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2009年8月7日
独立行政法人海洋研究開発機構

中国での二酸化窒素の大気中濃度、
2007〜2008年はこれまでの最高レベルに
-1996年以降、増加止まらず。我が国への越境大気汚染を示唆-

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境変動領域物質循環研究プログラムの入江仁士研究員らは、欧米の対流圏大気化学衛星センサー(OMI)(注1)のデータを解析することにより、中国での二酸化窒素(NO2)の大気中濃度が1996年以降、増加の一途をたどり、2007〜2008年はこれまでの最高レベルに達したことを世界で初めて明らかにしました(図1)。

また、最近(2005〜2008年)のデータを解析した結果、北京周辺に比べて増加速度が著しい地域があったことも分かりました(図2)。これは、特定の大都市周辺だけではなくその他の地域においても大気汚染対策が必要であることを示します。同期間、我が国において光化学的オキシダント濃度(注2)の全国的な上昇が注目されましたが、その原因であるNO2 濃度について、我が国では横ばいもしくは減少する傾向を示しました(図2)。このことは、我が国国内での対策のみならず国を超えた対策が急務であることを示しています。

本研究は、環境省地球環境研究総合推進費「東アジアにおける広域大気汚染の解明と温暖化対策との共便益を考慮した大気環境管理の推進に関する総合的研究」及び文部科学省地球観測システム構築推進プラン対流圏大気変化観測研究プロジェクト「地上からの分光法による対流圏中のガス・エアロゾル同時立体観測網の構築」の一環として進められました。

この成果は8月8日に日本気象学会の英文レター誌「Scientific Online Letters on the Atmosphere」(オンライン版)に掲載されます。

タイトル Characterization of OMI tropospheric NO2 measurements in East Asia based on a robust validation comparison
著者名 入江仁士、金谷有剛、高島久洋、James F. Gleason、王自発
2.背景

最近、我が国におけるオキシダント濃度の全国的な上昇が報じられ、特に2007年5月には長崎県、大分県及び新潟県においてはじめて光化学オキシダント注意報が発令されました。こういった最近の光化学オキシダントの原因として、我が国の風上に位置する中国から排出された窒素酸化物等の増加の影響が示唆されています。この越境大気汚染問題は地球温暖化と同様に、我が国だけの問題として捉えていては解決できません。しかしながら、中国における窒素酸化物の大気中濃度の経年変化や地理分布は明らかになっておらず、その実態はよく分かっていませんでした。当機構では、こういった大気環境の変化がいつ、どこで、どのぐらいの大きさで起きているのかを知るために、高空間解像度の対流圏大気化学衛星センサー(OMI)のデータを解析しました。

3.研究方法の概要

OMI の高解像度データが利用可能な2005年から2008年までの期間において、まずは、当機構が実施したMAX-DOAS法(注3)による地上からのリモートセンシング観測のデータを使って、OMIデータを検証しました。それに基づき、2005年から2008年までのNO2濃度の変化を緯度経度0.5度(およそ50km)の格子毎に見積もりました。

4.結果と考察

2005年から2008年までの期間についてOMIデータを解析したところ、中国東部の華北平原を中心とした領域においては、NO2濃度が年5%の速度で増加していたことが明らかになりました(図2)。2005年以前については、別の衛星センサー(GOME(注4)やSCIAMACHY(注5))のデータから増加していたことが分かっており(参考:平成17年6月17日プレスリリース)、その結果と併せると、ここ10年以上もの間NO2濃度が増加し続けたことを示します。

また、2005年から2008年までの増加速度の地理的分布を見ると、北京周辺に比べて増加速度が著しい地域があり、中には年10〜15%の速度で増加した地域(例えば瀋陽周辺)があることも分かりました(図2)。

これは、特定の大都市周辺だけでなく、その他の地域についても大気汚染対策が必要であることを示唆します。さらには、同期間、我が国では光化学的オキシダントの全国的な上昇が注目されてきた反面、その原因であるNO2濃度は我が国では横ばいもしくは減少する傾向を示していたことから、我が国国内での対策のみならず国を超えた対策が急務であることを示しています。

5.今後の展望

我が国における光化学オキシダント濃度が上昇している期間において、中国でのNO2濃度が増加していることを示したことで、大気汚染への社会的関心を喚起するとともに、国際的防止戦略策定の一助になるものと期待します。

OMIによる観測は現在も続いていますが、今後の経済活動によりどのような大気環境への影響が生じるかといった観点からの、より高度な研究に発展するとともに、そういった研究が持続的な大気環境監視システム構築へと繋がる糸口になるものと期待されます。

注1 OMI

Ozone Monitoring Instrumentの略。2004年に打ち上げられた米国NASAの衛星Auraに搭載されているセンサー。オランダ、フィンランド、米国によって運用されている。地表や大気で散乱される太陽光の可視領域を分光することで、NO2等の大気汚染物質のカラム濃度を測定出来る。空間分解能は、13kmx24km(直下視の場合)。

注2 光化学オキシダント

大気汚染物質から光化学反応によって生成されるオゾンなどの酸化性物質の総称。

注3 MAX-DOAS

Multi-Axis Differential Optical Absorption Spectroscopyの略。従来の受動型DOAS装置(天頂の太陽散乱光を測定する紫外可視分光計)に複数の低仰角測定機能を加えて、対流圏中の微量ガスやエアロゾルを観測する手法のこと。

注4 GOME

Global Ozone Monitoring Experimentの略。1995年に打ち上げられた欧州の衛星ERS-2(European Remote Sensing satellite-2)に搭載されているセンサーで、地表から反射される太陽光の紫外・可視領域の光を分光することによって、NO2, SO2, O3, BrO, H2CO(ホルムアルデヒド)等の大気汚染物質のカラム濃度を測定出来る。空間分解能は40km(緯度)×320km(経度)。

注5 SCIAMACHY

SCanning Imaging Absorption SpectroMeter for Atmospheric CHartographYの略。2001年に打ち上げられた欧州の衛星ENVISATに搭載されているセンサーで、GOMEと原理は似ているが、より空間分解能が高く、O3, BrO, OClO, ClO, SO2, H2CO, NO2, CO, CO2, CH4, H2O, N2Oなど、より多くの化学種を測定出来る。


【図1】中国華北平原地域(図2の四角で囲まれた領域)におけるNO2濃度の月平均値の推移。


【図2】2005年から2008年までのNO2濃度の年々の増加率の地理的分布。緯度経度0.5度(およそ50 km)の格子毎に増加率が示されている。中国東部の華北平原を中心とした領域(四角で囲まれた領域)のNO2濃度は平均で年5%の速度で増加していた。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 物質循環研究プログラム 大気組成観測研究チーム
 研究員 入江 仁士 TEL:045-778-5657
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL: 046-867-9193