プレスリリース


プレスリリース

2007年10月24日
独立行政法人海洋研究開発機構

インド洋ダイポールモードの前兆現象を捉えることに成功
〜気候変動予測精度の向上に期待〜

1.概要

海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境フロンティア研究センター気候変動予測研究プログラムは、地球規模で異常気象を引き起こすインド洋ダイポールモード(IOD)現象(以下、IOD現象)(※1)および太平洋のラニーニャ現象の今秋の発生の予測に、昨年に引き続き成功しました。また、同機構地球環境観測研究センター気候変動観測研究プログラムでは東部赤道域インド洋におけるトライトンブイ(※2)による観測データにより、このIOD現象の発生・発達過程の観測を行い、その前兆現象として海洋内部の水温が低下していることを、初めて明らかにしました。

IOD現象が2年連続で発生したり、IOD現象とラニーニャ現象が同時に発生することは非常に希な現象です。このような気候変動の予測に成功するとともに、IOD現象に伴う海洋内部での変動を現場観測で捉えることに成功したことは、今後の短期的な気候変動の予測精度の向上につながり、気候変動予測研究を大きく前進させるものと期待されます。

2.背景

IOD現象とは、インド洋東部(ジャワ島沖)で数年おきに海水温が下降し、西部(アフリカ沖)では上昇する現象で、通常5月から6月に発生し、10月ごろに最盛期になり12月には減衰します。1999年の発見後、世界各地に豪雨、旱魃、猛暑など、さまざまな異常気象を引き起こすことが明らかになっています。このため、その発生を事前に予測することが社会的にも期待されており、世界各国で多くの研究が進められています。

当機構でもIOD現象に関する研究を進めており、2006年に発生したIOD現象とエルニーニョ現象については、その前年の2005年11月の時点で発生を予測することに世界で初めて成功しました(平成18年10月16日プレス発表:参考)。

また、本年9月下旬の人工衛星による観測では、昨年に引き続き、本年も再びIOD現象が発生していることが確認されました。実際、IOD現象の影響と考えられる豪州での干ばつや東部アフリカにおける豪雨などが既に報告されています。

3.内容

(1) 2007年IOD現象の予測
1.方法:先端的大気海洋結合モデル(SINTEX-F1)(※3)により2007年4月の観測データを用いて予測を行いました。
2. 結果:(図1

数値モデルによれば、2007年9〜11月の海面水温は、インド洋東部と太平洋東部で平年より海面水温が低くなる結果が現れており(図1の黒実線および破線の円内)、インド洋にIOD現象、太平洋にラニーニャ現象が発生することが予測されました。人工衛星(NOAA/AVHRR)(※4)による観測結果(図2)でもIOD現象とラニーニャ現象が同時に発生していることが確認され、数値モデルによる予測が的中していたことを示しています(※5)。これにより、6ヶ月前に今秋のIOD現象の発生が予測できたことになります。

図1. SINTEX-F1結合モデルを用いた2007年IOD現象とラニーニャ現象の予測結果
 2007年4月の状況から2007年9〜11月の海面水温の平均値からの偏差の分布を予測した結果。黒実線および破線の円内は、共に海面水温が低いことを予測しており、それぞれインド洋のIOD現象と太平洋のラニーニャ現象に対応する。観測された海面水温偏差(図2)に示されるように、今秋のIOD現象とラニーニャ現象の同時発生を予測していたことが分かります。

図2. 人工衛星が捉えた2007年9月のインド洋・太平洋熱帯域海面水温偏差の分布
 平年よりも低い海面水温が、インド洋ではスマトラ島・ジャワ島の沖合(黒実線円内の海域)と、東部熱帯太平洋域(黒破線円内の海域)に見られ、IOD現象とラニーニャ現象が発生していることが分かります。

(2) 2007年IOD現象の観測
1.観測データ: 東部インド洋に設置したトライトンブイ2基によって観測した海水温データ(水深0m〜300m)
2.観測結果(図3

今年9月に発生したIOD現象を発生初期である6月初旬から成長するまでの9月初旬までの海洋内部の水温変化を詳細に捉えることに成功しました。

特に、IOD現象発生の3ヶ月前である6月頃から、既に海洋内部の水温が極端に低下し、これが長期にわたり持続していることが確認されました(図3中楕円部)。同様の海洋内部の低温偏差は2006年のIOD現象発生時にも見られており、これは重要な前兆現象である可能性を示唆しています。

通常、IOD現象が発生すると、その翌年にはその偏差が逆転する負のIOD現象(※6)となる傾向が強く、今回の様にIOD現象が連続した2年で発生したことは、1950年代以降の観測史上初めてです。加えて、IOD現象とラニーニャ現象が同時に発生することも希で、1967年に一度発生して以来40年ぶりとなります。

今回、この極めて稀な気候変動現象の状況を予測し、同時に現場観測データから前兆現象を捉えることに成功したことは、短期的な気候変動の予測研究を著しく進展させるものです。

図3.トライトンブイ観測による2007年IOD現象の発生発達期の観測結果
 2007年1月から9月始めにかけて、南緯1.5度、東経90度(上図)および南緯5度、東経95度(下図)で観測された海面から深さ300mまでの水温の平均場からの差。寒色系(暖色系)の色のついた領域は、平年よりも水温が低下(上昇)していることを現しています。どちらの観測結果にも、今秋9月のIOD現象発生よりも3ヶ月程度早く、既に6月始めには強い負の水温偏差が観測されており(黒線円内)、IOD現象の前兆現象を捉えているものと考えられます。

4.今後の方針

IOD現象は、熱帯域での顕著な季節内変動(※7)に大きく影響を受けることが分かっています。今年のIOD現象発達期にも、季節内変動の影響により発達が遅れる影響が現れました。季節内変動の精度の良い予測は未だに難しく、より良い予測のためにはリアルタイムで提供される観測データが不可欠です。このためにも、ブイ観測網の充実が喫緊の課題となっており、今後、インド洋での観測を増強していく予定です。

※1:インド洋ダイポールモード(IOD)現象
インド洋熱帯域で発生する大気海洋結合系の代表的な気候変動モード。太平洋のエルニーニョ現象とよく似た現象。1999年に地球環境フロンティア研究センターの山形プログラムディレクターとSaji研究員(現在、APEC気候センター主任研究員)らがインド洋における本現象を発見し、IODと名付けてネイチャー誌に発表した。IOD現象が発生すると、インド洋東部の海面水温は通常よりも低下し、これに伴ってインドネシアやオーストラリア等で旱魃傾向となる。一方、西部インド洋では海面水温が上昇し、大気の対流活動が活発化するために通常よりも降水量が増加する。2006年のIODの際には、東部熱帯域のアフリカ諸国で洪水が多発し、百万人以上が避難せざるを得ない等の被害にあった。

※2:トライトンブイ
西太平洋熱帯赤道域を中心に当機構が設置(一部インド洋にも設置)している、海洋観測ブイ。深度750メートルまでの海水温度と塩分濃度を観測するほか、風、大気温度、湿度、降水量、日射量、潮流の観測も行う。観測されたデータは、人工衛星を通じ提供され、エルニーニョやダイポールモード現象などの研究や台風発生等の気象予測の精度向上等に寄与している。

※3:先端的大気海洋結合モデル(SINTEX-F1)
日欧科学技術協定の一環として進められたEUとの共同研究のもとで開発された大気および海洋の変動を計算機上で求める数理モデル。世界でも最先端の大気モデルと海洋モデルを結びつけ、大気海洋間の相互作用も再現できるようにしたもの。

※4:NOAA:米国海洋大気庁。AVHRRは、Advanced Very High Resolution Radiometerの略。

※5:オーストラリアや東部アフリカ諸国の地元紙では、それぞれの地域が旱魃や洪水 傾向にあることを既に報告しており、これもIOD現象の影響と考えられる。

※6:負のIOD現象
通常のIOD現象とは逆に、インド洋東部の海面水温は通常よりも上昇し、西部インド洋では海面水温が低下する状況を負のIOD現象と呼ぶ。このような水温変動と関連する大気の変動に伴って、インドネシアやオーストラリア等では多雨傾向となる一方、東部アフリカ諸国では小雨傾向となる。

※ 7:季節内変動
熱帯域の大気中に見られる数十日程度の周期を持つ変動で、その代表的なものとして、赤道上で地球を一周する方向に変動の峰と谷が1つずつ存在する擾乱が40〜60日周期で東進するマッデン-ジュリアン振動(MJO)が知られている。MJOの振幅は、東部インド洋から西部太平洋にかけて大きく、海洋表層の状況に大きく影響を与えていると考えられている

お問い合わせ先

(本研究について)
地球環境フロンティア研究センター 気候変動予測研究プログラム
グループリーダー 升本 順夫 電話:03-5841-4665(東京大学大学院理学系)
地球環境フロンティア研究センター
研究推進室長 増田 勝彦 電話:045-778-5700
地球環境観測研究センター
研究推進室長 續 辰之介 電話:046-867-9398
(報道について)
経営企画室
報道室長 大嶋 真司 電話:046-867-9193