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2011年 2月 23日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
気象庁気象研究所

IPCCに向けた主要な数値実験の終了とその成果
〜 世界の気候変動研究を先導 〜

【ポイント】

  • IPCC AR5に向けて、世界に先駆けた気候変動予測研究の新たな知見を創出
  • IPCC 新シナリオを実現するための今世紀の化石燃料起源CO2排出量を算出
  • 近未来気候予測実験に成功
  • 温暖化による台風の接近数は減るが強度が増す可能性を予測

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)、国立大学法人東京大学大気海洋研究所(所長 西田睦)および気象庁気象研究所(所長 伊藤秀美)らは、文部科学省「21世紀気候変動予測革新プログラム」(以下、「革新プログラム」。2007年度〜2011年度)に参画し、地球環境予測、近未来予測、極端現象予測等、世界に先駆けた気候変動予測研究を進めております。その中で、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)*1に向けた気候変動予測の主要な数値実験がほぼ終わり、その計算結果の解析から新たな知見が出始めました。

地球環境予測では、将来の二酸化炭素などの濃度シナリオを用いた実験を行い、それを実現させるために要求される化石燃料起源の二酸化炭素排出量を求めたところ、温度上昇を2℃以下に抑えることを意識したシナリオの場合、今世紀後半には化石燃料起源の二酸化炭素排出量をゼロ以下(人為的回収)にしなければならないことが分かりました。

近未来予測では、観測データを取り入れた新しい手法により、人為要因による温暖化と自然の気候変動の両方を予測できる可能性が示されました。とくに、過去10年全球温度上昇が鈍ったかにも見えましたが、これからの10年は温暖化が本格化することが予想されました。

極端現象予測では、台風の活動最盛期である7月から10月の期間に台風の存在頻度が減少すること、台風経路は東へ偏ること、東南アジア沿岸域への接近数が減少すること、最大風速で見た台風の強度は増加することが分かりました。

今後、必要な追加実験を実施し、詳細な解析を行うことで、気候変動に関する新たな知見が蓄積され、IPCC AR5に大きく貢献することが期待されます。

1.背景

国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下では、京都議定書(2008〜2012年実施)の後継枠組み(「ポスト京都」)の策定を巡る国際交渉が進められていますが、最近の議論の中では頻繁にIPCC、特にその第4次評価報告書(AR4)で示された知見が引用されています。UNFCCCが目指す長期的な温室効果ガス濃度の安定化に向けた緩和策の策定のため、より信頼性の高い、定量的な長期気候変動予測が一段と強く求められています。一方、既に「疑う余地がない」とされている地球温暖化の現実のもとで、近未来に対する情報が求められるとともに、激化する極端現象に脆弱な地域では、適応策策定のために地域的に詳細な予測が求められています。

革新プログラムは、早い段階から、上記の研究ニーズに応えるため、地球科学に利用されているスーパーコンピュータとして世界最高水準の「地球シミュレータ*2」の活用の下に、300年先までの長期的地球環境予測、2030年程度までの近未来予測、極端現象に関する近未来と21世紀末の予測を、主要な予測の対象とした3つのチームを中心に構成されています。いずれのチームも、研究の方向として、AR4からの科学的課題に対応した気候モデルの高度化を図り、予測における不確実性を定量的に明らかにすると共にその低減を図ることを通じてモデル改善に反映させ、さらには予測成果と直結する自然災害などへの影響評価についても研究を進めています。

革新プロジェクトの参画機関をはじめとする、世界の先進的なモデル研究グループは、世界気候研究計画(WCRP)*3の下で統一した実験条件のもとで進められている、気候モデルの実験プロジェクト(CMIP5)*4に参加して、IPCC AR5に向けた気候変動予測実験を進めてきました。

2. 研究内容と成果

地球環境予測では、森林などの生態系や二酸化炭素の循環を取り扱った地球システム統合モデルを使用して、西暦2300年までの地球温暖化予測実験を行い、長期的な地球環境の変化を予測しております。将来の二酸化炭素などの濃度シナリオを用いた実験を行い、それを実現させるために要求される化石燃料起源の二酸化炭素排出量を求めたところ、温度上昇を2℃以下に抑えることを意識したシナリオの場合、今世紀後半には化石燃料起源の二酸化炭素排出量をゼロ以下(人為的回収)にしなければならないことが分かりました。(詳細は参考資料1

近未来予測では、高解像度の大気海洋結合気候モデルを構築し、人為要因による2030年程度までの近未来の気候変化の予測実験を行っております。観測データを取り入れた新しい手法により、人為要因による温暖化と自然の気候変動の両方を予測できる可能性が示されました。とくに、過去10年全球温度上昇が鈍ったかにも見えましたが、これからの10年は温暖化が本格化することが予想されました。(詳細は参考資料2

極端現象予測では、水平方向に細かい格子を持つ大気モデルを使用した、極端な気象現象の正確な予測を行い、台風やハリケーンの変化、梅雨の変化などの予測を行っております。特に台風に関しては、台風の活動最盛期である7月から10月の期間に台風の存在頻度が減少すること、台風経路は東へ偏ること、東南アジア沿岸域への接近数が減少すること、最大風速で見た台風の強度は増加することが分かりました。(詳細は参考資料3

3. 今後の期待

今後、最新のデータに基づく追加実験や、自然災害等の気候変動の影響評価を継続し、気候変動に関する知見を蓄積することで、IPCC AR5の策定に大きく貢献するとともに、気候変動に対応するための基礎的な情報として利用されることが期待されます。

<語句説明>

※1 IPCC第5次評価報告書:気候変動に関する最新の科学的、技術的、社会・経済的な知見を集約する文書。原案作成の活動は開始されている。第1(「自然科学的根拠」、2013年9月)、第2(「影響・適応・脆弱性」、2014年3月)、第3(「緩和策」、2014年4月)の各作業部会によるものと、「統合報告書」(2014年10月)から構成される。

※2 地球シミュレータ:2002年に世界最速のピーク演算性能(40兆回/秒)で運用開始されたスーパーコンピュータで、それによる日本の先進的研究成果はAR4に大きく反映された。2009年に更新され、131兆回/秒の性能となり、現在革新プログラムで活用されている。海洋研究開発機構所有。

※3 世界気候研究計画(WCRP):気候に関する国際的な研究協力推進の枠組みであり、国際科学会議(ICSU)、世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋委員会(IOC)が母体である。WCRPの下で得られた研究成果はこれまでのIPCCの諸報告書へ主要な貢献をしている。

※4 CMIP5:WCRPでAR5に向け現在進行中の気候変動予測の比較実験プロジェクト。安定化にむけた政策的排出削減も考慮した、4つの代表的濃度経路(RCP)を将来の濃度シナリオと想定して進めている。従来は、代表的な排出シナリオを前提とし、それから導出される濃度変化を用いた比較実験が行われた。

参考資料1

地球環境予測:チーム代表 時岡達志
(海洋研究開発機構, IPCC貢献地球環境予測プロジェクトリーダー)

新しい地球システム統合モデルによるシナリオ予測実験の大半を終了

革新プログラムでは新しい地球システム統合モデル(ESM)を開発しました。新ESMは気候の変動と同時に、陸域植生の種類の変化を含む生態系の変動を予測し、また二酸化炭素(CO2)濃度の変動、オゾンホールに関与する諸物質の変動も予測するものです。2005年までは実際の排出量や濃度が分かっていますので、それに基づいて過去の再現を試みたところ、この新ESMは20世紀に観測された気候変動の特徴をうまく再現しました。このモデルを用いて、地球環境に関する将来シナリオに沿った予測実験を行い、大半を終了しました。将来シナリオにはRCP2.6、4.5、6.0、8.5などがありますが、それらはCO2などの地球温暖化に係る諸物質の将来の人為的排出量を与えるもの(排出量シナリオ)と、それに基づいて簡易炭素循環モデルなどを用いて濃度に変換したもの(濃度シナリオ)の二つから成っています。図1は今回の実験に用いたCO2濃度シナリオを示しています。

図1
図1:実験に用いた4つのCO2濃度シナリオと、RCP8.5の排出量シナリオを元に新ESMで予測したCO2濃度の時間変化。
図2
図2:図1の4つの濃度シナリオを用い、新ESMを用いた実験から計算された化石燃料起源CO2排出量。

図2はこのモデルを用いて濃度シナリオ実験を行って得られた一つの結果を示しています。これは、図1に示したRCP濃度シナリオを将来実現させようとしたとき、将来の化石燃料起源のCO2排出量をどのように制御しなければならないかを示すものです。RCP2.6(CO2濃度410ppm、メタン等を加え450ppm相当で安定化)を実現させようとしますと、2040年代には化石燃料起源のCO2排出量をほぼゼロにしなければなりません。RCP4.5(2100年のCO2濃度が約550ppmv)の場合でも21世紀後半におけるCO2排出量は現在の35%程度でなければなりません。

今回開発したESMは炭素循環モデルを内蔵していますので、排出シナリオを与えて将来の気候変化と大気中のCO2濃度を同時に求めることができます。図1のRCP8.5 emission-drivenはこうしてもともとのRCP8.5の排出量シナリオ(図2のRCP8.5ではない)を与えて求めたCO2濃度です。これと図1のRCP8.5との違いの大きな原因は、簡易モデルでは考慮できていない詳細な気候と炭素循環との間のフィードバックを新ESM では考慮している点です。

図3
図3:それぞれのRCP シナリオで陸域に蓄積される 炭素量の変化。

今回のRCPシナリオは土地利用の変化も考慮しています。RCP2.6 では、トウモロコシなどから作るエタノールの生産を増やし、化石燃料の使用を減らすことを想定し、温暖化を抑えようとしています。これに符合させて樹林から耕作地への転換を織り込んでいます。今回の新ESM 実験から、このような土地利用変化は炭素循環に無視できない影響を与えることが明確になりました。図3は陸域に蓄積される炭素量の変化を示しています。温暖化の進展が一番小さいRCP2.6のケースで、このような土地利用変化の結果としてRCP8.5の場合に近い陸域炭素蓄積の減少が生じています。これは、図2のRCP2.6で、21世紀後半に要求される負の二酸化炭素排出(人為的回収が必要)を説明する一部になっています。

【関係機関:(独)海洋研究開発機構、東京大学大気海洋研究所、(独)国立環境研究所】

参考資料2

近未来予測:チーム代表 木本昌秀
(東京大学大気海洋研究所, 副所長・教授)

近未来気候予測実験に成功

近未来予測チームでは、温室効果気体増加等の人為要因を外的に与えて計算するこれまでの気候予測に、海洋観測データによる予測モデルの初期値化を導入し、自然の気候変動も含めて近未来の気候変動を予測する新しい手法を導入し、過去事例の事後予測実験により、数十年先までの近未来気候変動予測の可能性を実証しました。人為要因による温暖化に加えて、太平洋や大西洋で観測された十年規模自然変動にも5年先程度まで予測可能性があることを見出しました。

過去事例の事後予測実験は、1961年から5年ごとに作成した10例の初期値を出発値として、今回開発した高解像度大気海洋結合モデルを含む3つの予測モデルを用いて、各初期値19メンバーからなる10年予測計算を行いました。図1aは、全球平均地表気温の観測値(黒)と初期値化した予測(3−7年目の平均;青)を初期値化しない従来予測(赤)と比較したものです。従来予測も人為要因による温暖化傾向をよく表現していますが、初期値化したものの方が精度がよいことがわかります。2011年現在、全球的な温暖化傾向はやや減速しているように見えますが、2015年以降に向けてこの傾向は解消に向かい、地球温暖化の脅威は決して去ってはいないことを示しています。

地域的な気温は、自然変動の影響をより強く受けます。図1bに示す日本とその東海上で平均した気温は、1960年代からの緩やかな下降に続く1980年代後半の急速な温暖化等、全球平均気温より変動が大きく、予測が困難ですが、初期値化予測の方が従来予測より観測への追随がよくなります。図1cは、過去10事例における予測開始後3−7年の予測成績を地域的に示したものです。人為要因による温暖化の長期傾向が大陸で顕著ですが、点影で示した地域では、今回導入した初期値化が有効でした。

図2は、2006年1月を初期値とする予測を、観測データの揃っている2007−2009年平均で検証したものです。2001−2005年からの差で表示しているので、長期的な温暖化傾向より自然変動が強調されています。観測された正負の大まかな分布は、予測でも再現されています。

今後実験結果のより詳細な解析により、極端気象現象も含めた近未来気候の地域的な差異を明らかにし、気候変動の影響評価や適応策策定に資する科学情報を発信していきます。

図4
図5

図1:(a) 全球地表気温の5年平均観測値(黒線)と3-7年平均予測(青は今回実施した初期値化ありの手法、赤は初期値化しない従来手法)。最右端の予測は、2006年を初期値とする2015-2019年に対する予測。(b) (a)と同様。ただし、日本とその東海上(130E-160W, 30N-60N)の領域平均。(c) 過去事例における予測開始後3-7年の予測誤差(℃)。陰影は、今回導入した初期値化で従来手法より10%以上誤差が減少した地域を示す。

図6
図2:2007-2009年平均地表気温(2001-2005年平均からの差) 観測(左)と2006年を初期値とする予測(右)。

【関係機関:東京大学大気海洋研究所、(独)海洋研究開発機構、(独)国立環境研究所】

参考資料3

極端現象予測:チーム代表 鬼頭昭雄
(気象庁気象研究所気候研究部長)

温暖化による台風の接近数は減るが強度が増す可能性を予測

極端気象チームでは、全球20km格子大気モデルという温暖化予測では世界で最も空間解像度の高い気候モデルを用い、温暖化時の熱帯低気圧や大雨の変化予測研究を行ってきました。従来の気候モデルの水平格子間隔は約100kmから400km(ほとんどのモデルでは200kmから300km)でしたので、今回のモデルは格段に解像度が高く、台風・ハリケーンなどの熱帯低気圧や前線性大雨さらにはブロッキングなどの表現が向上したモデルになっています。このモデルを用いた将来予測実験から、温暖化によって今世紀末には、熱帯低気圧の総発生数は減るものの、強い熱帯低気圧の発生数は増えるという結果が得られました。西太平洋での台風の活動最盛期である7月から10月の期間に台風の存在頻度がどう変化するかを調べたものが図1です。台風の存在頻度の将来変化は空間一様でないことがわかります。とりわけマーシャル諸島付近から日本の南岸に沿って増加している領域(赤の枠線)がある一方、フィリピンや台湾の東から韓国、西日本にわたる領域(青の枠線)で顕著に減少しており、温暖化により台風経路が東へ偏る可能性を示唆しています。これらは将来の熱帯の海面水温の変化と大気循環場の変化が影響していると考えられます。

図7
図1: 台風存在頻度の将来気候実験(2075-2099年S A1B、SREシナリオ)と現在気候実験(1979-2003年)の差。数字は1年の台風最盛期(7月〜10月)、東西2.5度x南北2.5度領域あたりの個数で、赤は増加、青は減少を示す。緑の丸は将来変化が有意水準90%で有意であることを示す。破線領域は特徴的な差を示す領域。

台風の存在頻度分布の将来変化から、台風が東アジアの沿岸域に接近する頻度も変化していると推察されます。陸地から半径200kmの領域を設定し、その領域内に台風が存在した頻度を計算しました。現在気候実験を観測と比べると、東南アジア(フィリピン)で過大(小)評価となっている以外は、観測と比べて比較的よく一致していることがわかりました。将来変化に注目しますと(図2左)、東日本、西日本、韓国、中国南部で約10−30%の範囲で接近頻度が減少していました。一方、中国北部や中部で約20−40%の増加となっています。ただし接近頻度の差についての統計的有意性はほとんどなく、数多くの実験例が必要なことを示しています。また、領域内に存在した台風の平均最大風速(図2右)は、頻度の増減に関わらず、すべての領域で約1−7%、その強度が増しています。


図8
図2: 地域毎の台風の(左)接近頻度(25年間、のべ日数)と(右)平均最大風速(m/s)の変化。

今回の成果は、日本付近において、台風の襲来の可能性が現在より低くなるものの、いったん襲来すると現在より大きな被害に見舞われる可能性を示唆しています。

本チームではこの他に、梅雨の変化や冬季の低気圧の変化などを予測するとともに、異なる空間解像度のモデルを併用して予測の信頼性を評価しています。また気象研究所では全球気候モデルにエーロゾル、オゾンや炭素循環過程を取り入れた地球システムモデルを開発し、温暖化予測実験を行っています。これらの予測結果は災害影響評価を始めとする影響評価に資する研究に使われています。

【関係機関:気象庁気象研究所、気象庁予報部、(独)海洋研究開発機構】

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(地球環境予測)
経営企画室 報道室長
中村 亘 TEL:046-867-9193
(近未来予測)
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
広報室 佐伯 かおる TEL:04-7136-6430
(極端現象予測)
気象庁気象研究所企画室
高橋 宙  TEL: 029-853-8535