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2011年 10月 3日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科
国立大学法人高知大学

東南海地震(1944年)の津波断層を特定する物的証拠の発見
〜地球深部探査船「ちきゅう」による南海トラフ地震発生帯掘削計画の成果〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)と国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)大学院理学系研究科(研究科長 山形俊男)と国立大学法人高知大学(学長 相良祐輔)は、統合国際深海掘削計画(IODP)(※1)第316次航海・南海トラフ地震発生帯掘削計画(※2)ステージ1において採取した巨大分岐断層を含むコアについて、X線CT(※3)による三次元組織分析により強い地震動により生成したマッドブレッチャと呼ばれる構造を発見し、放射年代測定法を用いてその年代測定を行うことにより、この巨大分岐断層が明確な記録の残る1944年の東南海地震により活動したことを明らかにしました。

本成果は、過去の巨大地震について、深海底のどの断層がいつ動いたのかを物証から検証することを実現したものです。これにより巨大地震の時に巨大分岐断層が動くことも想定して地震規模の推定ができるため、より正確な被害規模の推定が可能になることが期待されます。

今回の成果は、アメリカ地質学会誌GEOLOGYの10月号に掲載されます。

タイトル:Episodic seafloor mud brecciation due to great subduction zone earthquakes

著者名:坂口有人1、木村学2、Michael Strasser3、Elizabeth J. Screaton4、Daniel Curewitz5、村山雅史6
1.海洋研究開発機構、2.東京大学 大学院理学系研究科、3. University of Bremen、4. University of Florida、5.Syracuse University、6.高知大学

2. 背景

過去の巨大地震の海底地震断層とその活動履歴の推定は、古文書や陸上に残された痕跡から類推するのが一般的です。しかしながら、地震対策等を効果的に推進していくためには、海底地震断層を特定し、確度の高い活動履歴に基づいて対策を策定していくことが重要です。このため、過去の巨大地震についての位置と時間を正確に記録している痕跡の確認が課題となっています。

3.成果

本研究では、強い地震動によって海底表層が破砕される(ブレッチャ化)ことに着目して(図1)、その検出に取り組みました。マッドブレッチャ(泥層の破砕)は、目視確認が困難なためX線CTによる識別・確認を試みました。

本成果は、統合国際深海掘削計画(IODP)第316次航海・南海トラフ地震発生帯掘削計画ステージ1において採取した巨大分岐断層のコアについて、X線CTによる三次元組織分析を行い、巨大分岐断層の上盤側(※4)の表層部である海底面から80cmまでの間に、明瞭に識別される5層のマッドブレッチャが存在することを発見しました。

一方、断層の下盤側(※4)のコアにはマッドブレッチャはほとんど含まれていませんでした。南海トラフに卓越する逆断層型の地震では、断層の上盤側が強く揺さぶられ、被害が上盤側に偏ることが知られており(例えば2008年6月14日に発生した宮城・岩手内陸地震、1999年9月21日発生した台湾中部地震など)、マッドブレッチャが巨大分岐断層の上盤側にだけ分布しているという事実は、巨大分岐断層が地震動の原因であったことを意味しています。

さらに、今回発見された5層のマッドブレッチャについて、鉛210(半減期22.3年)と炭素14(半減期5730年)による放射年代測定を行った結果、最も直近のマッドブレッチャの年代は、1950年(±20)であり、1944年の東南海地震と一致することが判明しました(図2)。

また、それより下位の古いマッドブレッチャの年代は、約3500〜1万年前であり、歴史記録に記された地震と一致するものはありませんでした。これは、当該巨大分岐断層では約100〜150年間隔と言われている南海地震の周期よりも、より長い周期の大きな地震活動のみが記録されている可能性を示唆しています。

4.研究の意義と今後の展望 

本成果は、過去の巨大地震について、深海底のどの断層がいつ動いたのかを物証から検証することを実現したものです。これにより巨大地震の時に巨大分岐断層が動くことも想定して地震規模の推定ができるため、より正確な被害規模の推定が可能になることが期待されます。

なお、本コアについては、より深い部分の断層本体が過去に地震性すべりを起こしていた痕跡が見つかっています。 (既報:平成23年4月28日)

1 統合国際深海掘削計画(IODP)

日本・米国が主導国となり、平成15年(2003年)10月から始動した多国間国際協力プロジェクト。現在、欧州、中国、韓国、豪州、インド、NZの 24ヶ国が参加。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数 の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行う。

2 南海トラフ地震発生帯掘削計画(図3参照)

本計画は、全体として以下の4段階(ステージ)に分けて掘削する計画で、紀伊半島沖熊野灘において南海トラフに直交する複数地点を掘削する計画。ステージ1は、平成20年2月5日に終了した。

ステージ1
巨大分岐断層やプレート境界断層の浅部(1400m以浅)のライザーレス掘削を実施し、地層の分布や変形構造、応力状態など、地震時に動いたと考えられる断層の特徴を把握する。

ステージ2
巨大地震発生帯の直上を掘削し(ライザーおよびライザーレス掘削)、地質構造や状態を解明する。掘削した孔内には観測システムを設置し、地震準備過程のモニタリングを行う。また、プレートとともに地震発生帯に沈み込む前の海底堆積物を掘削しコア試料を採取することで、組成、構造、物理的状態等を調査する。

ステージ3
巨大地震を繰り返し起こしている地震発生帯に到達するライザー掘削を実施し、地震発生物質試料を直接採取して、物質科学的に地震発生メカニズムを解明する。

ステージ4
長期間にわたり掘削孔内で地球物理観測を行うシステムを巨大地震発生帯掘削孔に設置する。将来は、地震・津波観測監視システム(DONET)と連携し、地震発生の現場からリアルタイムでデータを取得する。

3 X線CT(エックス線コンピュータトモグラフィー)

医療用として広く使用されているものと同じ装置で、X線を走査し試料の三次元内部構造を可視化する非破壊分析装置。ここ10年くらいの間に地球科学分野での優れた有用性が認められるようになった。掘削科学の分野で本格的に導入されたのは「ちきゅう」が初めて。

4 断層の上盤と下盤

南海トラフに数多く発達する逆断層型の断層の場合、図1のようにのし上がる側の岩盤を上盤、反対側の岩盤を下盤と呼ぶ。逆断層の地震の場合、上盤は大きな強震動が起きやすく、断層を挟んで被害が上盤側に偏ることがある。

5 地震・津波観測監視システム(DONET)

東南海地震を対象としたリアルタイム観測システムの構築と、地震発生メカニズムの解明等を目的に開発された海底ケーブルネットワーク型の観測システム。従来の観測システムではなし得なかった深海底における多点同時、リアルタイム観測を行う。 三重県尾鷲市古江町の陸上局から、紀伊半島の沖合約125km先まで、総延長約250kmに渡る基幹ケーブルをループ状に敷設し、途中5箇所の拡張用分岐装置に、それぞれ4つの観測点が接続された、稠密な地震・津波観測システムで各観測点は、地震計や、津波を検知する水圧計等で構成された観測装置ユニットで、水深約1、900mから4、300mの深海底に設置されている。

観測装置には海底ケーブルを介して陸上から電力が供給され、観測装置からは海底の地震動、水圧変動等のデータがケーブル内の光ファイバーを通じてリアルタイムで陸上局へ送られる。観測装置からのリアルタイムデータは、陸上局から専用回線を通じて海洋研究開発機構や防災科学技術研究所、気象庁に配信される。

なお本プロジェクトは、文部科学省からの補助事業「地震・津波観測監視システム開発」により進められている。

図1 地震によってマッドブレッチャが形成されるメカニズムの概念図

図1 地震によってマッドブレッチャが形成されるメカニズムの概念図

地震による強い振動により、断層上盤の未固結の海底堆積物が破砕され、破片状になることで(ブレッチャ化)、ブレッチャ構造が形成される。

南海トラフのような圧縮場で卓越する逆断層タイプでは、上盤側で大きな強震動が起きる場合が多く、マッドブレッチャが上盤に形成される。下盤にはマッドブレッチャはほとんど形成されない。

図2 コア分析の結果

図2 コア分析の結果

巨大分岐断層上盤の海底表層のコア試料の様子。目視では無構造のように見える(可視光画像)。X線CTは堆積物の微細な差異を可視化することができる(X線CT画像)。X線CTによる解析の結果、海底表層の軟弱泥が破砕したマッドブレッチャを含む層が少なくとも5層(解釈図のイベント1〜5)が確認できる。放射年代測定の結果、イベント1ができたのは1950(±20)年であり、これは1944年の東南海地震と一致する。それ以外のマッドブレッチャ堆積物の年代は、これまでの歴史地震と必ずしも一致しない。

図3 掘削場所周辺の地下構造

図3 掘削場所周辺の地下構造

(A)西南日本沖の南海トラフにはマグニチュード8クラスの巨大地震が繰り返し発生している。東南海地震(1944年)の発生領域(橙色)のラインBにおいて南海トラフ地震発生帯掘削計画が進められている。

(B)詳細な構造探査により、海底にプレート境界断層とそこから派生する巨大分岐断層が発達していることが明らかにされている。

(C)巨大分岐断層の浅部先端の詳細な断面図。巨大分岐断層とその周囲が掘削されコア試料が採取された。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本内容について)
地球内部ダイナミクス領域 固体地球動的過程研究プログラム
技術研究主任 坂口 有人 TEL:045-778-5434
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 TEL:046-867-9198