YK13-02航海の目的をいまさらながら紹介する!編

2013/02/16

川口 慎介(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域)

【白か黒か,それが問題だ】
全世界80億の読者からメイルが3通もくるという大反響の本レポートですが,乗船研究者から「テメーのレポートのせいでカアちゃんに遊んでばっかと思われてんだヨ!」とキレられてしまったんで,今日のレポートでは,いまさらですが,研究内容を紹介します。

YK13-02航海には,書類上,3つの研究課題があります。『世界最先端の船上飼育法をベースにしたスケーリーフットの硫化鉄バイオミネラリゼーションの全容解明』『インド洋熱水噴出域に生息する腹足類の発生と共生菌獲得過程の解明』『中央インド洋海嶺における熱水活動とその(微)生物生態系の多様性の解明とその駆動原理の理解』の3つです。課題名を見るだけで何をやっているか,一目瞭然ですね(ニッコリ)。でもこれじゃレポートにならないんで,蛇足になってしまいますが,もうちょっと詳しく紹介しますね。

まず初めに「かいれい熱水域」で硫化鉄に覆われたスケーリーフット(通称:黒スケ)が発見されました。硫化鉄に覆われた生物なんてカッコイイので気になるのですが,しかしなぜ硫化鉄に覆われているかがわかりません。そんな状況下で「ソリティア熱水域」が発見されると,そこには硫化鉄に覆われていないスケーリーフット(通称:白スケ)がいました。「かいれい原産の黒スケ」と「ソリティア原産の白スケ」は,これまでの研究では遺伝的に区別がついていません。いよいよ謎は深まりました。はたして,黒スケが白くなったのが白スケなのか,白スケが黒くなったのが黒スケなのか,それとも白スケは白スケで黒スケは黒スケなのか。その謎を解くべく,硫化鉄のことを考えていきます。

黒スケを覆う硫化鉄は,硫黄(S)と鉄(Fe)という2つの元素からなる化合物です。鉄は海水にはほとんど存在しないので,鉄の由来は熱水と考えられます。一方の硫黄が問題です。硫黄は,海水には硫酸として,熱水には硫化水素として,それぞれ豊富に存在しています。硫化鉄は硫化水素から出来やすく,硫酸から直接硫化鉄を作ることは出来ません。しかし,熱水周辺の微生物の中には,硫酸を硫化水素へ変換するものがいるため,海水の硫酸も黒スケの硫化鉄への硫黄供給源として無視することができません。また黒スケを覆っている硫化鉄が,黒スケ自身の努力(代謝)による分泌物なのか否かも,考える必要があります。もし黒スケ自身の努力によるものであれば,黒スケを生きた状態で観察したいので,飼育実験が不可欠ですが,黒スケをどうやって飼育するのがベストかは誰も知りません。
一方で,黒スケ自身の努力で無いとしても,黒スケの表面にいる微生物が努力して硫化鉄を作っている(外部共生している)ならば,その微生物の影響も考える必要があります。しかしそのためには,この微生物の活動も考慮に入れて飼育実験をする必要があります。さらに,黒スケが硫化鉄に覆われているのは,黒スケや微生物の努力ではなくて,単に熱水のブラックスモーカーが付着してススまみれになっているだけという可能性も否定できません。とはいえその場合でも,たとえば片面コンガリではなく,全身が薄く広く硫化鉄に覆われていることを考えると,硫化鉄を表面に付着させるような何かを,黒スケが努力して用意していると考えることもできます。もちろん,何も努力しておらず,まったく受動的に硫化鉄が付着しているだけなのかもしれません。

こういった黒スケの硫化鉄に関する様々な可能性が考えられる中で「じゃあ結局なにが原因で黒スケは黒いの?」「その理由って白スケが白い理由と矛盾しないの?」なんてことを突き詰めていくわけで,そのために,色々と作戦を練り色んな道具を開発して(世界最先端の船上飼育法とかね),はるばるインド洋までやってきている,というのが今航海(の目的の一部)です。


写真:愛妻の写真に見守られながら考察を深めるヒトの近縁種