最初に発見された熱水噴出孔(写真:W.R. Normark, Dudley Foster)

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JAMSTEC探訪

最初の生命はどこで生まれたのか? 謎の解明に迫る「新説」とは ~「液体/超臨界CO₂仮説」 前編

記事

最初の生命はいったいどこで生まれたのか?
この大いなる謎は長年、研究者たちを悩ませてきました。これまでにさまざまな説は提唱されましたが、どれにも強みと弱みがあり、決め手に欠くものでした。
2022年11月、海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門の渋谷岳造(しぶや・たかぞう)主任研究員らは、生命の生まれた場所として提唱されている「海底熱水説」の最大にして唯一の弱点と言われてきた「ウォーター・パラドックス」を解決する「液体/超臨界CO₂仮説」を発表しました。
この「液体/超臨界CO₂仮説」とは何か? そして、生命が誕生した場所はついに特定されるのか? この仮説を提唱した渋谷主任研究員に話を聞きました。

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渋谷岳造主任研究員(撮影:柏原 力/講談社写真部)
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渋谷 岳造

海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム 主任研究員。東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は地質学、地球化学、水惑星学。
海洋研究開発機構入所以来、地球史と生命の起源に関する研究に従事している。近年では、深海研究技術を地球外天体の海洋に応用するべく、地球外海洋における地球外生命の存在可能性にも研究対象を広げている。

最初の生命は40億年前にはいた!

──まず、地球で生命が誕生したのは、いつごろですか?

およそ40億年以上前ですね。「冥王代」とよばれている時代です。約40億年前の古い地層から、生命の痕跡が見つかっています。あまりに古いのでどんな生物かはわかりませんが、生物に由来する炭素が岩石の中に残っているんです。

──それより古い時代には、まだ生物はいなかったのでしょうか?

そもそも40億年前よりも古い時代の岩石は残っていないので、たしかめようがないんです。

地球誕生と海のはじまりの地球史

地球が誕生したのが約46億年前だと考えられています。
誕生から5〜6億年、つまり40億年前までの時代が冥王代とよばれています。そのころの岩石は、地球内部に沈んでしまったりしていて、地上にはほぼ残っていないんです。とくに、冥王代最初期の地球は、小天体が何度も地球にぶつかって、表面がドロドロに溶けた熱いマグマに覆われた状態で、これは「マグマオーシャン」とよばれます。

図1:地球の形成から生命誕生

小天体が衝突しない期間が長く続くと、マグマオーシャンが冷えて固まります。さらに大気上層の温度が400℃を下回ったところで、最初の雨が降ります。しかし、この雨は地表に降り注ぐ前に蒸発してしまいます。
さらに大気の温度が下がり、地表の温度が400℃を下回ったところで、はじめて地表に雨が降ったといわれています。しかし、この雨も蒸発したり地面に沁み込んだりしてすぐに消えてしまったでしょう。
だんだんと地球の温度が下がると、雨が水たまりになり、やがて海ができました。最初の海は、少なくとも地球が生まれてから2億年後の44億年前には誕生したといわれています。しかし、この最初の海もふたたび小天体が衝突するなどして蒸発してしまったかもしれません。
大気が冷えて海ができては、小天体の衝突によって干上がるということが、何度か繰り返されたといわれています。しばらくして小天体の衝突がおさまり、ようやく海が安定して存在できるようになりました。こうして地球の環境が落ち着いたところで、生命が誕生したと考えられています。

最初は“不完全な生命”が生まれた?

──最初に生まれた生命は、どんなものだったのでしょうか?

どんな姿形をしていたのかはまったくわかりませんが、生命としての最低条件を満たす原始的なものだったはずです。その条件とは、

・膜を持つこと
・エネルギー代謝をすること
・自分の分身や子孫を残すこと

の3つです。

膜で自分と外界をへだてることで、細胞のような空間を作り出すことができます。膜の内部で何らかのえさからエネルギーを取り出して活動し、自分の分身や子孫を残す。一般的には、こういったことができると生命であると言えます。

──いきなりそんな高度なことができる生命が生まれたのでしょうか?

最初のころは不完全な生命が生まれては消えて、試行錯誤を繰り返すうちに3つの条件をそなえた生命が誕生したんじゃないかと考える人もいます。たとえば、膜があってエネルギー代謝はできるけど、自分の分身を残せずに一代限りで終わってしまうようなものですね。

膜が最初にできたとか、分身や子孫を残すための遺伝子のようなものが最初にできたとか、最初の生命がどうやってできたのかについては、いろんな説があります。まだまだわかっていないことだらけなんです。

どんな環境で生命は誕生したのか?

──最初の生命は、どんな場所で誕生したと推測されますか?

先ほどの条件を満たす生命が誕生するためには、まず水が必要です。カラカラに乾いた環境では、エネルギー代謝もできませんから。
温度も、水が凍ってしまうほど低温だとダメですし、高すぎても生命は生まれないでしょう。120℃ぐらいまでなら生きていられる細菌がいますが、その温度よりも低い方が良いでしょうね。

図2:122℃の温度でも生育できる超好熱菌「メタノパイラス・カンドレリ」(写真:JAMSTEC)

あまりに極端な酸性やアルカリ性でも生命は生まれないでしょう。圧力が高すぎる環境も良くないとは思いますが、どんな深海にも細菌や動物などがいますから、水圧が高いことは、それほど影響はないと思います。

生命誕生の重要な条件とは

──生命誕生のために、とくに重要な条件はありますか?

重要なのは、エネルギー源になる物質が周囲にたくさんあることでしょうか。私たち人間は動きまわって食べ物を探して、食べて消化してエネルギーを取り出すことができますけれども、最初に生まれた原始的な生命はそんなことはできないはずです。周囲の環境にすごく依存するので、まわりにえさが豊富にあるところでないと生命は誕生しないはずです。これはほとんどの研究者が同意する点だと思います。

──最初の原始的な生命の「えさ」とは何なのでしょうか?

人間にとっては炭水化物などがエネルギー源になりますが、原始的な生命にとってのエネルギー源とは「還元的な物質と酸化的な物質」のことを指します。具体的には、水素(H₂)と二酸化炭素(CO₂)などです。これらの物質があると酸化還元反応が起こって、直接的にエネルギーを取ることができるんです。

生命誕生の場所は、陸? 海? それとも宇宙!?

──40億年前の地球で、生命誕生の条件を満たす場所はどこにあったのでしょうか?

さまざまな説がありますが、陸上だと「干潟」や「温泉」、そして海だと海底にある「熱水噴出孔」になるでしょう。ちょっと変わった説だと、「宇宙から飛来した」という説もあります。たとえば、火星などのほかの惑星で生命が誕生して、それが岩石にくっついて、隕石として地球に飛来したという説です。

図3:カリブ海の深海底にある熱水噴出孔(写真:JAMSTEC)

──宇宙空間を生命が移動できるんですか?

火星などから隕石は飛来していますし、原始的な生物なら宇宙空間を旅しても死なない可能性がありますから、理論的には宇宙飛来説もあり得ます。しかし、この説は検証が難しいんですね。ただ、最近では宇宙探査が進んできて、地球以外で生命の生育に適した環境も見つかっています。たとえば、土星の衛星「エンセラダス」(エンケラドス、エンケラドゥスともよばれる)などです。そこで生命が誕生する可能性があるのか? 生命の材料となる有機物ができているのか? といった研究は、日進月歩で進められてきています。

図4:渋谷さんの研究室では、土星の衛星「エンセラダス」の海底下を再現し、約200℃、200気圧で海水と鉱物がどのように反応するのかを再現する実験が行われていた(撮影:柏原 力/講談社写真部)

有力な説は「陸上温泉説」「海底熱水説」

──とくに有力な説はどれですか?

今、支持する人たちが多いのは、「陸上温泉説」と「海底熱水説」の二つでしょうね。おそらく海底熱水説のほうが、支持する人は多いと思います。

──それぞれどんな説でしょうか?

陸上温泉説は、その名のとおり、火山地帯でわき出る温泉やその周辺で最初の生命が生まれたという説です。

図5:米国 イエロースートン国立公園の熱水泉(写真:James St. John/CC by 2.0)

一方の海底熱水説は、海底の熱水噴出孔の近くで生まれたという説です。熱水噴出孔は、海底の岩石にしみこんだ海水が海底火山の熱で温められて、海底の裂け目から噴出する場所です。熱水と周囲の冷たい海水が混ざって、生命が誕生するのにちょうどいい水温になります。
熱水噴出孔は、1977年にガラパゴス諸島近くの海底ではじめて見つかりました。それ以降、海底火山の活動が活発な各地の海底でさまざまなタイプのものが見つかっています。

それぞれの説に強みと弱みがある

──どちらの説が優勢でしょうか?

どちらの説にも強みと弱みがあって、決め手に欠ける状態ですね。
たとえば陸上温泉説は、環境の不安定さが一番の弱点だと言えます。40億年以上前の地球には、そもそも大きな陸地がほとんどなかった可能性が高いと言われています。もし陸地ができたとしても、プレートテクトニクスによってまた沈みこんでしまったり、大きな隕石が落ちてきた衝撃で、溶けてなくなってしまったりすることが十分にあり得ます。また、昔の地球には、今よりも格段に強い紫外線が宇宙から降り注いでいましたから、地上は生命にとって過酷な環境でした。
いま挙げた陸上温泉説の弱点は、海底熱水説だとすべて解決されます。熱水噴出孔は一度できたら比較的長く存在しますし、深い海の底までは隕石も有害な紫外線も届きません。環境としてはかなり安定しています。

図6:最初に発見された熱水噴出孔(写真:W.R. Normark, Dudley Foster)

さらに冥王代には、原始的な生命のエネルギー源となる水素が豊富に含まれる熱水噴出孔がたくさんありました。現生の微生物の遺伝情報を分析すると、おそらく最初に生まれた生物は、水素をエネルギー源とする微生物なんじゃないかと推測されています。最初の生命がエネルギー源にした可能性が高い水素が豊富にある環境って、ほぼ熱水噴出孔だけなんです。冥王代の陸上の温泉では、まず水素は出ません。この点は、海底熱水説の一番の強みでしょうね。

海底熱水説の弱点「ウォーター・パラドックス」

──お話を聞くと、海底熱水説のほうが有力な感じがします。

そうですね。実際に非常に有力な説だと思っています。ただ、海底熱水説にも最大にして唯一といえるような弱点があります。それは「ウォーター・パラドックス」とよばれるものです。
先ほど、最初の生命が誕生するためには水が必要だと言いました。ところが生命を形作る有機物を作るためには、実は水がないほうがいいんです。水があると、有機物が合体して大きな分子になろうとする反応を邪魔してしまうため、生命の材料が作られにくいんです。
熱水噴出孔は海底にあるので、もちろん周囲は水だらけです。ちょうどいい水温でエネルギー源も豊富、さらに環境も安定しているんですが、生命の材料を作る反応を大量の水が邪魔をする。この矛盾点がウォーター・パラドックスであり、海底熱水説の大きな弱点なんです。

やはり陸上温泉説なのか?

生命が生まれる直前までは水がない環境がよくて、生命が生まれたあとは水がある環境がよいので、水のある環境とない環境がとなり合わせになっているのが生命の誕生にとっては理想的です。水がある環境とない環境の境界付近で最初の生命が生まれたんじゃないかと私は思っています。

──陸上温泉説は、その点はクリアしているんですか?

温泉はそもそも陸にある水たまりなので、水と陸地との境界があります。環境が不安定なために、水が干上がったりすることもあるでしょう。水がある環境とない環境が空間的・時間的にとなり合っているので、ここは陸上温泉説の強みと言えるでしょう。

渋谷岳造主任研究員(撮影:柏原力/講談社写真部)

海底熱水説を支持する人が多いとはいえ、なかなか決着がつかない生命誕生の議論。後編「生命は深海底で生まれたのか? ウォーター・パラドックスを解決する新説」では、長年研究者を悩ませてきた「ウォーター・パラドックス」を突破する新説「液体/超臨界CO₂仮説」を紹介します。

生命誕生の場所はどこなのか? その実証へと向かう研究をみていきたいと思います。

取材・文:福田伊佐央
撮影:柏原力(講談社写真部)

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