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プレスリリース

2015年 10月 31日
2015年10月31日一部修正
(本文に追記)

国立研究開発法人海洋研究開発機構

東北地方太平洋沖地震の最大余震によって引き起こされた
大槌湾沖合海底の撹乱-回復過程を直接観測
~長期設置海底観測ステーションによる海底環境の時系列観測~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチームの小栗一将主任技術研究員らは、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震によって三陸沖合の海底環境がどのような影響を受けたのかを明らかにするため、海底ケーブルを用いない電力独立型の長期設置海底観測ステーションを開発、岩手大槌湾沖合における大陸棚斜面の2点において、2012年8月12日から2013年10月12日の14ヶ月にわたり、海底環境の高分解能長期観測を行いました。この間、東北地方太平洋沖地震の最大の余震(注)と考えられるマグニチュード7.3の地震が2012年12月7日に日本海溝を震源として発生し、水深998m地点の観測ステーションに設置された時系列観測カメラの記録画像から、地震による海底の擾乱や底生生物が受ける影響、さらに回復過程に至る詳細な情報が得られました。

本成果は、電力独立型の観測ステーションによって14ヶ月という長期期間にわたる漁場に近い海洋表層や海底環境の時系列変化や季節変化等の詳細なデータを取得し、さらにその間に地震による撹乱から回復までの画像と詳細な環境データを同時に捉えた初めての事例です。これらの結果は、海洋環境変動の長期予想モデルの構築や、漁業活動などにも役立つと期待されます。研究グループでは引き続き当該地点での観測を実施していくとともに、本観測ステーションのさらなる展開を検討していきます。

本成果は、日本海洋学会の英文誌「Journal of Oceanography」オンライン版に10月31日付け(日本時間)で掲載される予定です。なお、本研究は、文部科学省の海洋生態系研究開発拠点機能形成事業費補助金、東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系の調査研究」の一環として行われました。

(注:東北地方太平洋沖地震の最大余震は3月11日15時15分に茨城県沖を震源として発生したM7.6の地震。本研究の観測期間内に起きた余震では2012年12月7日のM7.3地震が最大となっている。)

タイトル:Long-term monitoring of bottom environments of the continental slope off Otsuchi Bay, northeastern Japan
著者名:小栗一将1, 古島靖夫1, 豊福高志1, 笠谷貴史1, 脇田昌英1, 渡邉修一1, 藤倉克則1, 北里 洋1
所属:1海洋研究開発機構 東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム

2.背景

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震後に行われた数多くの調査航海を通して、震源近傍の海底の広い範囲で大きな撹乱が生じたことが明らかになりました(2011年8月15日既報2012年2月17日既報2013年5月29日既報2014年 12月 17日既報)。震災により大きな被害を受けた水産業の復興に資するため、JAMSTECでは現在、文部科学省の「東北マリンサイエンス拠点形成事業」(※1)の一環として、東北大学、東京大学等と協力し、被災地域の海洋生態系の調査研究を進めています。

三陸地方の沖合は高い生物生産量を誇り、好漁場としても知られていますが、震源に近い場所でもあることから、震災で打撃を受けた水産業の復興を進めていくうえで、本海域の海底が震災以降どのような環境変動を続けているのかを明らかにすることが重要です。ところが、地震による海底環境の変動に関する解析は、これまで海底地震計などによる物理観測が主体であり、実際の海底の様子を直接捉えるための撮影や、濁度などの環境センサを基にした観測はほとんど行われておらず、撹乱から回復に至る知見も乏しいままでした。

海底で時間的な分解能の高い観測を長期間行うには、安定した電力供給源の確保が必須であることから、一般的には陸から直接電力を供給する海底ケーブルを敷設し、観測ステーションに電力を供給するケーブル式観測網が主流です。しかしながらケーブルの敷設や陸上施設の建設には長期間を要し、また敷設後は観測域を変更できないため、目的に応じて移動や設置を容易に行える機動力の高い観測システムの開発が望まれていました。

3.成果

そこで、本研究では、海底ケーブルのかわりに大容量リチウムイオン電池を搭載することで、任意の海底で長期観測を可能にする電力独立型の海底観測ステーションを開発しました(図1)。この観測ステーションには、流向・流速、温度、塩分、溶存酸素、濁度を測定するセンサ類と、新たに開発した海底観察カメラとLED光源、およびこれらに1年以上にわたり電力を供給するためのリチウムイオン電池と省電力タイマーが搭載されています。海水の環境データは1時間間隔という高い時間分解能で取得し、海底の写真は1日に1回の間隔で撮影することができます。

本観測ステーションを用いて、岩手県大槌湾沖合の水深300m、998mの2点(大槌湾からのそれぞれの距離は、21kmと45km:図2)で、それぞれ2013年3月12日~9月2日、2012年8月14日~2013年10月14日の間、海底付近の水の流れや化学成分の時系列観測を行いました。また、海底観察カメラを観測ステーションに搭載し、1日1回、海底付近の様子を毎日撮影しました。日本近海において、海底環境の長期観測を目的とした電力独立型の観測ステーションが設置され、1年以上にわたるデータと画像の同時取得に成功したのは本研究が初めてです。

水深998m地点で観測中の2012年12月7日17時18分(日本時間)、日本海溝を震源とし、東北地方太平洋沖地震の最大級の余震と考えられるマグニチュード7.3の地震が発生しました。このとき、水深998m地点の観測ステーションでは、濁度計と時系列観測カメラによる撮影画像の両方で、海底付近における濁度の増加を確認しました。さらに画像から、海底に生息していたクモヒトデと、生物が作ったと考えられる穴が堆積物に埋まったことも確認しました。翌8日には高い濁度は消失し、クモヒトデも海底面に現れましたが、穴はまだ埋まったままの状態で、海底の様相が地震前の状態に戻るのに10日ほどかかることが分かりました。この結果から、地震は海底を撹乱し、堆積物が再懸濁して生物などを埋没させること、今回の地震では、クモヒトデは地震の影響からすぐに立ち直ったことが明らかになりました(図3)。

また2013年3月から9月の間観測を行った水深300mの地点では、2013年5月初旬から中旬にかけて、水温、塩分が顕著に低下したことが確認されました(図4)。これは、この時期まで主な水塊であった津軽暖流水(※2)が、北方から南下する親潮水塊に交替する現象で、この観測結果は気象庁によるデータ同化モデルの計算結果(1)を裏付けるものでした。

カメラによる時系列撮影によって、どちらの観測地点においても、春先に大量のマリンスノー(※3)が海底に降り積もる様子が捉えられました(図5)。人工衛星のリモートセンシング(2)による海洋表層のクロロフィルa濃度(※4)分布と比較した結果、とくに300m地点では、クロロフィルa濃度が増加した数日後にマリンスノーが降り、時として海底が見えないほどの吹雪になることが明らかになりました。さらに、このような激しい降雪時間は1日以内であることも判明しました。これまでの研究からも、三陸沖の海底には短い期間の間に、莫大な量のマリンスノーが降っていることが示唆されていましたが(3)、今回行った直接観察によって、はじめて水中での詳細な降雪の消長が明らかになりました。マリンスノーは有機物に乏しい深海の環境において生物の貴重な餌となるため、時間は限定的であっても大量の降雪が豊かな生態系を育むきっかけになっている可能性があります。このような知見が漁業・生態系研究へ貢献されることが期待されます。

4.今後の展望

本研究における電力独立型の観測ステーションの開発と観測によって、大槌湾沖合の海底で生じた、地震による海底の撹乱-濁りの発生と底生生物の埋没-と、そこからの回復を記録することができました。また、高時間分解能の現場観測によって、これまで観測できなかった三陸沖海底付近の詳細な海洋現象を記録することができました。

JAMSTECでは「東北マリンサイエンス拠点形成事業」の取り組みのもと、今後も継続して観測研究を実施し、三陸沖合の環境変動をより詳しく調査していきます。また、本観測ステーションの改良を重ね、将来的には水中で自動昇降して海表面から海底までの観測を行う統合型観測システムの確立をめざすとともに、得られた海洋環境情報のリアルタイム収集・発信を行う予定です。さらに、「東北マリンサイエンス拠点形成事業」に参加する機関と共同で、海洋環境と生物分布や資源量を高精度に予測するモデルを確立し、三陸沖の持続的な漁業に貢献する知見を提供していく計画です。

1. 気象庁 表層水温に関する診断表、データ:
http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/index_subt.html
2. 宇宙航空研究開発機構 地球観測研究センター:
http://kuroshio.eorc.jaxa.jp/ADEOS/mod_nrt_new/index.html
3. Saino, T., Shang, S., Mino, Y., Suzuki, K., Nomura, H., Saitoh, S., Miyake, H., Masuzawa, T., Harada, K. (1998) Short term variability of particle fluxes and its relation to variability in sea surface temperature and Chlorophyll a field detected by ocean color and temperature scanner (OCTS) off Sanriku, Northwesterm North Pacific in the spring of 1997. Journal of Oceanography, 54, 583-592.

[用語解説]

※1 東北マリンサイエンス拠点形成事業:文部科学省の海洋生態系研究開発拠点機能形成事業費補助金による事業。東北地方太平洋沖地震とこれに伴い発生した津波により大きな被害を受けた水産業の復興支援を目的として、被災地域の海洋生態系の調査研究と、地元の水産資源を生かした新たな産業を作り出すための技術開発を実施する。海洋生態系の調査研究については、東北大学、東京大学、JAMSTECが中心となり、水温・塩分等の海洋環境や魚介類の生息状況、海底のガレキの分布状況等を調査し、地元の漁業関係者に調査結果を提供するとともに、得られたデータを総合的に解析して海洋生態系の変化メカニズムを解明することにより、科学的知見に基づいた新たな漁業モデルの提案を目指している。
(参考)東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系の調査研究」(TEAMS)
http://www.i-teams.jp

※2 津軽暖流水:日本海から津軽海峡を通り、太平洋側に流れる水塊。高い水温と塩分を持つという特徴がある。時期によって三陸沿岸を流れたり、あるいは沖合に移動するなど、流路が変動する。

※3 マリンスノー:海洋表層で増殖した植物プランクトンが、死後互いに凝縮したもので、有機物や微生物などから成る。海底を沈降する様子が実際の雪のように見えることから、この名がついた。

※4 クロロフィルa:植物が持つ色素の一種であり、光合成に使われる。したがって、海洋表層のクロロフィルa濃度は、植物プランクトンの生息密度の指標となる。

図1

図1. 観測に使用した海底ステーション。流向・流速計、傾斜計のほか、温度、塩分、溶存酸素、濁度センサをまとめた観測装置と、海底時系列観測カメラ装置を搭載する。

図2

図2.観測を行った海域。岩手県大槌湾沖合の水深300m、998mの二点。大槌湾からのそれぞれの距離は、21kmと45km。

図3

図3. (a) 水深998m地点で観測された、余震前後の濁度、水温と流向・流速。地震直後、濁度の増加が見られたがその後減少した。水温変動は観測を通した変動値から顕著にはずれておらず、流向・流速は地震前から変化していたことから、地震の影響は確認できなかった。(b)海底の様子。余震前日の2012年12月6日には濁りは見られず、海底にはクモヒトデと生物が作ったと思われる穴が見られる。地震が生じた7日には強い濁りが発生、クモヒトデの体半分ほどが海底に埋もれている姿を確認した(矢印)。翌8日、濁りは晴れ、クモヒトデは海底に再び現れたが、海底の穴は埋もれている。18日までに、海底は余震前の状態に回復した。

図4

図4. 水深300mにおいて観測された温度・塩分変動。2013年5月初旬から中旬にかけて、水温・塩分ともに低い親潮水塊が南下したことを示す(赤矢印)。

図5

図5. 水深300m地点における濁度の変化と海底の様子。春先には海洋表層で植物プランクトンの生産が増加、その結果海底付近の濁度も一時的に増加する。この時大量のマリンスノーの「降雪」が生じる。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
東日本海洋生態系変動解析プロジェクトチーム 主任技術研究員 小栗 一将
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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