プレスリリース


ジュニア向け解説

このプレスリリースには、ジュニア向け解説ページがあります。

2012年 5月 31日
独立行政法人海洋研究開発機構

海氷減少で北極海の下層雲が減少

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地球環境変動領域・寒冷圏気候研究チームの猪上淳チームリーダーらは、海洋地球研究船「みらい」によって蓄積されてきた現場観測データを用い、北極海の夏から秋に発生する高度500m以下に雲底高度を持つ下層雲が、海氷の減少に伴って30%減少したことを明らかにしました。

一般に海氷域では、背の低い層雲(霧も含む)が発生しやすいとされていますが、本成果は、海氷が減少することで海面からの熱や水蒸気の供給が盛んになるため、雲底が比較的高い層積雲など対流性の雲が発達しやすくなっていることを示唆するものです。

従来の観測衛星では、北極海上の雲底高度の観測は不可能で、数値モデル等でその構造の変化が議論されていましたが、現場での観測データに基づいて海氷の減少に伴う雲の鉛直構造の変化が実証されたのは、本成果が初めてです。

この成果は、米国地球物理学連合発行の学術誌Geophysical Research Lettersに5月31日付けで掲載予定です。また、Nature Geoscience誌6月号(5月29日発行)にリサーチハイライトとしても紹介される予定です。

タイトル:
Impact of Arctic sea-ice retreat on the recent change in cloud-base height during autumn
著者名:
佐藤和敏1,2・猪上 淳1・児玉安正2・James E. Overland3
所属:
1.独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域 寒冷圏気候研究チーム
2.弘前大学大学院理工学研究科
3.アメリカ海洋大気庁・太平洋海洋環境研究所(NOAA/PMEL)

2.経緯

夏の北極海上では冷たい海氷上に暖かい南からの空気が入り込むため、背の低い雲(下層雲)が発生しやすいことが知られています。この雲は夏の太陽放射(短波放射)を遮る効果(日傘効果)があるため、夏のごく短い期間は海氷を溶けづらくする効果があります。一方、秋から冬にかけては、雲底からの下向きの赤外放射(長波放射)で、海氷面を暖める効果(温室効果)もあります。したがって、雲の特性、とりわけ雲底高度は北極海の海氷上の熱収支を議論する上で極めて重要なパラメータです。

ところが、近年進行する海氷の減少に伴い、この雲の特性が変化してきている可能性が観測衛星や数値モデル等の研究から指摘されるようになってきました。しかし、海氷消失域での雲底高度に関する現場観測データの蓄積が十分ではなかったため、詳細な解析はされていませんでした。

当機構は、1999年から2010年まで海洋地球研究船「みらい」に標準搭載されているシーロメーター※1の自動観測により、海氷消失域での雲底高度データを8航海分蓄積してきました。加えて、2009年からは湿度の鉛直分布を観測できるラジオゾンデ観測を強化し、2種類の方法で雲底高度を算出する体制を整えています。現在「みらい」が航行する海域は過去の海氷域を対象とした観測であることから、1998年にアメリカのプロジェクト(SHEBA)で取得された同海域(海氷上)の雲底高度データと対比した解析によって、海氷消失域での雲構造の変化を捉えることに成功しました。

3.成果

「みらい」で観測された海氷消失域での雲底高度の頻度分布を、海氷で覆われていた時期(1998年)に行われたアメリカのプロジェクト(SHEBA)のデータと比較したところ(場所:図1aとb参照)、高度500m以下に雲底を持つ下層雲の出現頻度が30%減少し、その代わり高度500m以上に雲底を持つ雲が20%以上増加していることが分かりました。(図2)。この結果は2つの手法(シーロメーターとラジオゾンデ)において共通した特徴を有する現象で、表面状態の変化(海氷面/海面)に伴う熱的影響が強く反映されたものであると考えられます。

これについて、詳細な観測を実施した2010年の航海データに関して、海面水温と海上気温の温度差が雲底高度にどのような影響を及ぼすかを同一場所の数次観測によるデータを解析したところ、温度差が小さい場合は低い層状性(霧や層雲)の雲、大きい場合は高い対流性(層積雲)の雲が発生していることを見出しました(図3)。

これは、海氷の消失によって、海面に太陽熱が蓄えられることで水温が上昇し、大気への熱や水蒸気の供給が増加することによって、従来、海氷上で顕著に見られた層状性の雲よりも対流性の雲の発生が増大する要因を解明したものです(図4)。

4.今後の展望

北極海の海氷消失域では低気圧が発生しやすい環境であることが当機構の観測結果※2から示されています。低気圧の後面から吹き出す海氷域起源の寒気は暖かい海面上で熱と水蒸気の影響により、対流性の雲を発生させます。本研究で見出された雲底高度の高い雲はこのようなメカニズムに対応した現象です。この雲の構造の変化は、海面/海氷面の熱収支に複雑な影響をもたらすと考えられるため、数値モデルにおける海面水温や海氷の分布、気温や水蒸気量等の大気・海洋・海氷のデータの適正化とモデルの高精度化によって、海氷の融解・生成過程への影響度合、将来的には地球規模での環境影響の定量化に寄与することが期待されます。

※1:シーロメーター
レーザー光を上空に向け、雲で反射して戻ってきた時間で雲底の高さを計測する装置。

※2:北極海の低気圧
当機構プレスリリース「北極海で発生・発達する低気圧の観測に成功」を参照。
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20110628/

図1

図1:(a)「みらい」北極航海の全航跡(赤線とオレンジ線)と2010年9月の海氷域。(b)過去にアメリカのプロジェクトで行われた氷上での観測点(青点)と1998年9月の海氷域。

図2

図2: 秋の北極海における雲底高度の出現頻度分布図。
(a)北緯75度以北の海氷消失域の観測結果(「みらい」航海8年分の平均)、(b)海氷域での観測結果(1998年のアメリカによるSHEBAのプロジェクト)。ラジオゾンデ:灰色、シーロメーター/ライダー※3:黒色。
※3:ライダー
レーザー光を発射して大気中のエアロゾル粒子・氷晶・水滴などを検知し、その距離や形状、大きさを計測する装置。

図3

図3:2010年「みらい」北極航海で観測された、海面水温と海上気温の差(SST-Ts)と雲底高度の散布図。ラジオゾンデ(●印)、シーロメーター(+印)の結果。

SST-Tsが小さいほど低い雲が、大きいほど高い雲が卓越する。赤、青、緑は北緯71〜75度、西経162度ラインで行われた集中観測期間を示す。上の写真がその期間の雲の様子を表し、温度差が小さい集中観測1では低い雲、温度差が大きい集中観測2・3では高い雲が見える。温度差3度を境に、それより低い場合は層状性、高い場合は対流性の雲が発生。

図4

図4:海氷消失域と海氷上の雲構造の違い(模式図)。

海氷の減少に伴って、海面からの熱供給が増加し、雲底高度の高い雲が顕著になる。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 北半球寒冷圏研究プログラム
  寒冷圏気候研究チーム チームリーダー 猪上 淳 電話:046-867-9483
(報道担当)
経営企画室 報道室長 菊地 一成 電話:046-867-9198