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コラム 2014年1月上旬に北米を襲った大寒波について

2013年12月から北米は比較的寒い状態が続いており、2014年1月の第一週は北米の大部分が特に強い寒波に襲われた。その前にはエジプトで降雪があるなど、北半球の寒冷化も危惧されているが、この様な極端な現象は基本的に一時的な現象であり、頻繁に起こらないかぎり気候の変化・中長期変動とは無関係と言ってよい。実際、北米は寒冷化していた1970年代にも温暖化していた1990年代にも今回の強烈な寒波と同程度の寒波を経験しており、いくつかの力学的・熱力学的要因と条件が重なって起こるこの様な現象は、中長期的な気温変動の傾向とは無関係である事を示唆している。

以下の一連の図に見られる様に、寒波の南進は極渦と呼ばれる対流圏上層から成層圏中層にかけての中高緯度の大規模な渦状の大気の流れの南北方向の強い乱れを伴っており、一般的な言葉で言うならば、偏西風の大きな蛇行を伴った現象である。つまり、北米を襲った寒波は、その東側(北大西洋上からヨーロッパ・ロシア)で起こった比較的温かい空気の北進と表裏一体であり、大きな領域の平均で見れば極端に冷たい状態ではないという事がわかる。

図1 2013年12月28日のポテンシャル渦度=2PVUで定義された北半球対流圏最上層の温位場(カラー線、間隔は5℃)。赤やオレンジ系の色が温かい空気を、青や紫が冷たい空気を示している。およその目安では、青の線が極渦内の非常に冷たい空気塊の端を示唆している。色の違う線がいくつも接近しているのは上空の風が非常に強い現われである。中心が北極点で、その下に北米大陸がある。陸地境界は黒の実線で示してある。図の下部、やや右寄りにフロリダ半島とカリブ海の島々が見える。青い線をぐるりと追って見ると、北半球規模の極渦の端に、数千キロメートルスケールの波状あるいは渦状の構造が見えるが、これらは移動性擾乱である。移動性擾乱は、通常は西から東へ移動する低気圧や高気圧で、対流圏最下層から成層圏中層あたりまでの風や気温の変動を伴いながら移動する。図1〜14はマサチューセッツ工科大 Synoptic Laboratoryからの提供。

(下図1〜図14はクリックで拡大)

図1(同上) 2013年12月28日の場

図2 図1と同様、2013年12月29日の場

図3 図1と同様、2013年12月30日の場

図4 図1と同様、2013年12月31日の場

図5 図1と同様、2014年1月1日の場

図6 図1と同様、2014年1月2日の場

図7 図1と同様、2014年1月3日の場

図8 図1と同様、2014年1月4日の場

図9 図1と同様、2014年1月5日の場

図10 図1と同様、2014年1月6日の場

図11 図1と同様、2014年1月7日の場

図12 図1と同様、2014年1月8日の場

図13 図1と同様、2014年1月9日の場

図14 図1と同様、2014年1月10日の場

図15 図1〜図14をアニメーションにしたもの

では何故この様な大きな蛇行が起こったのか。これは幾つもの要因が関わっていると考えるのが自然で、何か一つだけが主な原因であると主張するのには無理がある。冬季偏西風の蛇行を引き起こす主な要因は(1)大陸と海洋の温度差、(2)大陸上の地形、(3)メキシコ湾流と黒潮の温かい水から大気への熱放出、(4)千キロメートルから数千キロメートルスケールの移動性擾乱(図1の説明参照)の東西非均一分布と 移動性擾乱がより大きな1万キロメートルスケールの東西風の空間構造と起こす相互作用、(5)中高緯度の海面水温勾配、(6)熱帯域の大規模で大きな非東西均一な海水面からの熱放出、がある。今回は熱帯域に強い海面水温偏差が見られないので、1〜5までの要因が複雑に絡んでいると想定される。もともと北大西洋上では暖流がかなり北まで流れ込んでいることも手伝って偏西風が北向きに流れがちで、その西側、つまり北米大陸上では偏西風が南向きに流れる傾向がある。ロッキー山脈の存在がこれをさらに手助けしている。簡単に言うと、北米で冬季に強烈な寒気が南下しやすいのはこの二つが主な要因なのだが、実際には北太平洋上で発達した移動性擾乱が北米大陸に到達してもある程度の勢力を維持したまま北米大陸を通過する場合も多く、これも状況を非常に複雑にしている。

今回の寒波は温暖化が原因の一部であると主張する向きも少数ながらあるが、それはナンセンスである。もしそうならば、1990年代から同様な寒波到来の頻度が1960年代〜1970年代と比べて目に見えて高くなっているはずであるが、そういう事実は無い。また、極域の気温が中緯度域よりも上昇すれば偏西風が弱まるというのは一応理にかなってはいるが、同時に偏西風の蛇行に強い影響を持つ移動性擾乱の発達を手助けする南北気圧勾配も弱まるわけで、仮に極渦が本当に弱くなったとしても、それが寒波の南進に大きな影響を持つとは言えない。さらに、対流圏上層部を流れる偏西風の強さは、表面気温だけの南北勾配ではなく、対流圏最下層から最上層までの気温の南北勾配に大きく影響されるので、極域の表面気温の上昇だけを見て偏西風が弱くなると考えるのは短絡過ぎる。実際、北半球が温暖化した1980年代以降に気温の上昇と関連づけられる極渦や偏西風の変化は見られない。皮肉な事に、1974年のタイム誌は当時続いた「異常に寒い冬」を当時の研究者の言葉を借りて地球寒冷化・氷河期到来に関連づけた記事を掲載したが、今回の寒波については、同じタイム誌が一部の研究者の言葉を借りて地球温暖化に関連づけている。

最後に余談であるが、北半球の数十年周期気候変動に大きな役割を果たす可能性があるグリーンランド海の水面温度が、2013年10月と11月の間に、1989年冬以来最大の急降下を見せた。

2013年10月、11月、12月の海面温度偏差(NOAAより引用、クリックで拡大)

2℃以上の急低下で、11月の平年並から2℃程度低い状態になった。2013年12月も同様に平年並より低い状態が続いている。これは1989年以来最大の降下で、もしこれが数年間継続するならば、北半球は本格的に30年程度の寒冷期に突入すると考えられる。

2013年6月29日発表 プレスリリース
北半球の気候変動要因の解明
―グリーンランド海の急激な変化がもたらした北半球の気候変化―

ただし、これは今回の北米の寒波とは無関係であろう。このグリーンランド海の変化によって北半球寒冷化が起こるとすれば、それはまずグリーンランドの東側での北向き、北東向きの大気と海洋による熱輸送の減少から始まり、それがユーラシア大陸および北極圏で氷・太陽光線反射のポジティブフィードバック(アイス・アルベドフィードバック、上記プレスリリース参照)を誘発して次第に気温低下に繋がると考えられる。

地球環境変動領域 中村 元隆