プレスリリース


プレスリリース

2008年04月24日
独立行政法人海洋研究開発機構

アジア域の大気汚染物質排出シナリオを用いた将来のオゾンの増加予測

概要

海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境フロンティア研究センター大気組成変動予測研究プログラムの山地一代研究員・秋元肇プログラムディレクターらは、国立環境研究所の大原利眞室長、九州大学の鵜野伊津志教授と共同で、中国の経済成長を考慮したモデルによる東アジア域のオゾン(※1)の将来予測を行いました。

現状推移型(※2)で推移する場合、2020年における中国華北平原(図1のNCP)におけるオゾン濃度(※3)は夏季(6〜8月)の3ヶ月平均で約18 ppb増加し、その影響で、わが国の本州中部(図1のCJP)ではわが国自身のNOxの排出量が減少すると予測されているにも関わらず、夏季平均で約6 ppb増加することが分かりました。

この成果は近日中に米国地球物理学会誌[Journal of Geophysical Research]に掲載される予定です。

背景

昨年は新潟県、大分県において初めての光化学オキシダント注意報が発令され、その他の地域でも発令回数が増加する傾向があるなど、オゾンに対する中国などアジア域からの越境大気汚染の懸念が議論されています。しかしわが国のオゾン濃度の推移予測に関し、中国のNOx排出量の増加予測を組み込んだ研究は、これまで行われていませんでした。

内容

本研究では、これまで当研究グループが開発したアジア域の大気汚染物質排出インベントリ(REAS)(※4)の結果をもとに、領域化学輸送モデル(RAMS/CMAQ)(※5)を用いて、東アジアにおけるオゾンの将来予測を行いました。このうち、中国の排出シナリオについては、2000年を基準年とする現状推移型、持続可能性追求型、対策強化型(※3)の3つのシナリオを作成し、2020年までの計算を行いました。

その結果、わが国の本州中部(図1のCJP)のオゾンは、現状推移型の場合、わが国自身のNOxの排出量が減少すると予測されるにも関わらず、夏季(6〜8月)の3ヶ月平均で約6ppb増加することが分かりました。また、中国華北平原(図1のNCP)のオゾンは夏季平均値で約18ppb増加することが分かりました。

これらの結果は、将来の中国におけるNOxなどの排出削減対策が、中国自身の環境保護のためばかりでなく、わが国の光化学汚染対策にとっても重要であることを示しています。

なお、本研究は環境省地球環境研究総合推進費プロジェクト「アジアにおけるオゾン・ブラックカーボンの空間的・時間的変動と気候影響に関する研究」(代表:秋元 肇)の一環として行われたものである。

詳細説明

(1)計算条件等

1.
計算領域(図1)
外側領域(RAMS領域)(※5):空間分解能80km×80km間隔の気象計算場
内側領域(CMAQ領域)(※5):空間分解能80km×80km間隔の化学輸送計算場
2.
外側領域境界条件:全球モデル(CHASER)の計算結果を使用
3.
領域モデル計算に用いたアジア発生源データ:REAS(※4)による0.5°×0.5°メッシュ

(2)NOx排出量の将来予測

1.
中国以外のアジア域に対しては、「持続可能性追求型」一つのケースでのみ計算。
2.
中国に対しては2000年を基準年とした「現状推移型」「持続可能性追求型」「対策強化型」の3つのシナリオの下での将来予測を行っている(図2)。
ただし、将来予測の基準年が2000年であり、2000年以降の中国の急速な経済発展により、2005年には衛星観測データによると、現状推移型で予測した排出量を大幅に上回っている。従って、このままのペースで排出量が増加すれば、2020年における排出量は「現状推移型」シナリオによる予測を大幅に上回ることになる。こうしたことから、ここで「現状推移型」シナリオに基づいて計算された値は、今後相当に対策を強化して初めて達成される値と思われる。このため、本研究では「現状推移型」「持続可能性追求型」「対策強化型」の3つのケースでの計算を行ったが、本資料では「現状推移型」による計算結果について取りあげる。

(3)オゾン濃度将来予測結果

1.
6月の月平均(図3上段)
 図3の左列は、中国からのNOx, VOC, COの排出が現状推移型(2000年基準)シナリオに従った場合の東アジアにおける2020年の地表付近オゾン濃度の分布予測である。また、右列は2000年と比較した2020年におけるオゾン濃度の増加を表す。上段は中国華北平原でオゾン濃度が最も高くなる6月についての1ヶ月平均値であり、2020年には華北平原北部では2000年に比べ18〜24ppb増加して、85〜105ppbに達する。わが国の本州以南では2020年には2000年に比べ8〜14ppb増加して、65〜75ppbに達する。
2.
通年平均(図3下段
 図3の下段の図から1年間の平均では、オゾン増加は中国の華北平原南部から揚子江南部地域で最も大きく(12〜14ppb)、わが国の本州以南における増加は4〜8ppbである。
3.
夏季(6〜8月)の平均
 夏季(6〜8月)の3ヶ月平均で見るとわが国の本州中部(図1のCJP)のオゾンは、わが国自身のNOxの排出量が減少すると予測されるにも関わらず、約6ppb増加する。また、中国華北平原(図1のNCP)のオゾンは約18ppb増加する。

注記説明

※1
:オゾンは光化学オキシダント(大気汚染物質から光化学反応によって生成される酸化性物質の総称。オゾン、過酸化水素、有機過酸化物などの化学物質の総称)の主成分である。オゾンは成層圏では紫外線を吸収するといった有益な面もあるが、反応性が強いため人体には有害であり、吸入するとぜんそく等の呼吸器障害を引き起こす可能性がある。
※2
:現状推移型は燃料消費や環境対策が現状のまま推移し排出量が最も増加するシナリオ。持続可能性追求型はエネルギー対策や環境対策を適度に進めたシナリオ、排出量は3種類のシナリオの中位。対策強化型はエネルギー対策や環境対策を強力に進めることにより、排出量が最も少ないシナリオ。
※3
:日本の継続測定局における光化学オキシダント(主要な成分はオゾン)濃度の日中の年平均濃度は25〜30ppb程度(全日の年平均濃度は25ppb程度)。
※4
:排出源や排出量などの情報を一覧にしたものを排出インベントリといい、REASはRegional Emission Inventory in Asiaの略で海洋研究開発機構、国立環境研究所などが作成した大気汚染物質などの地表人為発生源からの排出量データセット。
※5
アジア域や日本域など、特定の領域における汚染気体の輸送や化学反応を計算することが可能なモデル。本研究で用いられたCMAQは米国環境保護庁(USEPA)で開発されたモデルで、本研究では水平スケールは80kmで計算を行っている。また、RAMSはCMAQなどと組み合わせて用いられる気象場のモデル。

図1 計算に用いられたモデル領域

 RAMS DOMAIN(外側)は、空間分解能が80km×80km間隔の気象モデル(RAMS)の計算領域。CMAQ DOMAIN(内側)は、空間分解能が80km×80km間隔の化学輸送モデル(CMAQ)の計算領域。CJPとNCPは、オゾンの濃度評価を行った我が国の本州中部と中国の華北平原を示す。

図2 REASによる中国の窒素酸化物(NOx)排出量の3つのケースでの将来予測。
過去の排出量に対しては、衛星観測データとREASの比較を示す。

図3 中国が現状推移型(2000年基準)シナリオに従った場合の、地表付近における2020年の東アジアオゾン濃度分布(左列)及び2020年と2000年とのオゾン濃度の差(右列)。上段は6月の1ヶ月平均、下段は通年平均。

お問い合わせ先:

(研究内容について)
地球環境フロンティア研究センター
大気組成変動予測研究プログラムディレクター 
秋元 肇 Tel: 045-778-5710
大気組成変動予測研究プログラム 研究員 
山地 一代 Tel: 045-778-5719
研究推進室長 
中村 英俊 Tel: 045-778-5700
(報道について)
経営企画室
報道室長 
村田 範之 Tel: 046-867-9193