プレスリリース


2010年 8月 12日
独立行政法人海洋研究開発機構

統合国際深海掘削計画(IODP)
地球深部探査船「ちきゅう」による南海トラフ地震発生帯掘削計画
〜ケーシングパイプ等の脱落事故の原因と対策及び
ケーシングパイプ設置作業の再開について〜

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)の地球深部探査船「ちきゅう」は、8月1日(日)に紀伊半島沖熊野灘の海域において、ケーシングパイプ(孔壁保護パイプ)設置作業中にケーシングパイプ、ウェルヘッドランニングツール(孔口装置設置機器)の一部、ドリルパイプ(掘削パイプ)が海中脱落するトラブルが発生したため、作業を中断し、外部有識者を含めた原因の究明および再発防止策の検討に取り組んでまいりました。

脱落原因としては、作業海域の流速が急激に上昇したため、ケーシングパイプが水中で想定を超える潮流を受け、これにより、ウェルヘッドランニングツールに著しい応力がかかったため、破断に至ったとの結論に至りました。

再発防止策として、パイプの降下作業を黒潮から十分離れた地点で開始、警戒船の監視位置を変更、退避時の手順を明確化、および設置機器の強度を向上するなどの追加的安全対策を講じ、8月 12日(木)16時以降(予定)にケーシングパイプの設置作業を再開することといたしましたので、お知らせします。

1.経緯

「ちきゅう」は、統合国際深海掘削計画(IODP)(※1)による「南海トラフ地震発生帯掘削計画」(南海掘削:NanTroSEIZE)(※2)に基づく作業として、C0002地点(海底下868.5mまで掘削)(図1)において、掘削孔壁の崩れを防ぐためのケーシングパイプ(直径約50p、長さ約860m、鋼製のパイプ)を孔内に設置する作業を行っていました。ケーシングパイプの降下をほぼ完了したところで、黒潮が予想を超える速さで強まったため、「ちきゅう」を北へ退避させていたところ、平成22年8月1日16時30分にケーシングパイプ、ウェルヘッドランニングツールの一部、ドリルパイプが脱落しました。

事故発生場所:紀伊半島沖熊野灘 掘削孔C0002(図1)北約9kmの地点

(北緯33度22.4分、東経136度35.1分、水深約2,000m)

2.原因

ケーシングパイプの降下作業中に黒潮が予想外かつ急激に北上したため、作業海域の流速が急激に上昇しました。そのためケーシングパイプにかかる応力が増加し、ケーシングパイプが大きく撓(たわ)んだものと推測されます。この結果、全体重量を支えているウェルヘッドランニングツールに撓みによる応力集中が発生し、破断にいたったものと判断しました。(図2

3.再発防止策

再発防止に万全を期すため、以下の追加的安全対策を取ることといたします。

(1) 降下作業開始地点の安全距離確保
これまでケーシングパイプ降下作業開始地点を黒潮本流の北端の低潮流域(1.5ノット(0.8m/秒)以下の海域)としていましたが、今後は、さらにそこから北方へ約3.7km(充分な退避時間を確保できるだけの距離)以上の距離を確保することとします。(図3
(2) 警戒船配置位置の変更
これまでは「ちきゅう」周辺に配置していた警戒船を黒潮の上流側 約2.7-3.7 km(「ちきゅう」が通報を受けてから充分な退避時間を確保できるだけの距離)に配置し、黒潮の流速の変動を監視し、即時に「ちきゅう」に連絡します。(図3
(3) 退避時の手順の明確化
黒潮が1.5ノット(0.8m/秒)を超える可能性があるとの情報を、黒潮上流側に配置した警戒船から受けた場合について、退避手順を明確化し、手順書に追加しました。警戒船から上記通報を受け次第、「ちきゅう」は作業を中断し、0.5ノット以下の速度で北東側 黒潮に沿いながら黒潮からの応力が少なく、かつ、黒潮から離れる方向)に避難します。(図3および図4
(4) 設置機器の強度向上
ウェルヘッドランニングツールをより強度の高いものに交換します。

4. 今後の予定

これらの再発防止策を講じた上で、海気象条件等を総合的に判断し、C0002地点におけるケーシングパイプの設置作業を再開します。作業内容としては、掘削孔内にケーシングパイプを設置後、パイプ上部(海底面)に孔口装置を取り付け、孔口に蓋をして作業を終了する予定です。これにより、当初8月8日に終了を予定していた第326次研究航海の日程は遅れますが、9月以降の「ちきゅう」によるIODP研究航海の予定に対する影響はない見通しです。

(注)なお、上記の予定は、海気象状況、地質状況等により変更することもあります。

※1 統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program)

日本・米国が主導国となり、平成15年(2003年)10月から始動した多国間国際協力プロジェクト。現在、欧州(17ヶ国)、中国、韓国、オーストラリア、インド、ニュージーランドの24ヶ国が参加。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行います。

※2 南海トラフ地震発生帯掘削計画(南海掘削:NanTroSEIZE)

(1)背景

南海トラフは、日本列島の東海沖から四国沖にかけて位置するプレート沈み込み帯で、地球上で最も活発な巨大地震発生帯の一つです。南海トラフの一部にあたる紀伊半島沖熊野灘は、東南海地震等の巨大地震震源と想定される領域(プレート境界断層が地震性すべり面の性質を持つ領域)の深さが世界のプレート境界のなかでも非常に浅く、「ちきゅう」による掘削が可能であると考えられています。

「南海トラフ地震発生帯掘削計画」では、プレート境界断層および津波発生要因と考えられている巨大分岐断層を掘削し、柱状地質試料(コアサンプル)の採取や掘削孔内計測を実施することにより、プレート境界断層内における非地震性すべり面から地震性すべり面への推移、および南海トラフにおける地震・津波発生過程を明らかにすることを目的としています。

(2)全体計画

本計画は、全体として以下の4段階(ステージ)に分けて掘削する計画で、紀伊半島沖熊野灘において南海トラフに直交する複数地点を掘削する計画です。

ステージ1

巨大分岐断層やプレート境界断層の浅部などで掘削を実施しました。地層の分布や変形構造、応力状態など、地震時に動いたと考えられる断層の特徴を把握しました。

ステージ2

巨大地震発生帯の直上を深部まで掘削し、地質構造や状態を明らかにします。掘削した孔内には後年に観測システムを設置し、地震準備過程をモニタリングします。また、プレートとともに地震発生帯に沈み込む前の海底堆積物の組成、構造、物理的状態を調査します。

ステージ3

巨大地震を繰り返し起こしている地震発生帯に到達する超深度掘削を実施します。地震発生物質試料を直接採取し、物質科学的に地震発生メカニズムを理解します。

ステージ4

長期間にわたり掘削孔内で地球物理観測を行うシステムを超深度掘削孔に設置します。将来は、地震・津波観測監視システム(DONET)と連携し、地震発生の現場からリアルタイムでデータを取得します。

 

【図1】調査海域図
【図1】調査海域図
【図2】破断時の状況
【図2】破断時の状況
【図3】ケーシングパイプ降下作業計画概念図(再発防止策)
【図3】ケーシングパイプ降下作業計画概念図(再発防止策)
【図4】退避中のパイプ概念図
【図4】退避中のパイプ概念図

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本内容について)
地球深部探査センター
企画調整室長 山田 康夫 TEL:045-778-5640
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL:046-867-9193