地震性滑りが発生しないと考えられていた海溝軸付近の断層においても、エネルギーを蓄積し大きな滑りが発生し得るということを世界で初めて裏付けるものです。

2013年2月8日に報道発表
科学雑誌Science掲載論文
著者:林為人(JAMSTEC)他、統合国際深海掘削計画第343次研究航海乗船研究者一同
航海の予備報告書が出版されました
Integrated Ocean Drilling Program Expedition 343/343T Preliminary Report Japan Trench Fast Drilling Project (JFAST)
The Digital Object Identifier (DOI) for the report is doi:10.2204/iodp.pr.343343T.2012

なお、本航海で取得したデータとサンプルの公開は、航海終了から1年後を予定しています。

>>ちきゅうラボ・データセンター
予備報告書(Preliminary Report)
航海の一次報告書が出版されました



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東北地方太平洋沖地震の震源域での掘削調査を行っていた地球深部探査船「ちきゅう」は、2012年7月16日に長期孔内温度計の設置に成功しました。
長期孔内温度計は、プレート境界断層の摩擦熱の長期変化を直接観測することで巨大地震と津波を引き起こした断層の摩擦特性を解明することを目的としたものであり、これにより、巨大津波を発生させた海溝軸付近でのプレート境界断層の滑りのメカニズム解明が期待されます。
このような、海溝型地震において地震発生後早期にプレート境界断層に到達し、現場の温度計測を実施することは世界で初めての試みとなります。
なお、長期孔内温度計は、将来に無人探査機「かいこう7000II」による回収を予定しています。
2012年7月19日に報道発表
プレート境界断層帯からデータとサンプルの採取に成功



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東北地方太平洋沖地震の巨大地震と津波を引き起こしたプレート境界断層の摩擦特性の解明を目的とし、これまでの調査研究から海底面が非常に大きく変動したと推定されている宮城県牡鹿半島東方沖の海域において、海底からプレート境界に到達する海底下850.5mまでの掘削同時検層を行い、地層の物性データを取得するとともに、海底下648m~844.5mの区間で、断層を含む地質試料を採取しました。
掘削同時検層、地質試料の採取、掘削孔内における温度計測により得られたデータを総合的に解析し、巨大地震発生時のプレート境界断層の摩擦特性(断層が高速で滑ったときの摩擦熱、断層帯の岩石の化学的性質、間隙率等)を分析し、巨大津波を発生させた海溝軸付近でのプレート境界断層の滑りのメカニズム解明に取り組みます。
海溝型地震発生後早期に得られたプレート境界断層のデータに基づいて滑りのメカニズムを解明する取り組みは、世界初の試みであり、その成果は、今後発生が懸念されている東海・東南海・南海地震等の巨大地震やそれに伴う津波に対する防災・減災に資するものと考えています。
一方、プレート境界断層の摩擦熱を計測するために掘削孔内に設置予定であった温度計については、同作業に不可欠な水中テレビカメラシステムのケーブルに不具合が生じたため、設置を今夏に延期することにしました。
2012年5月25日に報道発表
記者発表資料
プレート境界断層帯からデータとサンプルの採取に成功


「東北地方太平洋沖地震調査掘削」において、掘削孔C0019Bで掘削同時検層を実施し、海面から孔底までの総ドリルパイプ長が7740m(水深6889.5m、掘削深度850.5m、水深を訂正)となりました。
このパイプ長は、科学掘削としては、1978年にアメリカのグローマ―チャレンジャー号がマリアナ海溝チャレンジャー海淵で達成した7049.5m(水深7034m、掘削深度15.5m)を超え、世界最長記録となります。

(2012年7月19日追記)
さらに、掘削孔C0019Dへの長期孔内温度計の設置において、海面から孔底までの総ドリルパイプ長が7752.31m(水深6897.5m、掘削深度854.81m)となりました。
2012年4月27日に報道発表