沖縄トラフの液体/超臨界CO₂プールからのサンブル採取(提供:JAMSTEC)

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生命は深海底で生まれたのか!? ウォーター・パラドックスを解決する新説 ~「液体/超臨界CO₂仮説」後編

記事

前編となる「最初の生命はどこで生まれたのか? 謎の解明に迫る「新説」とは」では、これまで考えられてきたさまざまな説、そしてその中でも有力とされる「陸上温泉説」と「海底熱水説」の2つを紹介しました。
それぞれの説には、これまで謎とされた弱点が存在しましたが、この「海底熱水説」の唯一最大の弱点が「ウォーター・パラドックス」でした。これは生命の材料を作る反応を大量の水が邪魔をしてしまうというものです。この「ウォーター・パラドックス」を解決する新説「液体/超臨界CO₂仮説」を海洋研究開発機構(JAMSTEC)の渋谷岳造主任研究員たちが提唱し、いま注目されています。
それはいったいどのような説なのか? そして生命誕生の場所はどこなのか? その研究の最前線を紹介します。

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渋谷岳造主任研究員(撮影:柏原 力/講談社写真部)
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渋谷 岳造

海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム 主任研究員。東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は地質学、地球化学、水惑星学。
海洋研究開発機構入所以来、地球史と生命の起源に関する研究に従事している。近年では、深海研究技術を地球外天体の海洋に応用するべく、地球外海洋における地球外生命の存在可能性にも研究対象を広げている。

海底熱水説の弱点を克服する新たな仮説

――2022年11月に、生命の起源に関する新たな説を発表されましたね。

海底熱水説の一種である「液体/超臨界CO₂仮説」です。

海底の熱水噴出孔の周辺には、液体あるいは超臨界状態の二酸化炭素(CO₂)が溜まっている場所があることが知られています。その液体/超臨界CO₂プールが、生命誕生に重要な役割を果たしたのではないかという説です。

――液体/超臨界CO₂という言葉はあまり聞いたことがないのですが、どういったものなんですか?

私たちの身のまわりにあるような通常の環境では、CO₂は気体として存在します。これに高い圧力をかけてマイナス60℃を下回る低温にすると、CO₂は固体になります。ドライアイスですね。
そこまで低温ではない環境で高い圧力をかけると、今度は液体になるんです。また、温度と圧力が一定以上になると、今度は「超臨界状態」とよばれる特殊な状態になります。

図1:CO₂(二酸化炭素)の状態図(出典:JAMSTEC)

水深1000メートルをこえるような深海は、少なくとも0℃以上の水温で水圧は100気圧以上ありますから、CO₂がたくさんある場合は液体もしくは超臨界状態になって存在する環境なんです。

超臨界状態といわれても想像しづらいと思いますが、基本的には液体のように物質を溶かし、気体のようにものの隙間をスルスルと動き回ることができる、そんな状態だと考えてもらってよいと思います。

とくに、深海の熱水噴出孔は、この条件が揃いやすいため、液体/超臨界CO₂が存在できることに気づきました。

世界でまだ数ヵ所しか見つかっていない

――では液体/超臨界CO₂は、熱水噴出孔に必ずあるものなんでしょうか?

どこの熱水噴出孔にもあるわけではなくて、まだ世界中で数ヵ所しか見つかっていません。日本周辺だと、沖縄トラフやマリアナ海溝近くで見つかっています。あとは北極圏のグリーンランド近くの海底火山にもあると予想されています(下図)。

図2:液体/超臨界CO₂プールが確認されたものは赤い★印で示した(出典:JAMSTEC)

まだ確認されていないだけで、よく調べたらもっと存在すると思います。

なぜ、液体CO₂に注目するのか?

深さ約3000メートルより浅い海では液体CO₂は水よりも軽いので、海の中では自然に海底に沈みこむことはありません。熱水噴出孔の周辺に溜まっているといっても、何らかのフタや傘のような構造の下に溜まっています。

図3:海底下から噴出する気泡のように見えるものが液体CO₂。この採取地点は、水深約1000メートルのため液体CO₂が水よりも軽く、地中から噴出している。(写真提供:JAMSTEC)

この画像は、沖縄トラフで海底下に液体CO₂が溜まっていた場所を崩してみたところです。液体CO2がガスのようにボコボコと噴き出している様子がわかると思います。

水と混ざらず、有機物は溶け込む

――液体/超臨界CO₂はなぜ海底熱水説の弱点を解決できるのですか?

それは液体/超臨界CO₂の特殊な性質にあります。まず、液体/超臨界CO₂は水をほとんど溶かしません。まるで水と油のように、水とは混ざり合わないんです。それでいて、さまざまな有機物や金属を溶かします。疎水性(水に溶けにくい性質)の有機溶媒みたいな性質を示すということです。

図4:渋谷さんの研究室では木星の衛星「エウロパ」の海底を再現する実験も行っている。この実験では、100度、2000気圧での海水と鉱物の反応の様子を調べている。(撮影:柏原 力/講談社写真部)

――液体/超臨界CO₂の中は「水がない環境」なんですね!

そういうことです。液体/超臨界CO₂が溜まっている場所があることで、熱水噴出孔の周辺に水がある環境とない環境ができるんです。それによって、ウォーター・パラドックスを解決できると考えています。

水がない液体/超臨界CO₂の中で生命の材料を作る反応が進み、それらの材料を使って生命が誕生したあとは、となり合う海水や熱水の中でエネルギー代謝を行うことができます。液体/超臨界CO₂プールと海水の境界領域は、まさに生命誕生にうってつけの場所なんです。

液体/超臨界CO₂が溜まっているところと海水の境界では、有機物の水に溶けやすい部分と溶けにくい部分が同じ向きに並んで集まりやすくなります。それは膜の形成につながったかもしれません。また、DNAなどの遺伝物質は水の中では不安定でどんどん分解してしまいますが、超臨界CO₂の中では安定であることもわかっています。これらの性質も、生命誕生の場としては非常に便利な性質です。

水より軽いのに、なぜ海底下にあるのか?

――水より軽い液体/超臨界CO₂が海底下に溜まることは、すごく難しいのではないですか?

液体CO2が冷たい海水に触れると、反応して「CO₂ハイドレート」という特殊な氷になるんです。CO₂が100%の氷(固体)はドライアイスですが、CO₂ハイドレートはCO₂と水が混ざった氷です。

熱水噴出孔周辺では、海底火山のマグマによってCO₂を多く含んだ熱水が作られて、地下深くから上昇してくると考えられます。上昇する過程でCO₂が分離して、液体/超臨界CO₂ができます。海底近くまで上がってきた液体/超臨界CO₂は、冷たい海水と反応してCO₂ハイドレートを作ります。すると、それがフタの役割をして、液体/超臨界CO₂が浮き上がるのを防ぎます。こうして、海底下に液体/超臨界CO₂が溜まって、プールができるのだと考えています。

図5:海底下に存在するCO₂ハイドレート。「しんかい2000」による採取。南西諸島第4与那国海丘 水深1383メートル(写真提供:JAMSTEC)

(リンク先に掲載の動画参照)「しんかい2000」による採取映像。南西諸島 第4与那国海丘 水深1383メートル(動画:JAMSTEC)

https://www.godac.jamstec.go.jp/jedi/static_player/j/2K1271SHDB60_00011200

液体CO₂が海底からボコボコと噴き出している様子の写真がありましたが、あれはフタになっていたCO₂ハイドレートを壊したことで、液体CO₂が出てきたものなんです。

40億年前にも存在したのか?

――同じようなことが、40億年前の地球でも起きていたんですか?

はい、熱水噴出孔と液体/超臨界CO₂プールは、初期の地球にもあったと考えています。

実際に、35億年前の地層から液体/超臨界CO2の痕跡と思われるような物質が見つかっています。西オーストラリアのノースポール地域にある35億年前の岩石の中から、液体CO₂を内部に含んだ鉱物が報告されているんです。これは、液体CO₂が初期地球でも作られていた証拠になると思います。

地層に残っていたのは35億年前のものですが、生命が誕生した40億年以上前にも、海底下には液体/超臨界CO₂プールが存在しただろうと考えています。

ウォーター・パラドックスを解決できる!

下の図は、生命の起源に関する「液体/超臨界CO₂仮説」の全体像をまとめたものです。

40億年以上前の冥王代は、今よりも大気中のCO₂濃度が高くて、海水に溶けていたCO₂の量も多かったと考えられています。そんな高CO₂海水が海底下の深くまで浸透していって、マグマに温められます。

さらに、海底下の岩石中でCO₂を多く含んだ熱水からCO₂が分離し、大量の液体/超臨界CO₂が作られます。それが上昇してきて、海底下に溜まるというストーリーです。

図6:液体/超臨界CO₂仮説(出典:Shibuya and Takai, 2022, PEPSを改変)

こうしてできた液体/超臨界CO₂プールで生命の材料を作る反応が起き、それを元に海水や熱水との境界領域で、最初の生命が誕生した。これで海底熱水説の長年の課題だったウォーター・パラドックスを解決することができます。

――海底熱水説の弱点はなくなったと考えてもよいでしょうか?

問題点はだいぶクリアされたと思います。もちろんまだ実験などを行って、検証する必要はありますが、かなりの部分が解決できると考えています。

この説を補強するための3つの検証

――この仮説の検証のために、今後何を行う予定ですか?

3つの検証計画を考えています。
1つ目は、液体CO₂に何が溶けるかを深海探査で明らかにすることです。実は、液体CO2に何が溶けるかは、まだよくわかっていない部分があります。沖縄トラフの液体/超臨界CO₂プールから採取してきた液体CO₂を使って、中に溶けこんでいる成分を分析する予定です。おそらく生物の死骸の一部が溶けこんでいると思うのですが、生物を構成する物質のうち、どの成分が溶けるのかをはっきりさせる予定です。

図7:沖縄トラフの液体/超臨界CO₂プールから液体CO₂を採取する様子(写真提供:JAMSTEC)

先ほど西オーストラリアの35億年前の岩石の中から、液体CO₂の存在を示す証拠が見つかっていると話しました。2つ目としては、その地域のサンプルをもっとくわしく分析して、当時の水や液体CO₂に何が溶けていたかを明らかにしたいと考えています。
それ以外にも、初期地球のさまざまな地質記録について、生命の起源に関連した物質や情報を見落としていないかどうか、あらためて全部見直したいと思っています。新しい視点で見直せば、古い地層から液体CO₂があった証拠などが新たに見つかる可能性もあります。

――それは膨大な作業になりそうですね。あと1つは何ですか?

3つ目としては、液体CO₂が周囲の海水と反応すると何が起きるかを、実験で詳細に明らかにしたいですね。液体CO₂が海水と反応するとCO₂ハイドレートができるんですが、そのときに中に溶けていたものが濃集するのではないかと考えています。ほかにも、生命の材料を作る反応に役立つような、いろんな現象が起きるかもしれません。
深海の熱水噴出孔と、地上にある初期地球の地質記録、そして実験を組み合わせて、この仮説を補強していきたいですね。

応用研究にも広がる可能性

――液体/超臨界CO₂に関する研究は、生命の起源だけにとどまらない応用可能性があるとうかがいました。

液体/超臨界CO₂は、まだまだ性質がよくわかっていません。生命の起源に関する研究の一環としてその性質を明らかにしていけば、ほかの分野にも波及効果があると考えています。たとえば、金属を吸着する性質を利用して、有害な金属を回収することに使ったりもできると思います。あとは温室効果ガスであるCO₂を液体にして、海底下に貯留する技術への応用なども考えられます。

――応用できる分野が幅広いですね。

いろんな応用が考えられますが、まずは生命の起源にせまりたいですね。海底熱水説の唯一の弱点を克服できるのは、液体/超臨界CO₂仮説しかないだろうと思っています。実験などでどんどん証拠を積み上げていって、強い説にしていきたいですね。

誰もやっていなかった研究なので、研究を進める中で新しい発見がいくつもあるんじゃないかとワクワクしています。我々のグループ以外にも、興味を持った方がいたらぜひ参入してほしいですね。研究者が増えれば一気に研究が進みますから。そのためにも我々がまず頑張って、面白い成果を出さなきゃいけないなと思っています。

渋谷岳造主任研究員(撮影:柏原 力/講談社写真部)

取材・文:福田伊佐央
撮影:柏原力(講談社写真部)
イラストレーション:鈴木知哉

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