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2010年 9月 10日
独立行政法人海洋研究開発機構

日本近海の海面水温異常が日本の夏に強い影響を及ぼす事を発見
〜偏西風を北上させると猛暑に、偏西風を南下させると冷夏に〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)地球環境変動領域短期気候変動応用予測研究プログラムの中村 元隆 主任研究員らは、中高緯度の力学を考慮した解析手法を考案し、再解析データや海面水温データを用いて、日本周辺の中高緯度における大気海洋相互作用に関する解析を行いました。その結果、帯状に東へ延びる親潮続流沿いの海面水温偏差と日本海の海面水温偏差が、日本の夏の気温に強い影響を与えている事をつきとめました。本州北部から東に帯状に延びる海域と日本海中心部の海面水温が異常に高くなると、7月と8月の日本列島の気温が異常に高くなり、逆に、それらの海域の海面水温が異常に低いと、7月と8月の日本列島の気温が異常に低くなりました。そして、その異常な海面水温の状態と、それが日本列島の気温に与える影響は、弱まりながらも9月まで継続する傾向がある事もわかりました。海面水温の偏差は、大気と海洋の相互作用を含む双方の働きで形成されると考えられます。本研究の結果により、夏の異常気象を2〜3ヶ月先から正確に予報するためには、中高緯度の大気海洋相互作用を考慮することが重要だということが分かりました。

本研究の結果は、米国気象学会発行のJournal of Climate誌速報電子版に9月10日に掲載される予定です。

タイトル:
Dominant anomaly patterns in the near-surface baroclinicity and accompanying anomalies in the atmosphere and oceans. Part II:North Pacific basin
著者名:
中村元隆、山根省三

2.背景

これまでのデータ解析の研究やモデルシミュレーション実験の結果から、中高緯度の海面水温偏差は風や放射などの大気場の偏差で形成される、つまり大気から影響を受けるのであって、大気には強い影響を及ぼさないと考えられてきました。しかしながら、それらの研究での解析手法には、中高緯度の大気力学において非常に重要な地球の自転の影響と、それが大気最下層部の温度分布や偏西風の位置との関係によって変化する事がうまく考慮されていませんでした。また、シミュレーション実験に使われたモデルはそれらの要因を表現するのに必要な高解像度が無く、加えてモデルによる偏西風の再現精度不足の問題がありました。そこで本研究では、地球の自転、最下層の温度分布、そして偏西風の位置が大気に与える影響を考慮した解析手法を用い、中高緯度の海面水温偏差が大規模大気場に与える影響について調べました。

3.研究方法の概要

解析には、European Centre for Medium-Range Weather Forecasts 40 Year Re-analysis(ERA-40)の再解析データ(※1)、National Centers for Environmental Prediction/National Center for Atmospheric Research(NCEP/NCAR)再解析データ(※2)、Hadley Centreの海面水温データ(※3)を用いました。

まず、中緯度の大規模大気場に最も重要な力学要因である大気最下層部の傾圧性(主として地・海上付近気温の南北勾配)の偏差(ここでは平年からのずれ)のパターンを抽出するために、1957年9月から2002年8月まで月毎に計算し、北太平洋ストームトラック(移動性低気圧・高気圧の通り道)付近の領域内(図1の赤い長方形で囲まれた地域)で、経験的直交関数(Empirical Orthogonal Function、以下EOF)分析(※4)を行いました。そして解析から得られたEOFの第一パターン(領域内での傾圧性に最も強く見られる変動パターン)と第二パターン(二番目に強く見られる変動パターン)に着目し、月毎に傾圧性の第一パターンと第二パターンに実際の傾圧性偏差が酷似した年を選び、それらの年の対象月の風、低気圧や高気圧の強さや通り道、海面水温、地・海上2メートルの気温、大気の下層境界での熱放出の偏差を平均したコンポジット(※5)を作成して、EOF解析対象月の大気と海洋の状態、およびその関係を検証し、傾圧性に起こりがちな偏差パターンに伴う大気や海洋の状態を検証しました。また、それらの偏差コンポジットを2ヶ月前、1ヶ月前、1ヶ月後、2ヶ月後、等の期間別に作成し、上記のケースにおいて、大気と海洋の状態と関係の変遷について検証しました。

4.結果と考察

これまで大気と海洋の相互作用が強いと思われてきた寒い季節では、黒潮が本州から離岸する付近の海面水温偏差が大規模大気場に影響を与えるケースがいくつか見られたものの、日本列島上空の大気に与える影響は必ずしも大きくはありませんでしたが、通常は大気海洋相互作用が弱いとして、大気海洋相互作用の研究対象とされてこなかった7月と8月について以下の新しい知見が得られました。

7月と8月の傾圧性の第一パターンは、ほぼ親潮続流に沿って東西に延びる傾圧性の大きい帯状の地帯が、南北にずれる傾向を示唆するもので、強い傾圧性の帯が南北にずれると、それに伴って上空の偏西風とストームトラックと呼ばれる移動性低気圧・高気圧の通り道も南北にずれる傾向が抽出されました。(図1)傾圧性が強いと、その上空で偏西風が強くなるという力学関係があるからだと推察されます。そして、この大気の傾圧性の偏差は、1ヶ月前には形成されている海面水温偏差によるものだとわかりました。(図2)つまり、既存の海面水温偏差により、大気最下層の傾圧性に偏差が生じて上空の偏西風が南北にずれるという現象が起こることが分かりました。これにより、偏西風とストームトラックが北にずれた場合、日本列島には通常よりも温かい空気が入り込み易くなって暑くなり、逆に南にずれた場合は北から冷たい空気が入り込み易くなって寒くなります。(図3)日本列島上の月平均気温偏差は、平滑化されたコンポジットの値でプラスマイナス0.5℃から1.5℃にも達します(図2)。月平均気温の、しかも偏差コンポジットの値での1℃は、かなり大きな値です。例えば、暑かった今年7月の日本列島各地の月平均気温の偏差は1℃程度です。

大気・海洋間の熱のやり取りを検証すると、片方が他方を一方的に影響している傾向は見られません。即ち、この7月8月の異常な状態は、海洋と大気双方の働きで形成されていると考えられます。一つの可能性として、6月に何らかの理由でこの海域に生じた比較的小さい海面水温偏差に大気が応答して傾圧性偏差が生じ、それに伴って偏西風と低気圧の通り道が北にずれ、その結果、元々海面水温が高くなっていた海域に日射量が増え、更に海面水温偏差が増大する、という正のフィードバックが7月と8月に働いていることが考えられます。ただし、これらの海域の海面水温は基本的に日本列島東岸から東向きに流れる黒潮や親潮の動きと熱輸送に影響されやすいため、大気・海洋境界での熱交換偏差だけで海面水温偏差が形成されるとは考えにくく、海流フロントの変動や、海流による熱輸送の変動も関わっていると考えられます。

また、偏差コンポジットの時系列によると、9月にも7月8月に見られる気温偏差が持続する傾向があり、日本列島上の8月の気温偏差が9月にも若干残る傾向があることがわかりました。10月には、大規模な大気の流れが季節進行で変わり、この海面水温偏差の影響はほぼ消滅します。中高緯度の海面水温偏差は、全く同じ物が同じ地域に存在しても、次の月では必ずしも大規模大気場に同様な影響を与えないという性質があります。これは、季節進行によって大気の「平年並み」の状態が変わる中で、同じ海面水温偏差の役割が変わるためだと考えられます。

今回使用した解析データは2002年8月までですが、2003年、2004年、2009年、そして2010年の7月と8月の海面水温偏差パターンを見ると、上記のパターンに似ていることから(ただし、2003年と2009年は負の場合)、これらの夏の日本の異常な状態も、日本近海の海面水温偏差と密接な関係があったと考えられます。今年も、6月上旬にここで示された海域に正の海面水温偏差が出現し、6月下旬にかけて増大し、7月8月にも持続されています。そして、更に興味深いのは、1993年と1994年、2003年と2004年、2009年と2010年、と三つの負・正(冷夏・猛暑)の連続ペアでこれらの海域に海面水温偏差が形成されて、異常な夏が起こっている点です。海洋循環の影響で大きい負の偏差が起こる翌夏は大きい正の偏差が起こることも考えられます。

5.今後の展望

本基礎研究の結果に基づいて、全地球ではなく、日本付近を中心にして北半球の半分程度を対象にした領域大気シミュレーションモデルで、上記の夏の海面水温偏差に、大気がどう応答するかを検証実験中ですが、準備段階で行った実験では、本研究に見られる様な大気の応答が見られました。領域大気シミュレーションモデルでの検証実験が成功すれば、次の段階では領域大気・海洋結合モデルで実験し、海面水温偏差形成の詳細なメカニズムと大気と海洋の役割を調べる予定です。これらの研究を進めることで、将来の夏季予報の精度向上が期待されます。

※1 ERA-40再解析データ

ERA-40再解析データは、ヨーロッパ中期気象予報センターによって作成された再解析データで、1957年9月から2002年8月までを、様々な観測データを高度なデータ同化技術を用いて解析された大気データセット。大気最下層温度のデータは、他の再解析データの物よりも精度が高いとされる。本研究で使用した殆どのデータは、このERA-40の物である。

※2 NCEP/NCAR再解析データ

NCEP/NCAR再解析データは、アメリカ大気海洋庁によって作成された再解析データで、1948年1月から現在を、様々な観測データを高度なデータ同化技術を用いて解析された大気データセット。ERA-40よりも長期間をカバーしているが、残念ながら、大気最下層温度のデータは、実際の観測ステーションの報告を同化していない為に精度が悪い。ここでは、ERA-40には無い、地・海表面気圧のデータのみを使用した。

※3 Hadley Centre海面水温データ

全球の観測データに基づいてイギリス国防省気象局が作成した1870年から現在までの全球海面水温データ。

※4 経験直行関数

経験直交関数は、主成分分析で計算されるベクトルで、ここでは、指定領域内の傾圧性の経験直交関数(EOF)を計算することで、抽出された各分散パターンに重複が無い様に領域内での傾圧性の分散パターンを抽出できる。第一EOFは最も頻繁に起こりがちな分散パターン、第二EOFはその次に頻繁に起こりがちな分散パターン、といった具合である。そして、それらのEOFの主成分の時系列を検証し、主成分の値の大小によって、該当時の偏差がそれぞれのEOFパターンに近いかどうかを判断できる。

※5 偏差のコンポジット平均

ここでの偏差のコンポジット平均は、解析の対象となる月それぞれについて選ばれた年の対象場の偏差(例えば風や海面水温の平年からのずれ)を足して平均する事で得られる。この場合、一つのEOFパターンについて、正と負のケースがあり、ここで示される日本列島上の月平均気温偏差が正のケースでは日本列島が猛暑になる。図では示されていないが、負のケースはその逆で、日本列島が冷夏になる。例えば、8月の正のケースのコンポジットは、1967年、1970年、1973年、1978年、1994年、1999年、と六つの8月の偏差を平均して作られる。

図1.コンポジット平均による8月の正のケースに見られる傾圧性(カラー、10x6毎秒)と200ヘクトパスカル(高度約12,000m)の東西風(黒線、メートル毎秒)の偏差。海面水温偏差によって本州以南で傾圧性が小さく、北緯45度付近の北西太平洋で傾圧性が大きくなり、それに伴い上空の偏西風が北海道以北で強く、本州以南で弱くなって(つまり北へずれて)いる。移動性低気圧・高気圧も、上空の偏西風と共に北へずれた道を通る。
図2.コンポジット平均による8月の正のケースに見られる海面水温(カラー、℃)と地・海上2メートルの気温(黒線、℃)の偏差の時系列。左上が2ヶ月前(6月)、右上が1ヶ月前(7月)、左下が当月(8月)、右下が1ヶ月後(9月)。海上では海面水温偏差に大気が強く影響を受けて、大気の最下層温度偏差は海面水温偏差とほぼ同じになっている。大気の流れが弱い7月と8月で特にその傾向が顕著に見られる。通常、大気の影響で海面水温偏差が生じたとすると、その空間スケールはこの図に示されたものよりも大きくなる。更に、その場合はこの図にある様に数百キロメートルの空間スケール構造で気温偏差と海面水温偏差が一致する事はない。ただ、ここでは偏差、即ち平年からのずれが一致しているのであって、気温と海面水温そのものが一致しているわけではない。8月には、日本列島の地上で0.5℃から1.5℃超の温度偏差が見られる。気温偏差は本州北部と北海道で特に大きい。この気温偏差に伴う気温の南北勾配偏差が、図1の傾圧性偏差に現れている。8月で傾圧性偏差は最も大きいが、大きいだけではなく、背景となる平年並みの傾圧性が最も偏差の影響を効果的に受ける構造になっている。海面水温偏差は2ヶ月前には現れ始め、1ヶ月前にはほぼ形成されている。そして、減少するものの、1ヶ月後にも残っている。
図3.日本列島北側から東へ延びる帯状の温かい海面水温偏差(赤いぼかし)によって、その帯の北側の傾圧性(最下層気温の南北勾配)が強くなり、その結果偏西風が北にずれ、南から湿った温かい空気がより北へ流れ込みやすくなる。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 短期気候変動応用予測研究プログラム
気候変動予測応用研究チーム
主任研究員 中村 元隆 電話:045-778-5514
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 電話:046-867-9193