プレスリリース


プレスリリース

2008年03月13日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人北海道大学

メキシコ湾流から対流圏全層への影響を発見!

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)地球シミュレータセンター計算地球科学研究開発プログラムの吉田 聡研究員、小守 信正研究員が参加する国際研究チーム(メンバー:国立大学法人北海道大学(総長 佐伯 浩)の見延 庄士郎教授(本論文の主筆)、吉田研究員、小守研究員及びハワイ大学・国際太平洋研究センターの謝 尚平教授、ジャスティン・スモール研究員)は、メキシコ湾流(以下湾流)が対流圏全層におよぶ温度・降水・風の構造に影響を与えていることを発見しました。これは、湾流が熱帯から運び込んだ熱を大気に放出することによって、大気境界層(※1)から対流圏上層にいたるまで影響を与えていることを、世界で初めて示したものです。この研究は、地球の気候がどのように形成されているかの理解を大きく進めるとともに、今後湾流および黒潮などと大気との相互作用の研究に、大きな影響を与えることが予想されます。この成果は3月13日付の英国雑誌ネイチャーに掲載されます。

2.背景

北大西洋を流れる湾流は、最大で毎秒約15000万トンもの流量を持つ、黒潮と並んで北半球最大の海流です。ヨーロッパが北米よりも温暖であるのは、この海流が運びそして大気に放出する膨大な熱量がその理由の一つとされています。湾流が大気に与える影響は、日単位や週単位の比較的短期間の現象である低気圧生成などについては過去の研究でも知られていました。しかし、月単位よりも長い時間スケールを持つ気候に湾流がどのような影響を与えているのかは、未解明でした。これは、湾流からの影響を見出すために必要な、空間的に解像度が高く、かつ、時間的に長期の観測および数値計算の実行がごく最近まで不可能だったためです。

3.研究方法の概要

このような背景から研究チームは、近年利用可能となった衛星観測データ、高解像度の大気解析データ、さらに「地球シミュレータ」における高解像度な大気の数値計算モデルとを駆使することで、従来の研究に比べはるかに高い水平解像度(0.25度〜1度)で湾流がどのように大気に影響しているかを評価しました。この解像度は、多くの気候研究で用いられているデータの解像度(2〜2.5度)よりも数倍から十倍程度高く、この高い解像度によって、湾流の大気への影響を世界で初めて明らかにすることが可能となりました。

4.結果の概要

今回得られた一連の結果は、湾流が運ぶ膨大な熱が鍵となって、表面付近から対流圏上層にいたるまでの大気に強い影響を及ぼすことを示しています。

(1) 表面風速の収束と発散

これまで不明であった、表面風速が湾流の上で収束し、それよりも内陸側で発散するメカニズムが明らかになりました (図1ab)。研究チームは、この収束発散の分布と、表面気圧の凹凸(図1c)とが非常によく一致することを世界で初めて発見しました(※2)。このことは、湾流によって暖められた大気は軽いために、大気の重さによって生じる気圧が相対的に低気圧となり、それよりも内陸側では比較的冷たく重いので相対的に高気圧になることを意味しています。この気圧の勾配に押されて空気が動くことで、収束と発散が形成されます。

(2) 狭い降水帯の発生

湾流とともに蛇行する狭い降水帯が生じていることが、衛星降水量データの解析で、初めて明らかになりました(図2a)。この特徴もやはり、湾流からの熱放出の一環です。海から大気への熱供給の大部分は、水が水蒸気になることによってなされます。その水蒸気が大気中で凝結して降水となるのです。

この降水分布を、「地球シミュレータ」上の大気大循環モデル(AFES)(※3)を用いたシミュレーションで再現することに成功しました(図2b)。この狭い降水帯には湾流に伴う海洋表面水温の急な勾配が必須であり、その勾配を緩くすると降水帯は消滅します(図2c)。また、急な水温勾配は、そこに低気圧を集中させる効果があることも、シミュレーションで示されました(図3)。これらの結果は、湾流が降水量および低気圧の分布に重要な影響を与えていることを示しています。

(3) 対流圏の影響

凝結に伴う大気加熱は,湾流の影響が大気境界層を越えて自由大気にまで到達していることを示唆しています。実際に、湾流上では、対流圏上層にまで及ぶ上昇気流が生じていることが明らかになりました(図4a)。さらに、湾流に沿って対流圏上層での雲の発生頻度が高いことが、衛星計測による外向き赤外放射の解析から示されました(図4c)。

また対流圏まで達する上昇気流は対流圏上層での水平発散を引き起こし(図4b)、そこで惑星波(ロスビー波とも呼ばれる)を励起して、遠方にも影響することが予想されます。実際に線形大気モデルによって、ロスビー波の応答を評価すると、図5に示すようにロスビー波伝播によってヨーロッパにまで至る応答が得られました。

5.今後の展望

以上述べたように本研究により、一連の大気応答が湾流からの熱放出によって生じていることが明らかになりました(図6参照)。この成果は、中緯度における大気海洋相互作用の研究に新しい局面を開くものです。例えば、古気候データに見られる突発的な気候変動において、北大西洋の変動がどう大気に影響するかは謎とされていましたが、本研究結果は湾流の変動を通じて大気に影響する経路を示唆するものです。また将来の地球温暖化においては、湾流がその一部である北大西洋の熱塩南北鉛直循環が弱まることがIPCCの第四次報告書で予想されています。この鉛直循環の弱化は湾流にも影響する可能性は高く、そうなった場合には本研究の結果から周辺の気候に影響を及ぼすことは確実であり、また遠方の気候にも影響する可能性は高いと考えられます。

本研究では北大西洋の湾流に着目していますが、同様の過程は他の海流でも生じていると考えられます。本研究の結果は、湾流に匹敵する熱を大気に放出している黒潮も大気に重要な影響を与えている、ということを強く示唆するものです。ただし予備解析を実施したところでは、黒潮から大気への影響は、湾流から大気への影響よりも複雑である模様であり、黒潮から大気への影響を明らかにするには、さらなる研究が必要です。今後は、「地球シミュレータ」での数値計算などを通じて、黒潮から大気への影響についても、研究を進めて行く予定です。

※本研究は、21世紀COE「新・自然史科学創成」および科学研究費補助金の助成を受けています。

※1
大気境界層:地表または海洋表面から数百m〜2km程度までの、表面の影響を直接受ける大気の層。湾流付近の平均的な境界層の高さは、数百m〜1kmになる。また、境界層よりも上の大気は、自由大気とも呼ばれる。
※2
凹凸の程度は曲率で表現され、数学的には気圧の空間2階微分(ラプラシアン)で現される。
※3
大気大循環モデル:流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の温度・湿度や流れの変化を計算するためのプログラム。AFES (Atmospheric general circulation model For the Earth Simulator) は、地球環境フロンティア研究センターの協力の下、地球シミュレータセンター大気・海洋シミュレーション研究グループが中心となって開発・改良している大気大循環モデルで、高解像度の大気循環を「地球シミュレータ」上で高速に計算できる。本研究では50kmの水平解像度を用いている。

図1.海洋表面における物理量の年平均値。カラーは(a)地衡流速,(b) Quikscat衛星で観測された10-m風速の収束、(c)海面気圧の凸凹の程度で、等値線は海洋表面水温である。等値線の間隔は2℃ごとで、10℃と20℃を点線としている。

図2.降水量の年平均値(カラー)。降水量はそれぞれ、(a)衛星降水観測、 (b)観測された表面水温を与えた大気大循環シミュレーション、(c)平滑化した表面水温を与えた大気大循環シミュレーション、による。等値線は図1同様海洋表面水温である。

図3.(a)観測された表面水温を与えた大気大循環モデル、(b)平滑化した表面水温を与えた大気大循環シミュレーションで得られた、年平均の低気圧の密度(カラー)。低気圧の密度は、6時間ごとの出力で2.0°×2.0°のグリッド毎に集計した、半径300km以上の低気圧の個数である。等値線は図1同様海洋表面水温である。

図4.大気境界層と自由大気とをつなぐ物理量。(a)上向き鉛直風速(カラー)、大気境界層の高度(黒線)、風の収束(等値線、±1, 2, 3×10-6 s-1)で、それぞれパネル(b)の緑の矩形で湾流に沿う方向に平均されている。(b)500 hPaと200 hPaの等圧面の間で平均された風の収束(カラー)。(c) 衛星計測による高い雲を意味する外向き赤外放射が160 W m-2以下となる日中の頻度(カラー)。パネル(b)(c)の等値線は図1と同じ、海洋表面水温である。またパネル(a)(b)の量は、現業解析によって得られている。

図5. 湾流からの加熱に対する線形大気モデルの250 hPaにおける応答。カラーは等圧面高度(m)を、
等値線は流線関数(106 m2 s-1)を示している。

図6.湾流に対する大気応答のまとめ。海洋表面水温の前線(黒破線)の沖側の湾流(緑の長い矢印)上で相対的に低い大気圧に伴う表面風の収束と降水の強化(赤い影)が生じる。一方、前線の岸側では相対的に高い大気圧に伴う発散が生じている(青い影)。収束と発散は、フロントを横切る風(灰色の短い矢印)によっている。風の収束と強化された降水の上方では、対流圏上層にまで及ぶ上昇風が生じ(黄色の矢印)、それはまた上層の発散(青い楕円)と高い雲の発生と密接に関係している。

図7.海洋研究開発機構地球シミュレータセンター高度計算表現法グループの荒木文明、川原慎太郎研究員によって作成された、年平均の上昇風速(赤いほど速い)と海洋表面の地衡流速(白いほど速い)の3次元分布図。

お問い合わせ先:

(本研究について)
海洋研究開発機構
地球シミュレータセンター 大気・海洋シミュレーション研究グループ
研究員 吉田 聡 電話:045-778-5866
北海道大学 大学院理学研究院
教授 見延 庄士郎 電話:011-706-2644
(報道について)
海洋研究開発機構
経営企画室
報道室長 大嶋 真司 電話:046-867-9193
北海道大学
総務部広報課
三本木 毅 電話:011-706-2610